コンテンツにスキップ

四谷シモン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

四谷 シモン(よつや シモン、本名:小林兼光、1944年7月12日 - )は、日本人形作家、俳優。人形学校「エコール・ド・シモン」主宰。弟は写真家の渡辺兼人

略歴

[編集]

東京都出身[1]。少年の頃より人形制作を好み、川崎プッペに私淑する。中学卒業後、アルバイトをしながら人形制作を続ける。林俊郎、坂内俊美に師事する[2]

17歳の時、一時ぬいぐるみ人形作家水上雄次の内弟子になる。新宿のジャズ喫茶に出入りして、金子國義コシノジュンコらと出会う。歌手のニーナ・シモンが好きだったことから「シモン」の渾名が付く。ロカビリー歌手としても活動する[2]

昭和40年(1965年)、雑誌『新婦人』に掲載されていた、澁澤龍彦の紹介[3]によるハンス・ベルメール球体関節人形を見て衝撃を受け、それまでの人形制作方法を捨てる[2]

昭和42年(1967年)金子國義を通じて、澁澤龍彦、唐十郎と知り合う。同年5月、唐十郎の状況劇場の芝居「ジョン・シルバー新宿恋しや夜鳴篇」に女形として出演する。その後、渋谷東急本店開店キャンペーンのためにディスプレイ用人形を作り、それは「前衛マネキン」として雑誌に紹介される。またこの制作過程で張り子人形の技法とメイクの方法を学ぶ。同年12月、しばらく滞在するつもりでパリに行くが、あまりの寒さに、アンティーク人形やベルメールの写真集を買っただけでまもなく帰る[4]

昭和43年(1968年)3月から6月にかけて、状況劇場紅テントの芝居「由井正雪」に「的場のお銀」役で出演する。このときから「四谷シモン」の芸名を使う。昭和46年(1971年)まで状況劇場の役者として活動する。その間、昭和44年には、「新宿西口中央公園事件」(新宿西口中央公園において、無許可でテントを立て公演を行った事件)や、寺山修司天井桟敷と状況劇場の乱闘事件が起きた[4]。「新宿西口中央公園事件」の際の四谷シモンを、共演者で現場に居合わせた麿赤児は「民衆を扇動するジャンヌ・ダルクのように光って見えた」と記している[5]

昭和45年(1970年)、大阪万国博覧会の「せんい館」のために「ルネ・マグリットの男」を制作する[6]

昭和47年(1972年)2月、新宿の紀伊國屋画廊で「10人の写真家による被写体四谷シモン展」が開かれ、会場の中央にはガラスケースに入った人形「ドイツの少年」が飾られる。この作品が人形作家として本格的に活動する転換点となった[2]

昭和48年(1973年)10月、銀座の青木画廊で第1回個展を開催。タイトル「未来と過去のイヴ」は澁澤龍彦による[7]。昭和50年(1975年)「慎み深さのない人形」を発表する。

昭和53年(1978年)、人形学校「エコール・ド・シモン」開校。当初は既製のパーツを使った人形作りを教えていたが、自由創作へ方針転換する。昭和56年(1981年)2月、紀伊国屋画廊で「第1回エコール・ド・シモン展」開催。以来、展覧会はほぼ毎年恒例になっている。

昭和53年(1978年)、パリの装飾美術館で開催された『間』展に参加、禅僧の人形を展示[8]

「少女の人形」「少年の人形」「機械仕掛けの少年」「解剖学の少年」などの作品を発表。一方で昭和59年(1984年)ふたたび状況劇場の芝居に出演。昭和60年(1985年)にはNHK大河ドラマ「春の波涛」にレギュラー出演。またいくつかのドラマに出演する。演出家久世光彦のドラマの常連俳優だった。

昭和62年(1987年)、彼の精神的支柱であり、理解者であった澁澤龍彦が死去。しばらくのあいだ茫然自失となる。昭和63年(1988年)より「天使-澁澤龍彦に捧ぐ」シリーズを制作する[4]

以降、「少女の人形」「目前の愛」「ピグマリオニスム・ナルシシズム」「木枠でできた少女」などを発表する。

平成12年(2000年)から平成13年(2001年)にかけて、大分市美術館を皮切りに、全国5カ所の美術館で大規模な個展を開催[9]

