USD 8.17
ポイント: 39pt  (3%)  詳細はこちら
配送料 USD 18.77 10月5日 月曜日にお届け
詳細を見る
または 最も早い配送 9月28日 月曜日にお届け(1 時間 43 分以内にご注文の場合) 詳細を見る
在庫あり。 在庫状況について
USD USD 8.17 () 選択したオプションを含めます。 最初の月の支払いと選択されたオプションが含まれています。 詳細
価格
小計
USD USD 8.17
小計
初期支払いの内訳
レジで表示される配送料、配送日、注文合計 (税込)。
出荷元 / 販売元
ギフトオプション
レジで利用可能
レジで利用可能 この商品はギフトです。変更
レジで、カスタムメッセージ、簡単返品のギフト領収書を追加して、商品をギフト包装することができます
支払い方法
お客様情報を保護しています
お客様情報を保護しています
Amazonはお客様のセキュリティとプライバシーの保護に全力で取り組んでいます。Amazonの支払いセキュリティシステムは、送信中にお客様の情報を暗号化します。お客様のクレジットカード情報を出品者と共有することはありません。また、お客様の情報を他者に販売することはありません。 詳細はこちら
次に追加されました:

申し訳ありません。問題が発生しました。

ウィッシュリストの取得中にエラーが発生しました。もう一度やり直してください。

申し訳ありません。問題が発生しました。

リストを利用できません。
Kindleアプリのロゴ画像

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません

ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。

携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。

KindleアプリをダウンロードするためのQRコード

  • 意識と本質: 精神的東洋を索めて (岩波文庫 青 185-2)

著者をフォロー

新刊とおすすめタイトルの情報を入手
何か問題が発生しました。後で再度リクエストしてください。

意識と本質: 精神的東洋を索めて (岩波文庫 青 185-2)

5つ星のうち4.5 (176)

{"desktop_buybox_group_1":[{"displayPrice":"USD 8.17","priceAmount":8.17,"currencySymbol":"USD","integerValue":"8","decimalSeparator":".","fractionalValue":"17","symbolPosition":"left","hasSpace":true,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"YhR4rrb3F9INBOzchQhO2Bi%2FJoPI8D342zc7nx5JNGnRxMToEFW2raVa4DfPeJJuWpLL%2BnAWNpEUWykvNPBSHbSPtR5jlxyrwgmJbf5SNO0eGN6tp7Hh7dKzJzQMo2uH","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"NEW","aapiBuyingOptionIndex":0}]}

購入オプションとあわせ買い

東洋哲学の諸伝統の分析から得た根元的思想パターンを己れの身にひきうけて主体化し、その基盤の上に新しい哲学を生み出さなければならない。本書はこうした問題意識を独自の「共時的構造化」の方法によって展開した壮大な哲学的営為であって、その出発点には自分の実存の「根」が東洋にあるという著者の痛切な自覚があった。

目次

意識と本質──東洋哲学の共時的構造化のために

本 質 直 観──イスラーム哲学断章

禅における言語的意味の問題

対話と非対話──禅問答についての一考察

後 記

最大10%ポイント還元:
紙書籍 まとめ買いキャンペーン

よく一緒に購入されている商品

対象商品: 意識と本質: 精神的東洋を索めて (岩波文庫 青 185-2)
USD8.17
在庫あり。
この商品は、Amazon.co.jpが販売および発送します。
+
USD8.17
在庫あり。
この商品は、Amazon.co.jpが販売および発送します。
+
USD9.64
在庫あり。
この商品は、Amazon.co.jpが販売および発送します。
総額: $00
当社の価格を見るには、これら商品をカートに追加してください。
ポイントの合計: pt
詳細
追加されました
一緒に購入する商品を選択してください。

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 岩波書店
  • 発売日 ‏ : ‎ 1991/8/8
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 本の長さ ‏ : ‎ 416ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4003318528
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4003318522
  • 商品の重量 ‏ : ‎ 1 g
  • 寸法 ‏ : ‎ 2.5 x 10.5 x 14.8 cm
  • Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 19,772位 (本の売れ筋ランキングを見る)
  • カスタマーレビュー:
    5つ星のうち4.5 (176)

著者について

著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
井筒 俊彦
Brief content visible, double tap to read full content.
Full content visible, double tap to read brief content.

