無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書 1575)
哲学の本でもなく、社会学の本でもなく、文化研究でもなく、サブカル評論でもなく、社会評論でもなく。
浅田彰と宮台真司と大塚英志と岡田斗司夫とフラットに並べて論じ、
サブカルチャーとハイカルチャーを行き来するはじめての書として、
2000年代以降の批評の方向を決定づけた歴史的論考。
また本書で語られているデータベース消費、解離的な人間といった分析は、
本が出てから十数年を経過した今日では、さらに有効性をもったキーワードとなっている。
これは、2001年当時は、本書のサブタイトルである「オタクから見た日本社会」であったものが、
いまでは「オタク」という言葉をつける必要がなくなっていることを意味している。
2000年代を代表する重要論考であるのと同時に、
2010年代も引き続き参照され続ける射程の長い批評書。
- ISBN-104061495755
- ISBN-13978-4061495753
- 出版社講談社
- 発売日2001/11/20
- 言語日本語
- 寸法10.6 x 0.9 x 17.4 cm
- 本の長さ200ページ
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
著者について
1971年生まれ。東京大学大学院総合研究科修了。批評家。専攻は哲学および表象文化論。著書に『存在論的、郵便的』――新潮社、第21回サントリー学芸賞受賞――『郵便的不安たち』『不過視なものの世界』――ともに朝日新聞社――などがある。
登録情報
- 出版社 : 講談社
- 発売日 : 2001/11/20
- 言語 : 日本語
- 本の長さ : 200ページ
- ISBN-10 : 4061495755
- ISBN-13 : 978-4061495753
- 商品の重量 : 0.28 g
- 寸法 : 10.6 x 0.9 x 17.4 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 5,830位 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について

1971年東京生まれ。批評家、作家。ZEN大学教授。株式会社ゲンロン創業者。博士(学術)。著書に『存在論的、郵便的』(第21回サントリー学芸賞)、『動物化するポストモダン』、『クォンタム・ファミリーズ』(第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』、『弱いつながり』(紀伊國屋じんぶん大賞2015)、『観光客の哲学』(第71回毎日出版文化賞)、『ゲンロン戦記』、『訂正可能性の哲学』、『訂正する力』、最新刊に『平和と愚かさ』など。
カスタマーレビュー
日本からのトップレビュー
- 星5つ中5つ
現在はオタク特有の現象ではなくなった
2026年3月29日に日本でレビュー済み本書で提示されるデータベースとシミュラークルの二層構造は、日本のオタク文化に固有のものとして論じられているが、現在ではその枠組みはポップカルチャー全般に拡張可能であるように見える。
ゆるキャラやご当地キャラ、可愛い・癒し系動物コンテンツ、Vチューバーなどなど、市民権を得た消費的コンテンツはいずれも、特定の物語や歴史的文脈に依拠するのではなく、記号や属性の組み合わせによって生成され、それに人々が小さな物語を意味付けするという構造を持っている。
本書が書かれた当時には、オタクとそれ以外という区分が一定程度有効であったが、現在ではその区別は大きく揺らいでいる。
というよりも、オタク的な消費や関係構築の様式が社会全体に一般化した結果、区別そのものが意味を失ったと考えた方がよい。
オタクは従来、社会的役割や制度に基づく必然的な関係よりも、趣味や嗜好に基づく任意の関係を重視してきた。
しかし、この関係の組み方は、いまや特定の層に限られたものではない。
現在では、誰もが社会的必然に基づく関係と趣味に基づく関係を状況に応じて使い分けることが一般的になっているように思われる。
この変化の背景には、グローバル化や多様性の重視による共同体の弱体化、ハラスメント防止意識の高まりによる職場関係の拘束力の低下、インターネットによる趣味嗜好の細分化と共有の容易化、未婚率の上昇による生活単位の変化といった複数の要因が重なっているように思える。