平成15年(2003年)人形作品「男」が、押井守監督のアニメ映画『イノセンス』のキャラクター、キムのモデルとなる。

平成16年(2004年)、1月、パリ市立アル・サン・ピエール美術館の「人形 POUPEES」展に4点の人形を出展。同展では、展覧会全体のポスターに四谷シモンの「少女の人形」が採用される[10]。2月、東京都現代美術館の「球体関節人形展」(押井守監修)に「男」など11点の人形を出展[11]

平成19年(2007年)、森美術館で開催の「六本木クロッシング2007 未来への脈動」展に出展。

平成22年(2010年)、若い頃に影響を受けたベルメールの生誕地カトヴィツェ(ポーランド)の芸術団体アルス・カメラリスの招待を受け、同地で球体関節人形「ピグマリオニスム・ナルシシズム」等を展示[12]

平成26年 (2014年)、そごう美術館(横浜)、西宮市大谷記念美術館で、個展「SIMONDOLL 四谷シモン」開催[13]

平成28年(2016年)、2月、ロンドンの美術館テート・モダンで、細江英公が撮影した四谷シモンの写真「シモン私風景」シリーズ26点が展示される[14]。同年12月、山崎哲・作構成演出の『骨風』(原作・篠原勝之)に出演[2]

平成16年(2004年)より、主要作品を「四谷シモン人形館」(香川県坂出市、鎌田醤油内)で常設展示。

作品

[編集]
  • 大阪万国博覧会のために制作した「ルネ・マグリットの男」は、巨体の不気味な老人が15体、薄暗い中に屹立していて、その間を繊維に見立てた赤いレーザービームが行き来するという作品だった。のちにこのうちの一体は状況劇場の舞台装置として使われた。
  • 初期の作品「未来と過去のイヴ」は、裸にガーターベルトと網タイツを付けた姿の人形。パーマをかけた金髪に、濃い色の口紅を付けており、一種挑発的な印象を受ける。それに続く「慎み深さのない人形」も同様に挑発的な作品。手足のない裸で、上半身と下半身が180度逆に付いている。シュルレアリスムの影響が直接的に顕れているようである。しかし以降の作品からは挑発的な印象が隠れ、その表情は永遠の相を見ているような穏やかなものになっている。
  • 「機械仕掛の少女」「機械仕掛の少年」は、エコール・ド・シモンの生徒であった荒木博志との共同作業によるもの。一部は実際に動く作品。
  • 「少女の人形」の一体は澁澤龍彦の所有となり、『少女コレクション序説』『裸婦の中の裸婦』などにより読書界でも有名な作品となった。
  • 人形制作にはナルシシズムが抜きがたいものだという発見により、「ナルシシズム」「ピグマリオニスム・ナルシシズム」を制作した。これはシモン自身を人形化した作品。

著作・参考文献

[編集]
  • 『シモンのシモン』(イザラ書房、1975年 のちにライブ出版、1989年) <『四谷シモン前編』に収載>
  • 『機械仕掛の神』(イザラ書房、1978年) <『四谷シモン前編』に収載>
  • 『四谷シモン人形愛』<監修・澁澤龍彦、撮影・篠山紀信> (美術出版社、1985年)
  • 『Narcissisme』<篠山紀信撮影> (佐野画廊、1998年)
  • 『人形作家』(講談社現代新書、2002年)
  • 『病院ギャラリー ― 717days 2001‐2003』(ライブ出版、2003年)
  • 『四谷シモン前編』<創作・随想・発言集成> (学習研究社、2006年)
  • 『四谷シモン人形日記』(平凡社 コロナ・ブックス、2011年)
  • 『人形作家』(中公文庫<中央公論新社>、2017年) <講談社現代新書版『人形作家』の改訂新版>

編纂

[編集]
  • 『日本の名随筆 別巻 81 人形』編 (作品社, 1997年)