1914年東京・四ツ谷生まれ。

1937年慶應義塾大学英語英文学科卒業、同大学文学部助手。

1941年『アラビア思想史』、49年『神秘哲学』。

1959年から2年間にわたって中近東・欧米でイラスーム研究に従事。

1961年マギル大学客員教授、69年同大学イスラーム学研究所テヘラン支部教授、75年イラン王立研究所教授。

1979年イラン革命激化のためテヘランから日本に帰国。『意識と本質』(1980-82年)、『意味の深みへ』(1985年)、『コスモスとアンチコスモス』(1989年)、『超越のことば』(1991年)、絶筆『意識の形而上学』(1993年)など代表著作を発表。

1993年北鎌倉の自宅にて逝去(78歳)。

カスタマーレビュー

星5つ中4.5つ
176グローバルレーティング

お客様のご意見

お客様は、この本の内容について高く評価しています。目を開いてくれた大切な一冊であり、知的な刺激が非常に強く、精神の深さを感じることができると感じています。また、井筒さんの智慧の深さを感じることができ、深層意識に裏打ちされた著者の端的な解説が印象的だと述べています。一方で、読みやすさについては意見が分かれています。一部のお客様は、本著の「意識と本質」の章を読み始めると難しくて分けが判らなくなるという指摘もあります。全体的に、この著作を日本語で読めたことを高く評価する声が多くあります。
お客様の投稿に基づきAIで生成されたものです。カスタマーレビューは、お客様自身による感想や意見であり、Amazon.co.jpの見解を示すものではありません

