これらのプロモーションはこの商品に適用されます:
一部のプロモーションは他のセールと組み合わせることができますが、それ以外のプロモーションは組み合わせることはできません。詳細については、これらのプロモーションに関連する規約をご覧ください。
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
著者をフォローする
OK
読んでいない本について堂々と語る方法 (ちくま学芸文庫)
- 言語日本語
- 出版社筑摩書房
- 発売日2016/10/6
- ファイルサイズ600 KB
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
商品の説明
著者について
パリ第八大学教授、精神分析家。文学を精神分析に応用する「応用文学」の提唱者であると同時に分析療法の実践家でもある。近著にQui a tué Roger Ackroyd ?(1998;『アクロイドを殺したのはだれか』大浦康介訳,筑摩書房,2001),『失敗作をいかに改良するか』(2000),『バスカーヴィル家の犬事件』(2008)など多数。
大浦康介(おおうらやすすけ)
京都大学人文科学研究所教授。専門は文学・表象理論。訳書にピエール・バイヤール『アクロイドを殺したのはだれか』(筑摩書房,2001),ウォルター・ケンドリック『シークレット・ミュージアム――猥褻と検閲の近代』(共訳,平凡社,2007),ヤン・アペリ『ファラゴ』(河出書房新社,2008)など。
登録情報
- ASIN : B0CHY5GRD1
- 出版社 : 筑摩書房
- アクセシビリティ : 詳細はこちら
- 発売日 : 2016/10/6
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 600 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- タイプセッティングの改善 : 有効
- X-Ray : 有効にされていません
- Word Wise : 有効にされていません
- 本の長さ : 239ページ
- Page Flip : 有効
- Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 26,215位 (本の売れ筋ランキングを見る)
- ちくま学芸文庫 - 13位
- カスタマーレビュー:
著者について

著者の本をもっと見つけたり、似たような著者を調べたり、おすすめの本を読んだりできます。

著者の本をもっと見つけたり、似たような著者を調べたり、おすすめの本を読んだりできます。
カスタマーレビュー
お客様のご意見
お客様の投稿に基づきAIで生成されたものです。カスタマーレビューは、お客様自身による感想や意見であり、Amazon.co.jpの見解を示すものではありません選択して詳細を見る
日本からのトップレビュー
- 星5つ中5つ
理解したようになるための形式・知っているように扱える形への変換
2026年1月2日に日本でレビュー済み理解できない現象に対する”癖”のような物として、人類は、ついつい神話のような物を作っちゃう。
(ホメロスから、天皇から、アイドルに至るまで)
その情報圧縮のアルゴリズムを、レヴィストロースからカッシーラから、ハンス・ブルーメンベルクから、ユヴァル・ノア・ハラリに至るまで、様々な学者が明らかしてきました。
政治に寄せればサイードなんかもそうだし、メディア論に寄せればベンヤミンやのニコラス・クルーマンもそう。
人間は世界をそのまま理解できない。だから象徴・物語・類型・テンプレを作る。
そもそも人間は、世界を正確に知る存在ではない。
だから、「知っていること」にして生きる存在。
そんな伝統的な思想を、現代的なゴシップの切り口で提示したのが本書。
単純に自室に積んだ本を「知っている事」に出来るだけじゃない。
本書はフランス人らしい現代思想に根差した基本がちゃんとあり、それらも「読んだ事」にしてしまえるような、強烈なショートカット。
良書だと思います。
1人のお客様がこれが役に立ったと考えていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
キャンセル報告する - 星5つ中4つ
一度、読まれたほうがいいかもしれない
2026年6月22日に日本でレビュー済みこんな方法もあるとは思いませんでした。
1人のお客様がこれが役に立ったと考えていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
キャンセル報告する - 星5つ中5つ
タイトルに惹かれました
2025年12月7日に日本でレビュー済みタイトルに惹かれて買いました。
このレビューを読む人は、私が本当に読んだか疑いながらこのレビューを読むのでしょうか。
書評を語るとはどういうことか。そもそも、読んだとはどんな状態を指すのか?
10年前にかなり読み込んだが、その後はその本から離れているような場合はどうか?
自分は読んでいないが、かなり熱心なひとから感想を聞いた場合はどうか?
