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人間の条件 (ちくま学芸文庫 ア-7-1)
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人間の活動的生活を《労働》《仕事》《活動》の三側面から考察し、《労働》優位の近代世界を思想史的に批判したアレントの主著。
「アレントの『人間の条件』が今日とくに重要な意義を持つのは、それが現代社会を根底的に批判することを通じて、現代の政治の問題点を鋭く抉りだしているからにほかならない。」文庫版解説(阿部齊)より
条件づけられた人間が環境に働きかける内発的な能力、すなわち「人間の条件」の最も基本的要素となる活動力は、《労働》《仕事》《活動》の三側面から考察することができよう。ところが《労働》の優位のもと、《仕事》《活動》が人間的意味を失った近代以降、現代世界の危機が用意されることになったのである。こうした「人間の条件」の変貌は、遠くギリシアのポリスに源を発する「公的領域」の喪失と、国民国家の規模にまで肥大化した「私的領域」の支配をもたらすだろう。本書は、全体主義の現実的基盤となった大衆社会の思想的系譜を明らかにしようした、アレントの主著のひとつである。
【目次】
第1章 人間の条件
第2章 公的領域と私的領域
第3章 労働
第4章 仕事
第5章 活動
第6章 〈活動的生活〉と近代
- ISBN-104480081569
- ISBN-13978-4480081568
- 出版社筑摩書房
- 発売日1994/10/5
- 言語日本語
- 寸法14.8 x 10.4 x 2.4 cm
- 本の長さ560ページ
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商品の説明
著者について
志水速雄(しみず・はやお):1935-85年。元東京外国語大学教授。政治学・ロシア政治史専攻。
登録情報
- 出版社 : 筑摩書房
- 発売日 : 1994/10/5
- 言語 : 日本語
- 本の長さ : 560ページ
- ISBN-10 : 4480081569
- ISBN-13 : 978-4480081568
- 商品の重量 : 259 g
- 寸法 : 14.8 x 10.4 x 2.4 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 49,034位 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について

Hannah Arendt (1906-1975) taught political science and philosophy at The New School for Social Research in New York and the University of Chicago. Widely acclaimed as a brilliant and original thinker, her works include Eichmann in Jerusalem and The Human Condition.

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カスタマーレビュー
日本からのトップレビュー
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重要だが読解・読了するのは大変
2026年3月15日に日本でレビュー済み「人間の条件」とは、「労働、仕事、行為」・「世界」・「複数性」という条件のもとで営まれる人間の活動である。
特に、持続性ある人工物の集合である「世界」において、「自由な他者への働きかけと相互作用を通じて立ち上がる個体性」と「協働関係」に力点が置かれているのではないか。
・まず、本書の言葉は独特の概念を示し、「労働」「仕事」「行為」「自由」「社会」「政治」「公共」「権力」「世界」などは、普通の日本語の概念として解釈すると混乱をきたす。
そのため、本文を丁寧に追い、それぞれの言葉が何を指し示すのかを把握しながら論証を検討する必要がある。
しかし、訳文の硬さやアーレントの文体自体の難しさもあって、読解に労力を要する思想書でもある。
・「人間の条件」の要点は、「自分の言葉と行動によって他者に働きかけた結果、他者に把握され立ち上がる固有性」であり、「相互の働きかけにより立ち上がる協働空間を成す活動」でもある。
自らの他者への働きかけは、不可逆で予測不可能な過程を経た結果となって現れ、その結果を他者が把握し、語ることで公共空間で自己が認識され、立ち上がるのである。
それが相互に色々な他者の間で絡み合って続いていくのだ。
本書は「政治」を、「人間が公共空間において、言葉と行為によって他者との関係を作る活動」とする。
「公共空間」は、人々が互いの前で語り行為することで成立する空間である。
「公共空間」において「政治」のプロセスを経ることで、はじめてその人の固有性、すなわち「誰であるか」が明らかになるという。
「誰であるか」の内容は、他者との相互作用の中で、予測不可能な形で立ち上がるので、みずからの自己像を完全にコントロールすることは出来ない。