選択して詳細を見る

13人のお客様が内容に言及し、12人が肯定的、1人が否定的です
お客様はこの本について、目を開いてくれた大切な一冊だと評価しています。知的な刺激が非常に強く、精神の深さや井筒さんの智慧の深さを感じることができます。また、東洋哲学が斬新なものに見えてくるという指摘もあります。無意識の構造や言語の発生源のような話が出てきて、急に東洋哲学が斬新なものに見えたと感じています。
イスラーム哲学全般に関する記述は本質を簡潔に表しており、とても勉強になりました。そして、禅についての表記が多いのですが、ここもとても素晴らしかった。サルトルの嘔吐から、禅における物事の本質を演繹していく内容は白眉といえるでしょう。...もっと読む
知人に勧められて読みました。 内容のわりに、文体がわかりやすく、著者の、伝えたいという思いがひしひしと伝わってきます。 岩波の青には、日本語的に読みにくいものが多いですが、こちらの本はとても読みやすかったです。 井筒さんの智慧の深さを感じることができます。もっと読む
...当時流行していた、深層心理学などで使われる無意識の構造や、言語の発生源みたいな話が出てきて、急に東洋哲学が斬新なものに見えてきました。夢中になって何度も繰り返し読んだことを覚えています。 井筒さんにはもう少し長生きしてほしかったです。...もっと読む
...は、東洋思想の集大成といいますか、ありとあらゆる思想について触れられており、もちろん西洋思想も盛り込まれていて、それらを縦横無尽に駆け回ることによって、ベースとなるものを探求する試みがなされています。...もっと読む
6人のお客様が解説に言及し、6人が肯定的、0人が否定的です
お客様はこの書籍について、以下のように評価しています: 究極的内容が驚くほど平易に論述されており、圧倒的な知識、経験、洞察力を駆使して東洋思想の大草原を縦横無尽に駆け巡る井筒俊彦の代表作だと高く評価しています。究極的内容が驚くほど平易に論述され、深層意識に裏打ちされた著者の端的な解説により、これまで理解できなかったような内容であると指摘しています。イスラーム哲学全般に関する記述は本質を簡潔に表しており、非常に勉強になったと感じています。禅についても、切れ味のよい解法でさらりと解き明かされると好評です。
すごく勉強になりましたもっと読む
圧倒的な知識、経験、洞察力を駆使して東洋思想の大草原を縦横無尽に駆け巡る井筒俊彦の代表作。自らの狭い世界だけにとどまらず、より広い世界に目を向けることの重要さや楽しさを教えてくれる。...もっと読む
イスラーム哲学全般に関する記述は本質を簡潔に表しており、とても勉強になりました。そして、禅についての表記が多いのですが、ここもとても素晴らしかった。サルトルの嘔吐から、禅における物事の本質を演繹していく内容は白眉といえるでしょう。...もっと読む
...東洋思想を深層意識レベルで深く読み解いた上で、現代人向けに体系化した解説書がここにあったのかと、一読して感嘆しました。噂に違わぬ名著でした。...もっと読む
5人のお客様が読みやすさに言及し、3人が肯定的、2人が否定的です
お客様はこの本の読みやすさについて意見が分かれています。一部のお客様は、この本が分かりやすく、意識と本質という壮大なテーマの真理に迫る本だと評価しています。井筒さんの智慧の深さを感じることができ、母国語である日本語で読めて良かったと感じています。一方で、一部のお客様は難しくて分けが判らなくなるため、生半可では読みこなせないという指摘もあります。
...岩波の青には、日本語的に読みにくいものが多いですが、こちらの本はとても読みやすかったです。 井筒さんの智慧の深さを感じることができます。もっと読む
本著の「意識と本質」の章を読み始め進めると、難しくて分けが判らなくなる。そういう人の為に本著全体の構成を書いてみたい。その前に井筒氏は「意識と本質」は『思想』(岩波書店)に二回ぐらいで終わりにする積もりだったとある(415頁)。...もっと読む
確も分かりやすく、意識と本質という壮大なテーマの真理に迫るこの1冊を、母国語である日本語で読めて本当に良かったと思います。もっと読む
...しかし、ひとつひとつが深すぎて、生半可では、読みこなせません。 とはいえ、サルトルの「嘔吐」体験や、本居宣長や芭蕉の句など、断片的にではありますが、感性的に理解できる箇所も少なくありません。...もっと読む

日本からのトップレビュー

  • 星5つ中5つ
    東洋人の根底にあるもの(★6)
    2026年9月13日に日本でレビュー済み
    Brief content visible, double tap to read full content.
    Full content visible, double tap to read brief content.

    読書・哲学が好きな、40代のサラリーマンです。イタリア在住です。

    これまでに読んだ井筒俊彦先生の本は、『ロシア的人間』と『イスラーム文化』で、本書が三冊目となりました。

    本書の構成は、『意識と本質』が大半を占めており、他に『本質直感』、『禅における言語的意味の問題』、『対話と非対話』が含まれています。

    『意識と本質』は、東洋思想の集大成といいますか、ありとあらゆる思想について触れられており、もちろん西洋思想も盛り込まれていて、それらを縦横無尽に駆け回ることによって、ベースとなるものを探求する試みがなされています。

    私が印象に残ったのは、ゼロ・ポイントという考えと、それが物凄いエネルギーを内包しているという考えで、これはまさに宇宙のはじまりそのものでもありますし、東西の思想家が探求してもののひとつではないかと思います。

    特に印象に残った箇所は、禅に関連する説明・考察であり、分節(1) → 無分節 → 分節(2)という思考の経緯について、私は分節(2)についてあまりわかっていなかったのかとも思いました。そして、それを的確に説明してくれた一文が、以下のものです。