そんな本です。
2人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
キャンセル報告する - 星5つ中3つ
対象としている読者は狭い
2026年3月31日に日本でレビュー済み読後感として、"教養があれば読んでいない本について語れる"というメッセージを受け取った。
フランス人の著者が、夏目漱石について言及しているのに驚いた。
フィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
キャンセル報告する - 星5つ中5つ
本の見方が変わる。
2025年12月19日に日本でレビュー済み「あの本を読んでない、あの本も読んでない、あの本もあの本も、、、」と思ってしまう人はぜひ読んでほしい。本の見方が変わった。革命的に変わった。ただ最終章の結論「自分が創造するために」というのはうーむ、だけど本当に面白い本なのは本当。
2人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
キャンセル報告する - 星5つ中4つ
未読の名著を語ってカッコつけたい人向きの理論的根拠(ただしそれなりの努力を要する)
2022年7月7日に日本でレビュー済み半世紀前の大学生にとっては本を「読んでいる」ことが一種のステータスだった。
私も「世界の名著」を読もうと思い、名著中の名著の噂も高い「カラマーゾフの兄弟」を読んでみたが読み切れなかった。
その後、私の弟に相当する様な後輩(一応、理系の学校でした)が同書を得々として語るのを聞き、愕然となって再度読破を試みたが失敗した。更に後輩の後輩が、時代が変わって私の子供に相当する様な世代の同僚が(一応、理系の職場です)、近頃は孫のようなヤカラが同書を熱く語るのを、私は沈黙してただ拝聴する事態に陥った。
私も努力はした。この間50年以上に渡って約100回以上挑戦したのだが(米川訳でも、原訳でも亀山訳でも)読了できなかった。70歳過ぎになり、NHK・TVの「100分de名著」を観て(2019年12月放映)、同番組の「ムック」本を読んで、やっと父親殺しの犯人を知った。
私も「カラマーゾフ」について若い連中(女性ならばなおさら)と熱く語り,「教養」のあるところを見せたい、との欲求は加齢とともにつのるばかりである。
Amazonで本書のタイトルを見て迷わず購入した。
しかし私の期待は半分裏切られた。名著といえども一冊の本に固執しているのでは「読んでいない本を語る」ことは不可能でありそうだ。
パイヤール先生によれば、書物の意義はその内容ではなく外側に存在していて、ある書物の隣にどのような本が存在しているのか、他の多くの書物とどのような”接続“や”連絡“を持っているのかを理解することが重要であるそうだ。
必ずしも読む必要はないが、多くの書物の存在を知り、可能ならば「ムージルの図書館司書」や「薔薇の名前」(私は映画で観たが難解だった。原作を読む気力も失せた)の異端審問官の様に、万巻の書籍を身近に置くことが有効であるそうだ。
私のごとき出版社が異なる文庫本や文学全種の端本など、同じ「カラマーゾフ」だけを集めても意味がなさそうです(今でも本棚の一隅で難攻不落の城塞の様に鎮座している)。
読んでしかるべき重要な書物の周囲には「ある文化の方向性を決定つけている一連の」書物群が存在して、これをバイヤール先生は「共同図書館」と呼んでいる。重要なのはある書物を読み込むよりも、その書物の「共同図書館」の中での、その書物の「立ち位置」を理解すことだそうだ。
ある本について”語る“と、その本に関連する他の本についても”語る“ことになり、「立ち位置」の理解を深める。これがバイヤール先生が「読んでいない本を語る」ことを強く推す理由である(私の意図とは大部異なります)。
バイヤール先生は本書中に引用する書物について、自身の読書体験(読まないを含む)を分類して、全然読まないは「未」、ざっと読んだを「流」、内容を聞いたことがあるは「聞」、読んだが忘れたが「忘」の記号で示し、自身の評価を◎から××の記号で示している。
私にとって問題はバイヤール先生の読書の質である(私は「流」ならば、読んだ、と堂々と主張するぞ)。
バイヤール先生はⅠ部から3部まで、テキストを引用して持論を展開するが、その引用文の多くが「流」か「聞」(またはその両者)で、評価は◎である(私ならば胸を張って「詳細に読破した」と主張するぞ)。
バイヤール先生が「読んだ」(記号ならば「読」?)はどの程度読み込みレベルなのか恐ろしくなる。
ついでに、この世に存在しない書物「サンタフェの孤独な騎手」(想像するに三文作家の書いた西部劇小説)を「未」で◎に評価している(p108~109)。もっとついでに、未読の書物をどうやって評価したのかな?