しかし、複雑な複数の関係の中で、予測不可能で不可逆であるからこそ、唯一無二の人間の固有性が浮かび上がる。
一方で、「社会」の生命維持活動である「消費」プロセスに組み込まれ、部品と扱われる人間に固有性は求められない。
効率的に、「労働」・「仕事」を通じて消費し、「消費」がまた新たな「労働」や「仕事」を生み出せばよいからだ。
「社会」の「消費」プロセスに組み込まれた人間と、「政治」を行う人間を対比することで、アーレントの言う「人間の条件」が浮かび上がってくるわけだ。
複数の個体がいる中で、他者に対しての働きかけと作用を経て、他者から固有性という物語(私的には解釈と理解した)が立ち上がる。
そしてその物語は、働きかける他者の違いや言葉や行為によって、変化するものである。
それは決して社会の消費活動を促進する部品ではない。
また、「行為」によって起きる公共空間は、しばしば社会的な協働として現れる。
しかしそれは固定されたものではなく、時と状況と関係性の変化に応じて現れては立ち消えるものである。
その協働を生むことができる活動もまた、アーレントの言う「人間の条件」である。
・「消費」が「社会」の中心となって、「仕事」と「行為」も消費物を生産するためのプロセスに組み込まれ、細分化された。生産の効率化のために個人は部品として扱われる危険性は本書の指摘するとおりである。
しかし、同時にその細分化が新たな「行為」「政治」や協働を産み、それがさらなる「行為」を産むという循環につながるという正の面がある。
その循環が自己の立ち上がりの場を与え、「世界(持続的な人工物の集合)」を豊かにしている。
本書は時代背景もあり、概念上の生命となった「社会」の維持・成長活動である「消費」に人間が材料として取り込まれる危険性を強調しているが、「消費」が巨大化した「社会」には両義性があることを、本書を現代に適用するうえでは忘れてはいけない。
ハイエクの自生的秩序の概念を合わせて用いると、より立体的な現代社会の解釈につながるのではないか。
・アーレントは、近代において社会が拡張し、人間のあらゆる生活が集団的管理対象になったという。
しかし、そもそも私的領域も含めた活動が集団的管理対象であったのは古代からではないのか。
私的領域をも「消費」に組み込む図式は近代の「社会」において加速度的に拡張されたが、「社会」が個人を飲み込む危険性は、古代からの構造である。
その意味で、アーレントの設定する古代ギリシア世界は単純化しすぎている。
本書における「古代」と(当時の)「近代」における対比は理論装置としての仕掛けと見るべきであろう。
・アルキメデスの点を引き合いに、技術の拡大に科学者たちの責任能力が追いつかない危険性を本書は指摘する。
これは、今後AIによってますます加速していく中、技術の発展による副作用に対し、はたして人類の責任能力は追いつくのか?という非常に重要な警鐘となるであろう。
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大衆社会の分析として
2026年5月27日に日本でレビュー済み古典と呼ばれるものは、難解な点も必要だろう(解説では、母語でない英語で書かれ、かつ長文である点と、語彙の独特の使用法・意味づけが指摘されている)。なので、プラトン、アウグスティヌス、スミス、マルクスなどに立ち戻りつつ読み返すのも良いと思う。また、原注も含み古代ギリシア語(ローマ・アルファベットに変換)やラテン語や独語や英語や仏語が散りばめられていることも煩わしさを感じさせるかもしれない。
「労働」-生産-自然の新陳代謝-〈労働する動物〉
「仕事」-創作-世界性-〈工作人〉
「活動」-政治-多数性-言論-活動者
殊に古代ギリシアが対比的モデルとして提示されていることもあり、「労働」「仕事」「活動」の三概念はプラトン『国家』での「知恵」「勇気」「節制」を想起させる。労働→消費に対しての節制、仕事に対するイデアの関係から知恵が関連し、活動の公示・暴露的傾向を認めながらの行為ということから勇気が結びつくと考えられる。
複数にわたり述べられる概念としては以下がある。自由(51ページ、181ページ)、出来事(66ページ)、リアリティ(75ページ)、物語(75ページ、298ページ)、過程(175ページ、466〜467ページ)、世界性(234ページ、解説535〜534ページ)、始まり(288ページ)など。耐久性や永続性や手段=目的なども見かけるが、この本では過程という概念がキーの一つのようにも思える。個人の生物学的過程であったり、種の生としての歴史的過程などが労働や仕事に関わる。また、活動は常に過程にあるからこそ意義があるようにも思え、更に社会や政治的空間の考察もそれが歴史的対象にならない限りはその考察は常に過程の内部にあるように思う。
参考までに第四章 原注(39)283ページのリルケ magie と第五章 原注(43)392ページのヴァレリー Créateur créé の機械翻訳をあげておく。また、第五章 原注(5)387ページのウィリアム・フォークナーの晩年の作品『寓話』 A Fable は複数の翻訳があり、フォークナー全集(富山房)や岩波文庫で読めるようだ。
魔術
言葉にできない変容からくる
そのような構造—- 感じろ!そして信じろ!