    「花が咲き、鳥が啼き、人がそれを憶う。もし有「本質」的分節、すなわち分節(1)、の世界だとすれば、花は花、鳥は鳥、人は人であって、三者が互いに混入し合うということは絶対にない。「本質」がそれを妨げるからだ。だが、分節(2)の次元は無「本質」の世界。そこでは、すべてがすべてに浸透する。分節された花は花として現象しているし、分節された鳥は鳥として現象しているが、無「本質」の花には花の凝固性がなく、鳥には鳥の凝固性がない。だから互いに浸透し合う。まさに「鷓鴣啼くところ、百花香し」であって、それを無「本質」の人が「長えに憶」っている。憶う記憶も、無論、鷓鴣と百花に対立する「我」の主体性ではない。」

    この辺りは、古来から自然を慈しみ、共存してきた日本人ならではの感覚ともいえると思いますが、西洋の一般的な考えでは、分節(1)から抜けきれずにいると思いますし、ここでいう無分節が、何か気持ち悪くて忌み嫌うものであるというもの、もしくは虚無として捉えられているのではないかとも思います。また、それと同様に、ゼロ・ポイントというものも捉えることが困難になっているのだと思います。

    『禅における言語的意味の問題』の中では、「場」についての説明が印象的でした。

    「絶対非分節の場は限りなく力動的で柔軟であり、その働きは自由無碍である。今この瞬間に人(にん)として主体性の極に達しているかと思うと、もう次の瞬間にはたちまち重心を「客」の極に移してものという形に結晶する。「庭前の柏樹子」、「麻三斤」。この「麻三斤」は前にも言った通り、仏(すなわち絶対者)とは何かという問いに対して洞山守初禅師が答えた言葉である。絶対者という語はここで我々が使っているか場という語にあたる。洞山は、言下に、場をものに結晶させて質問者の面前につき出したのである。」

    「場」は、プラトンの晩年の著作、『ティマイオス』にもその概念が出てきますし、物理的にも捉えられているものであり、物事の関係を作り出すベースとなるものです。そういった意味では、東洋西洋問わずに捉えられているものであるといえるのだと思います。

    また、本著の中の、「ハイデッガー的に言うと、「存在」は見失われ、「存在者」のみが顕現する。」という一文も印象に残りました。

    『対話と非対話』では、まさに海外に住み、仕事で多くの国の人とも関わっている私が、普段から直面している課題であり、それに解はあるのかと疑問を抱いているのですが、この著作でも、禅の考え方が取り上げられています。落としどころはどこなのかと思いながら読み進めましたが、最後の一文に、思わず、「あっ」と唸らされました。

    「単純率直に申しますと、形而上的深みを欠いた水平的言語コミュニケーションは、禅に言わせれば実存的意味のないあだ事であります。他人を理解しなければならないとか、他人に自分を理解させなければならない、などと申しますが、もし当の私が自分自らを理解しないでおいてそんなことして一体何になるでしょう。それがまさに禅の問題とするところなのであります。」

    我々は外の世界へと目を向けて、何かを求めがちですが、結局のところ、自分自身を理解するということが最も大切なことであり、それがおぼつかない状態で、コミュニケーションなどはナンセンスです。

    西洋思想とは逆に、東洋思想は自分の内面に入って自分自身を探索するものだということを思いますが、「コミュニケーション」というものにも、それが如実に現れていると思います。

    やはり西洋思想は、神の「光あれ」の言葉から生まれたものであり、基本的には、人間を中心に常に前を向いて進むものだと思います。これに比べて東洋思想は、光の前の状態がデフォルトとしてあり、基本的には人々は自然と共存して生活を営んできました。現代においてグローバル化が進む中でも、根底にあるものはお互い変わらないと思います。

    本書の“後記“で、七十歳近くになった井筒先生が、自身の実存の「根」が東洋にあったのだと書かれております。人間年をとるとふるさとを懐かしく思い、帰りたくなるのだとも。

    私も最近はその様なことを思いますし、そういった意味では、単純に年をとったといえるのかもしれないです。また、西洋で生活するという貴重な体験や読書体験を通じて、自分なりの思想が熟成してきたともいえるのかもしれません。

    フィードバックを送信中...
    フィードバックをお寄せいただきありがとうございます。
    フィードバックを送信中...
    ありがとうございます。数日中に調査いたします。

    コミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。

  • 星5つ中4つ
    人類の未来への光明を感じる!
    2023年1月2日に日本でレビュー済み
    Brief content visible, double tap to read full content.
    Full content visible, double tap to read brief content.

