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積読こそが完全な読書術である
「読まずに積んでよい。むしろそれこそが読書だ。
人生観を逆転させる究極の読書術!」
読めないことにうしろめたさを覚える必要などない。
まずはこの本を読んで、堂々と本を積もう。
気鋭の書評家が放つ、逆説的読書論!
情報が濁流のように溢れかえり、消化することが困難な現代において、
充実した読書生活を送るための方法論として本書では「積読」を提案する。
バイヤールやアドラーをはじめとする読書論を足掛かりに、
「ファスト思考の時代」に対抗する知的技術としての「積読」へと導く。
たしかに本は、人に「いま」読むことを求めてきます。
でも、それと同時に、書物は「保存され保管される」ものとして作られたものだったことを思い出してください。
情報が溢れかえり、あらゆるものが積まれていく時代に生きているからこそ、
書物を積むことのうしろめたさに耐えて、あなたは読書の前にまず積読をするべきなのです。(本文より)
【目次】
はじめに
第一章 なぜ積読が必要なのか
情報の濁流に飲み込まれている
読書とは何だったろうか
情報の濁流のなかのビオトープ
蔵書家が死ぬとき、遺産としての書物
第二章 積読こそが読書である
完読という叶わない夢
深く読み込むことと浅く読むこと
ショーペンハウアーの読書論
「自前」の考えをつくる方法
第三章 読書術は積読術でもある
一冊の本はそれだけでひとつの積読である
読めなくていいし、読まなくてもいい
本を読まない技術
積読のさらなるさまざまな顔
第四章 ファスト思考に抗うための積読
デジタル時代のリテラシー
書物のディストピア
積読で自己肯定する
おわりに
参考文献
- 言語日本語
- 出版社イースト・プレス
- 発売日2020/4/17
- ファイルサイズ2.0 MB
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商品の説明
著者について
書評家。1979年、アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
書評サイト『Book News』を運営。『週刊金曜日』書評委員。
その他、『週刊読書人』『図書新聞』『HONZ』『このマンガがすごい!』
『現代詩手帖』『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』で執筆。
登録情報
- ASIN : B08732KG5N
- 出版社 : イースト・プレス
- アクセシビリティ : 詳細はこちら
- 発売日 : 2020/4/17
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 2.0 MB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- タイプセッティングの改善 : 有効
- X-Ray : 有効にされていません
- Word Wise : 有効にされていません
- 本の長さ : 187ページ
- Page Flip : 有効
- Amazon 売れ筋ランキング: Kindleストア - 45,225位 (Kindleストアの売れ筋ランキングを見る)
- Kindle本 - 45,212位
- カスタマーレビュー:
著者について

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日本からのトップレビュー
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書店にも、並んでいる本です❢❢
2026年8月19日に日本でレビュー済み新品の、文庫本でした❢❢
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積読を肯定するだけでなく、情報との向き合い方を再設計する本
2026年5月29日に日本でレビュー済み三宅香帆さんが解説を書かれていることと、「積読」というテーマへの関心から手に取りました。
本書は、単に「積読してもよい」と読者の罪悪感を軽くするだけの本ではありません。むしろ、情報が過剰に流通する時代において、自分が何を読むのか、何を読まないまま置いておくのか、どのような関心のまとまりを作るのかを考えさせる読書論です。
特に印象に残ったのは、積読を未消化の本の山ではなく、自分の関心を育てる「ビオトープ」のようなものとして捉える視点です。これは紙の本だけでなく、YouTube、Podcast、SNS、AI による推薦など、現代のコンテンツ選択全般にも応用できる考え方だと感じました。