私たちはしばしば苦しむ—- 炎は灰に変わる
しかし、芸術において塵は炎に成る。
これが魔法だ。魔法の領域において
卑劣な言葉のように登っていく…
しかし、それはまさしく聾者の呼び声のごとく
その後、目に見えない鳩が鳴く
(メモと覚書より)
創造者が創造した
長い仕事を終えたばかりの者は、彼がついに望まなかった存在、すなわち彼が生まれた時から思いもよらなかった存在を形成すのを見る、そして、彼が自らの仕事の子となっていると感じ、この恐ろしい屈辱を感じ、彼から否定できない特徴や類似性、狂気、末端、鏡を借り、そして鏡の中で最も劣っているもの、そして自分がそれに限定されているのを見る、というような
テル・ケル2、149
以下はプロローグの要約。ここには本書全体のエッセンスや目的・目論見や構成が示されている。
1957年のスプートニク打ち上げから、核開発に触れ(注記:ミサイル/ロケットはナチスにより、核兵器/原子力発電は米国により開発された、いわば大戦中の二重の双子)、それは地球からの脱出という科学者/大衆の欲望に結びつくが(後のクローン技術に結実するだろう技術への懸念も示し、大戦後の圧倒的な科学力への悲観的疑問でもある)、そもそも地球とは人間の条件そのものでありながらも、彼らはそれら人間の条件からの脱出/反抗を企てているとも見做せるが、それをどのように用いるかは、科学的手段によって解決するのではなく政治的問題である。
大いに発展し複雑化した科学的知識による世界認識は、単純に提示できるものでないにも関わらず、今日の人間は地球の外部つまり宇宙での活動も視野に入れており、(そのような非統合的・支離滅裂な)言動を人々は認識できず代行する機械(今日のAIか?)が必要になり、そうなれば人間は思考なき被造物となってしまう。
前述の政治的問題は、言論と関わっている。人々が科学的言語・科学的記号に近づくならば、それは言論に翻訳できず、非政治になろう。一方、多数者としての人間は、言論により語り合いや意味づけにより経験を有意義にする(政治的に共同体を構成する)。
(科学的記号と言論との関係といった)問題の他に決定的なものとしてオートメーションがあり、それにより工場から人が消え、古代からの願望だとされる労働からの解放がなされるかもしれない。
しかし、現代は労働社会であって、それは労働により基礎づけられたものであり、労働からの解放は労働以上の活動力(activity )を知らない社会では自己矛盾を来たす。労働社会は、平等主義的であり、貴族制でもなく、元首なども賃仕事(job)であり、一方、知識人は自らの行為を仕事(work )と考える孤独な個人である。直面しているのは、労働者の唯一の活動力である労働、その労働のない労働者の社会という(最悪な)逆説的状況である。
本書はこれら諸問題に答えるものでなく、むしろ回答は日々与えられている。そのような回答は、実践的な政治に関する事柄であり、多数者の同意に属するものである。つまり、この解答をただ一人の人間の理論的考察や意見のなかに求めることはできないし、ただ一つの解答しかあり得ないように問題を取り扱ってはならない(注記:このことからアーレントは安直な定義付けや図式化を拒否している)。(本社の目論見として)私たちの最も新しい経験と最も現代的な不安を背景として、人間の条件を再検討すること。それは思考の仕事だが、不注意や混乱や陳腐な自己満足といった思考欠如(思考停止)は同時代の特徴でもある。なので、ここでの企ては、私たちが行なっていることを考えるにとどめる。
人間の条件の最も基本的要素を明確にすること、すなわち、すべての人間存在の範囲内にあるいくつかの活動力を扱う。人間の最高かつ純粋な活動力である考えることは、本書の考察の対象としない。労働 labor 、仕事 work、活動 action に関する議論に限定し、各章で扱い、最後の章で近代を扱い、また全体としては西洋史上の活動力のヒエラルキー内部における布置(の変遷)を扱う。
科学の面では17世紀に始まる近代は20世紀初頭で終わり、政治の面では現代世界は最初の原子力爆発(1945)で生まれた。現代世界は本書の対象外とする。ここでの議論は、人間の条件から生まれた人間の永続的な一般的能力、つまり人間の条件そのものが変化しない限りは二度と失われない人間の一般的能力の分析に限られる。歴史的分析の目的は、今日の世界疎外である、地球から宇宙への飛行(地球世界からの脱出)と世界から自己自身への逃亡(労働社会からの脱出)とを根源まで遡及すること。それは、今日の社会の性格を理解するためである。