結果として、個人は単一の大きな物語に包摂されるのではなく、それぞれの選好や状況に応じた複数の小さな物語に分散的に属する状態が常態化しているのではないか。
日常的には複数の関心領域にまたがる小規模なコミュニティに属しつつ、必要な局面においてのみ制度的な関係に接続するというあり方が、むしろ標準的な生活様式になっているのではないか。
この仮説は日常的な観察や感覚と照らし合わせても違和感はないだろう。
このように考えると、個人的に、問題は「大きな物語が失われたかどうか」ではなく、「現在なお機能している大きな物語とは何か」という点に移る。
価値や行動の正当化、人生の意味づけ、行動の抑制、共同体の統合といった役割を担うものとしての大きな物語は完全に消滅したわけではないが、その機能は明らかに更に弱まっているからだ。
結婚の価値、自己投資や成長の規範、経済的成功と人間的価値の結びつき、身体規範といったものは依然として影響力を持つが、それらはもはや唯一の基準ではなく、複数ある選択肢の一つとして扱われている。
日本において特徴的なのは、天皇や皇族といった象徴的存在であり、これは国民統合の装置としては機能しているが、個人の人生の意味や正当化を直接的に与えるものではない。
また、憲法九条に代表される反戦主義も、かつては強い物語として機能していたが、現在ではその拘束力は大きく低下し、多様な価値観の一つとして並置(もしくはマイノリティ)される傾向にある。
この考えを広げていくと、普段は小規模な関心領域に属する個人が必要な場面だけ社会に接続する時、それらをまとめるのは物語的な理念ではなく、大多数が受け入れられるような社会制度にあるのではないかという直感になるが、それは別の本格的な社会・政治理論になるだろう。
以上のように、本書の枠組みは当時のオタク文化の分析にとどまらず、現代社会における各人の在り方や関係の形成、各々の価値のあり方を考える上でも有効な手がかりであるように思われる。
9人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
キャンセル報告する - 星5つ中4つ
説明どうり
2021年7月18日に日本でレビュー済み参考になった
6人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
キャンセル報告する - 星5つ中5つ
2026年に読んでも切口鋭い一冊
2026年8月6日に日本でレビュー済み東浩紀は人によって毀誉褒貶が激しく、好き嫌いの分かれる言論人だと思う。僕は好きな方で、東浩紀については突発配信をはじめとする長時間の1人語りを数年前からかなり観てきたし、ここ数年の著作も一通り読んできた。
ゲンロンという会社を立ち上げ、経営者という立場を抱えながら、どこまでも正直に自らの思想と現実を語り続ける彼の姿には常に敬意を抱いているが、最近の東浩紀を取り巻く状況を見ていると、非常に味わい深いものがある。
かつて「あいちトリエンナーレ2019」を巡って激しく衝突し、長らく隔たりがあった津田大介氏との和解。あるいは菊池成孔氏や斎藤幸平氏といった、一筋縄ではいかない論客たちとの対談。さらには久田将義氏や吉田豪氏といったアウトロー・サブカルチャーの深みに足を踏み入れる人々との独特な信頼関係。
論壇やアカデミズムの枠にとどまらず、多角的な人間関係と議論の場を広げ続ける現在の東浩紀は、僕から見ると彼自身のキャリアにおいて何回目かのピークを迎えているのではないかと感じる。
そうした「いまの東浩紀」のドライブ感に触れている中で、ふと彼の原点とも言える名著『動物化するポストモダン』を読み返してみたくなった。
初版が2001年というので本書が出版されてからすでに四半世紀以上が経過している。しかし、いま改めて読み返してみると、この本が提示した問いは古びるどころか、むしろ現代のコンテンツ社会やネット環境を切り取る上で驚くほどアクチュアルな切れ味を保っていると改めて感じて、面白く感じた。
本書の中核をなすのは、ポストモダン社会における「大きな物語の捏造(あるいは喪失)」と、それに伴う「データベース消費」の分析である。
東は、かつての近代的な主体のあり方が崩壊したあとに現れた日本のオタクカルチャーを精密に解剖した。かつてのオタクたちは、作品の後ろにある巨大な世界観や思想(大きな物語)を夢見ていた。
オタクにも世代があり、第一世代、第二世代、第三世代くらいを10年ごとに区分してその変遷を語っているところは1976年生まれの第二世代オタクのはしくれたる自分には、味わい深いものがあった。