    本書を読むのは三回目になる。読むたびに気づく点が違うということは、読み手として多少進歩しているのだろう。

     私には妙な仮説がある。

     それは、イランのスーフィズムにおける意識の深層段階の深層部(≒元型、本質)が、ユダヤ教のカバラのセフィロート(≒元型)と似ているということから、この対立する二つの民族は深層のところで響き合えば共鳴し合うのではないか、というものだ。

     前者は『イスラーム哲学の原像』に詳しく、後者は『意識と本質』に詳しいので、それぞれを読み比べながら読むということになる。

     自らが一次情報を読む力がないため、井筒俊彦氏の頭の中(「元型」を一種独特の「本質」と考える立場)を介して、この仮説を検証してみると、やはり、似ているのである。

     ついでに、この本の以下の文によって、さらに宿題を抱えることになってしまった。

    1)概念的普遍者ではなく、実存的普遍者としての「本質」が、いかにして実存する個体の個体的「本質」でもありえるのか。言いかえれば、「不易」がいかにして「流行」しえるのか。

    2)精神分析におけるマンダラ体験の意義を強調したユングは、密教的教養とはおおよそ無縁の患者が、夢や異常心理状態において、不思議な心象図形を経験し、それを絵画に書くのを見た。それらの絵画が驚くほど密教のマンダラに似ていた。

     1)は松尾芭蕉の不易流行、2)は空海の真言密教からの一文になる。

     ということで、『意識と本質』の4回目の読書は、松尾芭蕉と空海の真言密教に触れた後になりそうだ。

     井筒俊彦氏の本質が元型であるという考えは、ユダヤ教(カバラ)やイスラーム(スーフィズム)だけでなく、本書にもある「易」や「老荘思想」、「不易流行」「真言密教」のすべてを串刺しできる。学問を縦割りで捉えないからこそ生まれた東洋哲学だが、ここらに人類の未来への光明を感じるのは私だけではないだろう。

    23人のユーザーが役に立ったと感じています
    フィードバックを送信中...
    フィードバックをお寄せいただきありがとうございます。
    フィードバックを送信中...
    ありがとうございます。数日中に調査いたします。

    コミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。

  • 星5つ中5つ
    意識のゼロポイント
    2025年4月14日に日本でレビュー済み
    Brief content visible, double tap to read full content.
    Full content visible, double tap to read brief content.

    すごく勉強になりました。

    1人のお客様がこれが役に立ったと考えています
    フィードバックを送信中...
    フィードバックをお寄せいただきありがとうございます。
    フィードバックを送信中...
    ありがとうございます。数日中に調査いたします。

    コミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。

  • 星5つ中5つ
    全存在界のゼロ・ポイント
    2025年5月10日に日本でレビュー済み
    Brief content visible, double tap to read full content.
    Full content visible, double tap to read brief content.