労働
マルクスの労働論を批判しつつ古代ギリシアから近代へと労働の変遷を述べている点で、まずマルクスおよびスミス以後の労働論を前提としている。
マルクスを受け継ぐ労働に関連する繁殖や生殖の概念だが、既に人口減少社会が予測されており(寿命100年社会とも言われる)、歴史的転換点にあると言えるだろう。それに対しマルクスやアーレントの議論をどう活かすか、が重要だと思う。
また、日本でのバブル崩壊・デフレ期以後では大量消費社会は下火となり、多様化・ニッチな消費が一般化している。商品・労働市場の不規則な変化も考えられる。
近代における大衆社会=労働社会では、テクノクラートとしての官僚制が補完的要素と捉えられると思うが、官僚制への分析は少ない。古代ギリシアとの関連で言うなら、市民が(代表としての)職業政治家に、職人が官僚に、奴隷が労働者へと変遷したように思える。
仕事
世界や世界性が不可解な概念と思えるが、巻末の解説にあるので一読すべき。テクノロジーが自然過程や生命過程を再度取り入れるというのは、肉体に常時張り付いているスマートフォンやスマートウォッチを思い浮かばせる。
活動
人間の唯一性から物語が現れ、芸術作品と結び付く。活動家であり芸術家というのは、現代すでに存在しある程度支持されており、いわば活動と仕事の融合とも言える。さらに、様々な分野横断的かつワールドワイドに活躍している者もいる。このような存在は、ある種のヒューマニズム的・コスモポリタニズム的理想かもしれない。一方、そのような存在にはそれに相応の卓越が必要となり、この点でアリストテレスへと回帰することとなる。恐らく、アーレントは一方に革命家やレジスタンスを置き、他方に職業政治家や高級官僚を想定していたように思う。前者は特殊な時間における極限的自由の創出であり、後者は賃仕事でありながらも実質的・硬直的支配層である。この辺りは『革命について』『過去と未来の間に』などで考察されているようだ。
近年では、アーレントとマルクスを相補的に捉える政治理論が研究されているようである。ハバマス、ネグリとハートなど。
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アーレントの大作
2026年5月30日に日本でレビュー済み読んで良かった。アーレントは詳しくはありませんが、内容はちくま学芸文庫の中ではすんなり頭に入りました。お薦めです。
フィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
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独特の言葉遣い、文章で意味を含ませているようで、読むのが苦痛な本
2022年5月5日に日本でレビュー済み読み始めて、アーレントの文章がそうなのであろう、本当にわかりずらい文章であり、言葉が独特の意味を含んでいるような不明瞭な使い方がされており、時間の無駄だと思い、読むのをやめた。
37人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
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素晴らしい
2026年4月15日に日本でレビュー済み勉強になる
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2025年6月26日に日本でレビュー済みAIによる労働からの解放がなされる現代こそ、もう一度読むべき本
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とはいえ原著を読めと言われても困るわけですので、和訳があることはよいことです。読み手としては、まずは英語版も買うべきということです。
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助かりました。
2024年3月21日に日本でレビュー済み学校の参考書籍として、購入いたしました。早急に郵送していただき大変感謝しております。
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