オタクたちが抱えていた大きな物語が虚構であることが、人文的にポストモダン的に解体されていって、オタクたちの消費行動は「キャラクター要素」や「設定」といった情報断片の蓄積――すなわちデータベースの消費へとシフトする。
ここで非常に興味深いのは、オタク文化に特有のスノビズム(気取り・形式的こだわり)やシニシズム(冷笑主義)が、このデータベース消費や社会の「二層化」と表裏一体になっている点だ。
世界観や思想といった「本物」を信じられないシニカルな態度を抱えながら、オタクたちはデータベースから抽出された記号(「萌え要素」など)に即物的に反応し、欲求を満たしていく。深い思想や人間関係の葛藤を必要とせず、記号的刺激によって欲望を処理するこのプロセスを、東は「動物化」と呼んだ。
この「情報データベースの層」と「その表面に現れる即物的な消費の層」という二層化の指摘は、現代のSNS、Short動画、TikTok、さらには生成AI時代におけるアルゴリズム主導のコンテンツ消費の構造とかなり同じ物に感じられる。
2000年代初頭の美少女ゲームやアニメを対象にして書かれたこの分析が、いまや社会全体の情報消費のデフォルトになっている事実にすごい先見の明を感じる。
今回読み返して特にハッとさせられたのは、ゲームの持つ「マルチエンディング性」や「リセット可能性」に関する東の先見性だ。
当時の美少女ゲーム(ビジュアルノベル)は、選択肢によって物語が分岐し、プレイヤーは何度も周回(リセット)を繰り返しながら、世界線の全体像(データベース)を把握していく構造を持っていた。東はこの「並行する複数の世界が存在し、一つの絶対的な結末が存在しない構造」を、ポストモダン時代の重要な形式として捉えていた。
この分析は、昨今のハリウッド映画大作で空前のトレンドとなっている「マルチバース(多元宇宙)解釈」の源流そのものと言ってもおかしくない。
マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)や『スパイダーマン:スパイダーバース』、あるいはアカデミー賞を受賞した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のように、現在の世界的なエンターテインメントの頂点にある作品群は、すべて「分岐する世界線」「あり得たかもしれない別の結末」「並行存在する複数の自分」を前提にして構築されている。
かつて日本のマイナーなオタクゲームに見られた「マルチエンディング的思考」や「データベース的環境」が、いまやハリウッドの超大作を通じて世界的なポピュラーカルチャーの基盤となった。東浩紀は、20年以上も前にこの文化の構造的変化をある意味、先取りし、言語化していたのだと感じた。
また、本書の中で繰り広げられる21世紀ごく初頭の同時代の論客たち――斎藤環、大澤真幸、大塚英志らへの批評的言及も、いま読み返しても非常にスリリングで面白かった。
大塚英志の「物語消費」論を継承しつつも、それをアップデートして「データベース消費」へと昇華させる議論の鋭さ。斎藤環の「文脈(文脈依存性)」やオタクの精神分析的アプローチに対する、批評的かつ明快な整理。大澤真幸の社会学的な「第三者の審判」の不在をめぐる議論と、ポストモダン的な「動物化」の接続。
ある場合は協調し、ときには批判的に対立しながら、独自の理論を打ち立てていく若き日の東浩紀のドライブ感は、いま読んでも色あせていない。
彼らの議論を同時に知ることで、当時の思想的熱量だけでなく、現代の評論・批評の基本骨格がどこで作られたのかを再確認することができる。
配信などで見せる現在の東浩紀の言葉には、長年の経営や言論活動を通じて磨かれた深いリアリズムと人間味が宿っている。そうした「いまの東浩紀」が持つ圧倒的な魅力の根底には、本書『動物化するポストモダン』で見せたような、社会の構造変化をいち早く見抜く卓越した洞察力と時代に対する誠実さが脈々と流れている。
現代のSNS社会に疲れを感じている人や、なぜこれほどまでに世界中でマルチバース作品や短尺動画が溢れているのかを知りたい人にこそ、本書をお勧めしたい。
単なる「オタク論」を超えて、私たちが生きるこの複雑な現代社会を読み解くための最強の処方箋として、いま一度多くの人に手にとってほしい一冊である。
4人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
キャンセル報告する - 星5つ中3つ
リファレンスとしては参考になりましたが。。。