また、読書には目的やテーマが必要だという指摘にも納得しました。これまで私は、読書は「目的」を決めて行うものだと考えていましたが、本書を読んで、目的だけでなく、より広い「テーマ」や「問い」を持つことの重要性を意識するようになりました。
一方で、「情報の濁流に飲み込まれないために積読する」という表現には、最初やや違和感もありました。単に情報を受け流すだけなら、それは積読というよりも保存や保留に近いのではないかと思ったからです。しかし読み進めるうちに、本書が問題にしているのは受動的に情報をため込むことではなく、自分の関心に基づいて本や情報を選び、配置し、見直すことなのだと理解しました。
バイヤール、アドラー、ショーペンハウアーなどの読書論にも触れられており、関連書をさらに読みたくなる構成でもあります。読書術の本でありながら、同時に「情報とどう距離を取るか」「アルゴリズムに流されず、どのように自分の知的環境を作るか」を考える本でもありました。
積読をしている人だけでなく、情報が多すぎて何を読むべきか迷っている人にも向いている一冊だと思います。
8人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
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現代の読書論
2020年4月24日に日本でレビュー済みどうしたら「その本を読んだ」と言えるのだろうか。
一冊の本を例えどんなに深く読み込んだとしても、そこに込められた著者の想いを完全に理解することは不可能であるし、数ヶ月も経てばその内容なんてすっかり忘れてしまうのだから、実は、誰しも「その本を読んだつもり」になっているだけなのかもしれない。
それは、タイトルと前書きと目次と後書きを読んだだけでも同じことが言えるし、そもそもその本を手に取った時点で、ある程度は中身を予測していることの方が多いのだとすると、「積読」にうしろめたさを感じる必要はない。むしろ、積極的に「積読」をしよう、というのが本書の主張だ。
そして著者はこの「積極的な積読」をビオトープの構築と表現し、情報の濁流に流されるがままに積み上がっていく「消極的な積読」と区別する。ビオトープとは生物の生息空間。水槽をイメージすると分かりやすい。積まれる本をちゃんと手入れしていくべし、と説くのである。その過程においては積まれない本との線引きが行われ、自らのテーマ、文脈が形成されていく。これこそを完全な読書術と言い充てているのだ。
新旧思想家の読書術を引き、その共通項に見出されるこの結論は、いつの時代も情報過多と思われてきたメディアの歴史を振り返るものであり、心理学や経済学、テクノロジーにまで思考の幅を広げていくところが面白い。読書の奥深さに触れることができる貴重な一冊だ。
59人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
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酒を飲みながら、読書しても、読書は読書。
2026年5月16日に日本でレビュー済み積読を肯定したい人々がいる。読書家と呼ばれる人々は、買ったけど読まなかった本に、うしろめたさを感じるらしい。
そこで、その後ろめたさを緩和して、自己肯定感を取り戻す必要がある。
『読んでない本について堂々と語る方法』という権威は、未読についての肯定的な精神安定剤を与えてくれる。
最近の『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』や『本を読めなくなった人たち-コスパとテキストメディアをめぐる現在形 』などの本もそうだが、本を読まない言い訳が読書家には欲しいらしい。
情報が氾濫している情報社会というものは、もう十、二十年以上前から言われている。本というデバイス以外にも、映画、ラジオ、テレビ、ネットなどコンテンツを運ぶ方舟は、多様な形で存在する。わたしたちは、その情報を自動的に積んでいる。人間は、とっくの前に、情報を処理し切れていない。
ネットニュースを無視するように、購入した本というものを、無視したらダメだろうか。サブスクのコンテンツを無視するように、お金をかけていても、それを全て消化しないといけない理由はない。買った本をペラペラ読んで、終わる。何が悪いというのか。
わたしたちは、情報洪水の中から情報を、自分の必要に応じて、手にしている。本も、同じ事だ。本の洪水から、自分に必要なものだけ取捨選択して、自分だけの本の生態系を構築すれば十分だ。テーマに応じた重要書を掬い上げて、必要な部分を掻い摘まむ。
今、わたしにとって、無意味な本は積読して置いて、タイミングを測るか、それとも、中古本市場に流せば事足りる。
積読は、読書の中に含まれている。積読は、ありふれていて、悪いことじゃない。