本書Ⅱ部では“読んでいない本”について語るには手強そうな状況を4場面提示している。さらにこれを支障なく切り抜けるだけでなく、語り手と聞く側の両者に生じる有益?な効果、すなわち「内なる書物」の概念を示している。
ただしこの4場面は表題通りではない。私にはとても期待できない状況である。
場面1の「大勢の人の前で」はG.グリーンの「第三の男」(映画ではなく小説)の場面で、語り手は権威ある作家と見做されているし(全くの誤解だが)、講演会を主催した組織はそれなりの権力(占領軍の一端)を持つ。講演会の会場を権威と武力で制圧すれば、相当に的外れな発言をしても許容されるだろう(引用文中の演者は別の意味で危機に陥るが)。
場面2の「教師の面前で」が面白い。英語文化圏の外に存在するアフリカのテイヴ属の人達に、アメリカ人が「ハムレット」の内容を説明する物語である。相互の「内なる書物」が異なると、ゾンビに操られて恋人を自死に追い込み、義父を殺す奇怪なハムレット像が、テイヴ属の人達の「内なる書物」に出現することになるが、これはこれで面白そうです。
場面3「作家を前にして」が最も厳しい状況であるが、バイヤール先生が提示した事例はヒネリが効きすぎて額面通りではない。
場面4の映画、邦題「恋はデジャ・ブ」は悪くない状況設定である。今日どんなにヘマをしでかしても、一晩明けると昨日がまっさらな今日として反復するのである。老人の私にはありがたい。たとえ認知症による誤謬であったとしても。
本書Ⅲ部がバイヤール先のが最も主張したい部であろう。同じ本を読んでも読者によってその理解は異なる。それならば創造してしまえ、が趣旨である(と思う)。「吾輩は猫である」の迷亭先生が良き実例を提示している(「バイヤール先生の「猫」読書経験は「流」で評価は◎である)。
ただバイヤール先生の論理展開は(恐らく故意に)饒舌であって、巧妙なレトリックが潜んでいそうだ。これを素直に受け入れることは通常の読書人には抵抗がありそうだ。
でも私は古典的な世界の名著には縁のない人間だから、都合の良い部分を素直に受領したい。
そして「カラマーゾフ」を「聞」に分類して、躊躇なく、恥じることなく、臆することなく、若い連中と大いに語りたいと思う。たとえバイヤール先生の”語る”目的からは逸脱しても。
それから「カラマーゾフ」以外の「世界の名著」をもう少し「流し」読みしたい。残り少ない余生で。
53人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
キャンセル報告する - 星5つ中2つ
面白いのはタイトルだけ
2025年8月3日に日本でレビュー済み哲学的な問題提起っぽい構えをしていますが、途中からは「で?」「またこの話?」という感想でした。
この本の主張は、「読書は主観的な体験だ」「だから気にしなくていい」といった、開き直りだと私は理解しました。この主張自体も期待外れなものでしたが、もっと気になるのはそれを正当化するために引用されるのが小説の登場人物のセリフやエピソードばかりで説得力が皆無なことです。
そもそも引用の分量が多すぎます。どこかの小説の一節を引っ張ってきて、それっぽい雰囲気の主張を添えるだけでページが埋まっています。そのうち「この本そのものが“読まれないこと”を前提に書かれてるのでは?」とすら思えてくる構成です。途中からは引用部分はほとんど読むのをやめました。
私にとってこの本は、「読んだけど今後語ることのない本」でした。
4人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
キャンセル報告する - 星5つ中5つ
とんでもなく面白い
2024年11月18日に日本でレビュー済みタイトルを読んだだけでもそれが分かる。
まだページを開く前なので内容に関しては深く言及しない。今はその時ではないし、もし語るとすればそれなりの時間と熟慮が必要だろう。
だがこの書に大きな価値があることは、30カ国でヒットを飛ばしていること、SNSでも話題沸騰していることからして明らかである。
8人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
キャンセル報告する