    本書には次のような文章が書かれています。

    不思議なことに、万有の唯一の窮極的「本質」である「太極」は、同時にまた、あらゆる事物の「本質」が無に帰して消滅してしまう無「本質」の一点、全存在界のゼロ・ポイント、「無極」でもあるのだ。

    このゼロ・ポイントに関して、田坂広志氏の「死は存在しない」という本には、次のような文章が書かれています。

    「神」や「仏」や「天」とは、「ゼロポイント・フィールド」に他ならない。(中略)そして、もし、そうであるならば、昔から、世界の様々な宗教において「祈祷」や「祈願」、「ヨガ」や「座禅」や「瞑想」と呼ばれ、実践されてきた諸種の技法は、実は、この「ゼロポイント・フィールド」に繋がるための「心の技法」に他ならない。

    このことに関して、末期ガンから奇跡的に生還されたアニータの「喜びから人生を生きる!」という本にも、次のような文章があります。

    “中心にいる”ということは、自分の宇宙の中心にいて、自分の居場所に気づいているということです。そこは、私たちがいつもいる唯一の場所です。その中心にいて、自分があらゆるものの中心だと感じることが大切なのです。(中略)さらに私は、人はみんな、宇宙と一つであると直感的にわかりました。それゆえ、自分が身体にいる時も、クモの巣状の偉大な宇宙の中心にいると知ったのです。これは、自分のすばらしさや無限の存在とのつながりに気づいたのと同じでした。(中略)自分の内側にある無限の場所ーつまり全体ーとつながれば、病気は身体の中に存在できなくなるのです。

    この中心が「ゼロポイント・フィールド」のことだと思いますが「その中心がどこにあるのか?」が、ずっと疑問だったのです。その疑問が氷解したのは、楽禅ヨガ創始者・有野真麻氏の悟りの本と、肥田式強健術創始者・肥田春充氏の「聖中心道」という本のおかげでした。

    宇宙につながる中心(ゼロポイント)が、人体のどこにあるかということが、お二人の本にはハッキリと図示されていたからです(その中心をつかむためのボディワークも掲載されています)。

    さらに有野氏が急性心不全から奇跡の復活を遂げた秘密もそれであると書かれていたのです。その中心を有野氏は「悟りゲート」と表現し、肥田氏は「聖中心」と表現しています(肥田氏は禅の悟りとはそれを得ることだと述べ、当代随一の禅僧も認めています)。

    これらの本を読んだおかげで、より深く本書を理解することができたと思います。アニータの前掲書には「中心につながると誰もが宇宙からの贈り物にアクセスすることができる」とも書かれていますが、それは真実でした。というのも、それ以来、あまりにも多くの奇跡を体験するようになったからです。素晴らしい奇跡と学びを本当にありがとうございます。

    5人のユーザーが役に立ったと感じています
    フィードバックを送信中...
    フィードバックをお寄せいただきありがとうございます。
    フィードバックを送信中...
    ありがとうございます。数日中に調査いたします。

    コミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。

  • 星5つ中5つ
    本著の全体の構成を認識して読もう!!
    2025年4月12日に日本でレビュー済み
    Brief content visible, double tap to read full content.
    Full content visible, double tap to read brief content.

    本著の「意識と本質」の章を読み始め進めると、難しくて分けが判らなくなる。そういう人の為に本著全体の構成を書いてみたい。その前に井筒氏は「意識と本質」は『思想』(岩波書店)に二回ぐらいで終わりにする積もりだったとある(415頁)。事実、「Ⅰ」~「Ⅲ」は型に分類する前の記述で、本質について「マーヒーヤ」と「マウィーヤ」を使って論述している。恐らくここで終わりにする予定だったのではないか。しかし、書き続けざるを得なかったために、71頁に「紛糾する事態を構造的に整理するために、以下私はマーヒーヤ肯定論を三つの主要タイプに分けて記述しようと思う」と宣言している。この文言が重要で、72頁に「マーヒーヤ肯定論」を三つ分けている。以下、三つの型=「第一の型・第二の型・第三の型」に分けて論述している。その構成は次の通りである。

    (1)「第一の型」は「Ⅳ」~「Ⅶ」で「本質」肯定論である。但し「Ⅵ」と「Ⅶ」は本質論否定の禅的な思惟の形成について書いてある。なぜ、ここに本質論否定の禅を入れたのか納得がいかない。