【感想】
三宅香帆氏の解説を読むまで、この方が亡くなっているとは知らなかった。積読のうしろめたさは、読書をしている人ならば、誰でも感じることで、このタイトルだけは憶えていた。しかし、まぁ、読まなくてもいいか、と一つの積ん読をしていた。どうせ本屋かamazonで買えると。
しかし、文庫化していたので、パッとTSUTAYAで購入をした。
タイトルを読んでいると、『筋トレこそが最強のソリューションである』のような最近の、いや、一昔前のビジネス書の売れ筋のタイトルの付け方を思い出す作品だ。確認をすると、2020年の本だ。
内容は、紙ペラ一枚で言えそうなことを、本という体裁のために、水増ししたように、シントピカル読書を敢行したものだ。本は、重量と厚さがあってこそだから。
2020年、まだAIの黎明は、山のうえに仄かな灯りを灯していない。
情報洪水の時代が、まさかAIの高度な情報処理によって、終わりを迎えるとは思ってはいないようだ。人間は情報処理から解放されつつある。本の内容を、AIに要約させればいいという発想が見当たらない。速読術など、もう内容理解のためにはいらない。いざとなれば、積読本の不安定な亡霊のような存在は、AI でかき消える。
わたしたちは、もう情報の洪水を恐れなくていい立ち位置に存在している。
情報の氾濫に、情報処理機能が追いつき始めた。無駄な情報を削り取る。それが、可能だ。細部に宿るという芸術性は、細部など不要な人類には無用だ。
お互いがその情報を知っているという異常さに、若い世代は気づき始めている。それぞれが、この情報氾濫時代に、情報を取りに行こうとすると、もはや社会共有の知識という常識は、存在不可能になる。それでも、まだ、情報の共有による一般的知識は残っている。
コミュケーションをとらなければならないという人間の欲求が、そのギリギリの一般知識を保たせている。それはウェブニュースやSNSがかろうじてやりとげているが、このコミュケーション願望をAIが乗っ取ったとき、わたしたちは、バラバラな知識のコミュニティの多様性の真の世界を理解するだろう。
本という情報体が、何か、宗教的な淡いを持ち続けれるのはいつまでだろうか。
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読書する行為が好きなわけで、読書しているのである。
2026年6月21日に日本でレビュー済み本への屠殺行為の論考は考えさせられた。
筆者の言わんとすることはわかるのだが、私の家は狭いので本を置くスペースが限られている。よって、物理的に積読が不可能である。
もっとも読書する行為が好きなわけで、読書しているのである。
積読する行為は好きではない(物理的にもできない)からしないだけではあるが。
2人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
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冷たく表現すれば積読や読書に関する言葉遊びを延々と展開してるだけ
2024年3月24日に日本でレビュー済みタイトルの通りですが、古今東西の読書術に関する本を引用しながら繰り返し繰り返し、積読、読書、ひいては本というものに対する考察を繰り広げているだけの本です。
私のように、読書に対する具体的なアクションを求める読者にとっては時間の無駄になる可能性が高いと言わざるを得ません。
こんな変わったタイトルの本を手にする読者は、私のように読書の重要性は感じつつも本が積まれていくばかりで消化出来ずに悩んでいる、もしくは読んでもモノに出来ている気がしないという消化不良に悩んでいる人が大半かと思います。
それに対して役立つ示唆としては、本書の中でウンザリするほど繰り返されているとおり、完全な読書は無い、という言葉によって、消化不良に対する悩みの気晴らし程度はできるかと思います。
一方で、我々は読みたい!けど読めずに悩んでいるのであって、気追い過ぎずに読めと言われても気晴らし程度にしかならず、じゃあ結局どうすればいいの?という問いに対する解決策は私は見つけられませんでした。
※長ったらしいですし、本書の中でも完全な読書は無い=飛ばし読みをある程度推奨しているように読めたので、私も本書を飛ばし読みしたから見つけられなかったのかもしれませんが。。。
本書の中で重要な表現かつ著者がおそらく最も伝えたかったポイントが「ビオトープ的な積読環境」かと思いますが、結局これに対する解像度が最後まで不鮮明なままであり、具体的なアクションにも繋がらなかったです。
また、私のように蔵書の9割9部が電子書籍で構成されている読者も今は多いと思いますが、そういった人向けの示唆も何もなかったのが残念でした。
一言で言えば著者の自己満足な本だったなと言うのが感想です。
