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吉岡史郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
吉岡 史郎
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 岡山県
生年月日 (1935-07-18) 1935年7月18日(91歳)
身長
体重
179 cm
71 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1954年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

吉岡 史郎(よしおか しろう、1935年7月18日[1] - )は、岡山県出身のプロ野球選手投手)。

来歴・人物

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岡山県都窪郡福田村出身。関西高校では、エースとして1953年春季中国大会県予選決勝に進むが、岡山東商八名信夫横溝桂の継投の前に敗退。同年夏の甲子園県予選でも決勝に進むが、安原達佳のいた倉敷工に敗れ、東中国大会には出場できなかった。

1954年高橋ユニオンズへ入団。カーブ、ドロップ、シュートを武器に貴重な左腕投手として戦力不足のチームでは貴重な存在であった。同年には一塁走者として出塁したときに、併殺球を頭部に受けて昏倒した[2]1955年は6月中旬から先発の一角として起用され、4勝を挙げる。1957年には球団が大映スターズに吸収合併され大映ユニオンズとなるが、登板機会は減少。同年限りで引退した。

詳細情報

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年度別投手成績

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W
H
I
P
1954 高橋
トンボ
高橋
25600023----.40028261.06792703221038345.021.54
1955 4715100411----.267647154.0151184006760073653.801.24
1956 28600014----.20025157.25852102341032284.341.37
1957 大映 9200012----.3335812.1180301100974.851.70
通算:4年 10929100820----.2861238285.02943291012133201521344.231.35
  • 高橋(高橋ユニオンズ)は、1955年にトンボ(トンボユニオンズ)に、1956年に高橋(高橋ユニオンズ)に球団名を変更

背番号

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  • 40 (1954年)
  • 22 (1955年 - 1956年)
  • 36 (1957年)

脚注

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  1. 「プロ野球人名事典2001」559P、森岡浩、日外アソシエーツ発行、紀伊國屋書店発売、2001年、ISBN 978-4816916694
  2. [春の球人]高橋の巻 厳格、型変わりな日課 投手では吉岡(関西高)が台頭か 読売新聞 1955年1月29日 朝刊4ページ

関連項目

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