    (2)次の「第二の型」は「Ⅷ」~「Ⅺ」で「本質」肯定論である。中でも「Ⅷ」と「Ⅸ」は密教的な思惟形成が書いてあり、「Ⅹ」は「元型」的「本質実在論」が書いてある。

    (3)最後の「第三の型」は「Ⅻ」で「本質肯定論」である。

    以上が構成である。本書の「Ⅰ」と「Ⅹ」は特に重要である。

     司馬遼太郎が「私は井筒先生のお仕事を拝見しておりまして、常々、この人は二十人ぐらいの天才らが一人になっているなと存じあげていまして」(司馬遼太郎『十六の話』中公文庫)と言っているが、その通りだと思う。言語だけでも30数言語を使いこなしたと言われる。あの日絨毯につまづきさえしなかったなら、もっと多くの事実を教えて下さったのではないかと思うと、残念で残念でしかたがない。

    13人のユーザーが役に立ったと感じています
    フィードバックを送信中...
    フィードバックをお寄せいただきありがとうございます。
    フィードバックを送信中...
    ありがとうございます。数日中に調査いたします。

    コミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。

  • 星5つ中3つ
    著者を尊敬して買いました。
    2018年4月25日に日本でレビュー済み
    Brief content visible, double tap to read full content.
    Full content visible, double tap to read brief content.

    読んだけれども、眺めただけに終わってしまったかと思われる。いずれ再読したい。

    6人のユーザーが役に立ったと感じています
    フィードバックを送信中...
    フィードバックをお寄せいただきありがとうございます。
    フィードバックを送信中...
    ありがとうございます。数日中に調査いたします。

    コミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。

  • 星5つ中4つ
    初心者には、お薦めしません
    2019年7月26日に日本でレビュー済み
    Brief content visible, double tap to read full content.
    Full content visible, double tap to read brief content.

    自戒を込めて、断言します。

    哲学の世界にあまり詳しくない方は、本書を読むと、おそらく挫折感を味わいます。

    文体はさほど難しくないですが、古今東西の哲学、宗教、文芸などを含め、縦横無尽に、いや「共時的」に井筒ワールドが展開されています。

    しかし、ひとつひとつが深すぎて、生半可では、読みこなせません。

    とはいえ、サルトルの「嘔吐」体験や、本居宣長や芭蕉の句など、断片的にではありますが、感性的に理解できる箇所も少なくありません。

    井筒ワールドのあらましを知りたければ、まずは、若松英輔の「井筒俊彦 叡智の哲学」(慶応大学出版会)からはいるのがよろしいかと思います。

    「意識と本質」についても1章がさかれ、そこで若松氏は、井筒にとっての「意識」とは、自分の外へ滑り出すこと(「脱自」)であり、「外」で「意識」を待ち構えているのは、「本質」である。脱自と同時に「神充」が起こる。と紹介している。これは観念論ではなく、井筒の個人的体験にも根ざしているとか。

    「意識と本質」は、1回読んだ(眺めた?)だけでは、私のような浅学の徒には理解できなかったため。現在は、★4つだが、何年か後には、★5つになっていることを期待したい。

    118人のユーザーが役に立ったと感じています
    フィードバックを送信中...
    フィードバックをお寄せいただきありがとうございます。
    フィードバックを送信中...
    ありがとうございます。数日中に調査いたします。

    コミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。

  • 星5つ中5つ
    本当に素晴らしい
    2021年11月28日に日本でレビュー済み
    Brief content visible, double tap to read full content.
    Full content visible, double tap to read brief content.

    確も分かりやすく、意識と本質という壮大なテーマの真理に迫るこの1冊を、母国語である日本語で読めて本当に良かったと思います。

    11人のユーザーが役に立ったと感じています
    フィードバックを送信中...
    フィードバックをお寄せいただきありがとうございます。
    フィードバックを送信中...
    ありがとうございます。数日中に調査いたします。

    コミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。