そしてそういう本のことを著者はショーペンハウアーを引用して批判していたのが滑稽というかますます残念でした。
15人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
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読書において重要なのは、自律的に選択しかつメンテナンスも行う蔵書(=ビオトープ的積読環境)を作ること、に共感。
2021年2月12日に日本でレビュー済み永田希(1979年~)氏は、米国コネチカット州生まれの書評家。書評サイト「Book News」を運営し、「週刊金曜日」、「週刊読書人」、「図書新聞」、「HONZ」等でも執筆している。
本書は、著者がかつて「時間銀行書店」を名乗って刊行した『サイコパスの読書術-暗闇で本を読む方法』を下敷きに全面的に改稿され、2020年に出版された。
私は元来、不必要に断定的だったり、奇をてらった書名の本(「~しなさい」、「なぜ~なのか」等々)は敬遠する方で、本書も書名自体は好まなかったが、書店でめくってみると、多数の著名な読書術の本を引用しており、面白そうで購入した。
このチャレンジングな書名について、著者は「おわりに」で次のように語っている。「人間が読んでいない状態=「積読」の状態のままで、書物は言うまでもなく完結しています。人間の読書は不可避的に不完全なものですが、積読の状態は唯一、完全性を認められる状態です。本書の書名はこの逆説に基づいています。したがって、わたしは「人間が積読をすること」が「完全な読書」をする方法であると主張したいわけではありません。人間は完全な読書を成し遂げることはできません、読書は、単に積読の一部でしかありません。人間の不完全な読書は、それ自体で完全である積読の一部で、局所的に、かりそめに展開されるだけなのです。」
著者はまず、現代という時代は、本に限らない、動画コンテンツ、音楽、ゲーム、演劇などの様々な情報が日々大量に供給され、それを体験したり消費したりできないままに時間だけが過ぎていく「情報の濁流」の状況(「情報が積まれる(=積読)」の状況)にあるという。そして、その情報の濁流に飲み込まれないためには、無秩序に増大していく他律的な積読環境から、ある程度の独立性を持った自前の積読環境(それを「ビオトープ的積読環境」と呼んでいる)を自律的に構築する必要があると説く。
次に、なぜ「読書」が「積読」の一部なのかについて、ピエール・バイヤールのベストセラー『読んでいない本について堂々と語る方法』をメインに、M・J・アドラーの『本を読む本』、ショーペンハウアーの『読書について』、加藤周一の『読書術』、山口周、若松英輔、小林秀雄、橘玲、斎藤孝、鎌田浩毅、小飼弾などを引用しつつ、持論を展開している。(私はそれぞれの原本のいくつかも読んでいるが、この章では、原本から著者の意図に合う部分が取られているようにも見え、それぞれの原本は別途読んだ方がいいかも知れない)
また、後半では、積読の概念が少々拡散していく印象があるのだが、これは著者の好奇心・関心の広さ故か。
本書で奨める実践術をシンプルにまとめると、読書において最も重要なのは、世の中にある本を手当たり次第に読むことではなく、自分なりのテーマや基準で選択し、常に中身(関係性含め)を確認しつつ入れ替えなどのメンテナンスも行う蔵書(=ビオトープ的積読環境)を持つことであり、本を読むという行為はその延長線上にあるべきということなのだろう。
(2021年2月了)
54人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
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脱線が多すぎ、本線が薄く細い。かなり抽象的
2026年8月29日に日本でレビュー済み(酷評ですまん。)脱線が多すぎるし本筋に戻す時に「戻すよ」と言ってくれればまだ親切だが、あまりに無駄が多すぎるし、ほぼ戻って来ない。
全体のうち97%が脱線もしくは無駄で、残りの3%は稀に数行でひょっこり書かれてあるだけだ。ゆえに、「積読をどうにか消化したい」目的でこの本を手にしたハウツー目的系の購読者は肩透かしを喰らうだろう。
前置きが長すぎる。前半まで前置きだ。前置きの中で他人の本とその人の生き様の紹介が繰り返されたり。
p153あたりでやっとご本人の主張が出てくるが、また薄れてはこんまりの話が出てきたり。
言いたいことはわかるけどページ数を無理やり増やしてる感じ。
この本読む前から自発的にビオトープしてる人は読まなくていい本。
(たぶん、この感想こそファスト思考におかされてるんだろうな。)
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