1978年5月28日(日) 国鉄・山科駅

1978(昭和53)年5月末、国鉄(当時)に乗って山科駅を訪れた。
 特に何か意味があったのかと言えば、思い当たることは無くて、単に行ってみたかっただけのような気がする。

東海道線上りの通過線をEF65一般機がけん引する貨物列車が通過していく。
 2軸貨車を連ねた編成ならではの規則正しいリズムでドン・ドン・ドン…と響くジョイント音が今でも懐かしく思い起こされる。

北陸方面から大阪方面へ向かう475系の急行「立山」が通過していった。
 この頃は、まだヘッドマークが大きいものが付いていたが、この年の10月にあったダイヤ改正の頃から貫通路内に収まる大きさに小型化されてしまった。

東海道線の主力は湘南色の113系だったが、この頃は冷房車はほとんど見られず、ヘッドライトが大きな目玉の初期型車も多く見られた。
 ここで、モノクロフィルムからカラーフィルムに詰め替えた。

デビューした間もない113系の1000番台は、冷房を搭載しており、ヘッドライトも小型のシールドビーム化されたものが付いていた。
 この当時は冷房車が珍しかったので、真夏などは冷房車が来るまで待っていたこともあった。そういうところは、どこか「時間の流れ」というものが今よりものんびりしていた気がする。

湖西線経由で北陸方面に向かう485系の特急「雷鳥」が通過していく。
 この当時は、グリーン車は2両、さらに食堂車も組み込まれた12両という堂々たる編成で、これぞ「国鉄の特急」という感じがしたものだった。そういう意味では、特急列車のステータスは、今よりも随分と高いものだったのだろう。

草津線経由でやって来た貨物列車をけん引するのは、亀山機関区所属のDD51-1044号機だった。
 当時は草津線や奈良線でも貨物列車や荷物列車(荷物車)が運行されており、あの「信楽焼のタヌキ」をいっぱい積んでいる2軸貨車を見かけた記憶がある。奈良線では、伏見で生産された日本酒を桃山駅の貨物ホームで2軸貨車に積み込んでいる光景も見た記憶もある。

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。