2003年8月1日に日本でレビュー済み個人的に、最近のオタク文化や、それを取り巻く言説に疎かったので、そのへんの流れを要領よく紹介してくれるリファレンスとしては、本書は大変参考になりました。
ただ、その状況に対する著者自身の分析には、納得できないところが多々ありました。
たとえば、オタク文化のメルクマールとして、「大きな物語」に依拠しないということを挙げていますが、もともと、芸術というものは(ファイン・アートにしろポップ・アートにしろ)大きな物語に依存してトップダウン的作られるような作品は(一部の宗教芸術やプロレタリア芸術を除いて)まれで、むしろ、生活実感へのこだわりからボトムアップ的に作られて、逆に大きな物語を脅かしてしまうようなものの方が多かったのではないでしょうか。
また、「萌㡊??要素」へのこだわりや、引用を意識しない相互影響というものは、それほど現代オタク特有の現象でしょうか。たとえば、印象派の絵画に浮世絵の技法がとりいれられ、さらにそこから日本画が影響を受けたりといった現象と、質的に決定的な違いがあるのでしょうか。
また、現代オタクが本当に「動物化」しているのなら、なぜ特定の萌え要素だけに満足せず、それらを組み合わせて果てしなく戯れようとするのでしょうか。むしろ、彼らにはまだ物語への要求が残っているけれども、信じるに足る物語が見出せないために、その戯れは生活実感を超えたところまで飛翔できない、という解釈のほうが説得的ではないでしょうか。
おそらく著者には、オタクこそがポストモダンの現在形だ、という強い直感があるのでしょうけ!れど、少なくとも、そのような直感を共有しない私にとっては、著者の議論は、論理的にも実証的にも、説得的とは思えませんでした。
むしろ、私は、昔から行われてきたことが、テクノロジーの発達によって、高速かつ大規模に行われるようになっただけではないか、という気がしているのですが。。。
207人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
キャンセル報告する - 星5つ中5つ
古典の位置を占める名作
2026年6月4日に日本でレビュー済みポストモダンの考察をポップカルチャーに焦点化して論じる不朽の名作。今現在の必読の書。
フィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
キャンセル報告する - 星5つ中4つ
有名な著作で人気もあるらしい。
2026年1月31日に日本でレビュー済み東浩紀氏への興味から読みました。
発行年がかなり前なのに今でもよく
読まれているようです。メルカリで
の販売価格が定価とそうかわりませ
ん。私が借りようとした図書館では
6人も先約がはいっていました。
ところが、レビューをみると最近
ものはない。昔どういうものが流行
ったのかを知りたい人が読んでいる
。ただし読んでみても共感するとこ
ろがなかったから、レビューを書か
ない。こういうことかもしれない
なと思ったのでした。
2人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
キャンセル報告する - 星5つ中5つ
楽しい読書
2023年8月29日に日本でレビュー済み明晰に分かりやすく描かれた95年以降の消費社会の神話と構造というイメージです。
もっと難しい本だと思っていましたが普通に読めたのでお勧めです。
言葉にならなかったアニメゲームの世界が言語化されたという思いです
15人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
キャンセル報告する - 星5つ中5つ
「大きな物語」から「小さな物語」へ
2023年10月3日に日本でレビュー済み機動戦士ガンダムのようなオリジナルの物語を補完していくような「大きな物語」への関わり方から、エヴァのように、オリジナルがデータベースとして機能して、そこから派生していく「小さな物語」へと移行して、現代日本文化と社会構造がある。また、さらにその前に日本の敗戦でアメリカ文化が介入したことによる要因も見逃せない。アダルトゲーム、ノベルゲームの考察は馴染みがなくても、アニメをある程度観てきたという人にはとてもわかりやすい古典的名著。「小さな物語」を消費者が自分の好みや快楽のままに活用する様を、動物化しているとする。
16人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
キャンセル報告する