参考文献

[編集]
  • 『新婦人』1965年3月号 (文化実業社、1965年) <澁澤龍彦の連載記事「女の王国」を掲載、この記事は、後に澁澤の著作『幻想の画廊から』に収載>
  • 別冊『太陽』1970年2月号<特集・世界の人形> (平凡社、1970年)
  • 『四谷シモン-人形愛』展図録 (「四谷シモン展」実行委員会、2000年) <2000年~01年に行われた回顧展の図録>
  • 『htwi(ヒッティ)』NO.8 (メディアプロダクション、2001年)
  • 『Poupées』(Gallimard, Halle Saint Pierre、2004年) <2004年にパリで開催された人形展の図録>
  • 『球体関節人形展』図録 (日本テレビ放送網発行、2004年) <2004年に行われた『球体関節人形展』の図録>
  • 『Una stupita fatticita』 (Massimo Canevacci著、Costa & Nolan、2007年)
  • 『知るを楽しむ 私のこだわり人物伝』テクスト10月11月号「澁澤龍彦、白洲正子特集」88-105頁 (日本放送出版協会、2007年)
  • 季刊『プリンツ21』2008年夏号 (プリンツ21、2008年)
  • 『快男児麿赤児がゆく 憂き世戯れて候ふ』 (朝日新聞出版、2011年) <状況劇場で四谷シモンと共演した麿赤児の自伝>
  • 『SIMONDOLL 四谷シモン』 (求龍堂、2014年) <2014年に行われた回顧展の図録>
  • 『Pavilionesque』創刊号30-35頁 (Centre for the Documentation of the Art of Tadeus Kantor Cricoteka、2015年) <Bruno Fernandesの記事「Yotsuya Simon the Metabolic Magician」を掲載>
  • 『Performing for Camera』 (Simon Baker & Fiontan Moran編集、Tate Publishing、2016年) <2016年にテート・モダンで開催された写真展の図録>
  • 『人形の文化史 ヨーロッパの諸相から』 (香川檀編、水声社、2016年) <香川檀の論考「予兆のなかのベルメール人形」及び香川と四谷シモンの対談を収載>
  • 『四谷シモン ベルメールへの旅』 (菅原多喜夫著、愛育出版、2017年) <2010年にポーランドで開催された展覧会と展覧会準備のための旅行の記録>
  • 『一角獣の変身 青木画廊クロニクル』 (風濤社、2017年)

写真集

[編集]
  • 『シモン私風景』<細江英公撮影> (Akio Nagasawa Publishing、2012年)
  • 『Simon, The Actor』<沢渡朔撮影> (Akio Nagasawa Publishing、2016年)
  • 『SIMON, 1972』<加納典明撮影> (Akio Nagasawa Publishing、2016年)

テレビ

[編集]
  • 『土曜美の朝』「少女のかたち私のかたち」(1998年8月8日、NHK総合)[15]
  • 『美と出会う』~「聖なる顔を求めて」(2002年1月、NHK)
  • 知るを楽しむ 私のこだわり人物伝』 「澁澤龍彦 眼の宇宙」 第1回(2007年11月6日、NHK教育

テレビドラマ

[編集]
TBS向田邦子新春シリーズ 
  • 『女の人差し指』(1986年)
  • 『わが母の教えたまいし』(1989年)
  • 『華燭』(1992年
  • 『家族の肖像』(1993年)
  • 『いとこ同志』(1994年)
  • 『風を聴く日』(1995年)
  • 『響子』(1996年)
  • 『空の羊』(1997年)
  • 『終わりのない童話』(1998年)
  • 『小鳥のくる日』(1999年)
  • あ・うん』 (2000年)
  • 『風立ちぬ』(2001年)

映画

[編集]

脚注

[編集]
  1. 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.495
  2. 1 2 3 4 5 『人形作家』(中公文庫)
  3. 『新婦人』1965年3月号(文化実業社)
  4. 1 2 3 『人形作家』(中公文庫)
  5. 『快男児麿赤児がゆく 憂き世戯れて候ふ』86頁
  6. 別冊『太陽』1970年2月号46-50頁(平凡社)
  7. 『一角獣の変身』(風濤社)
  8. 『人形作家』(中公文庫)
  9. 『四谷シモン-人形愛』展図録 (「四谷シモン展」実行委員会)
  10. 『Poupées』(Gallimard, Halle Saint Pierre、2004年)
  11. 『球体関節人形展』図録 (日本テレビ放送網発行、2004年)
  12. 『四谷シモン ベルメールへの旅』(愛育出版)
  13. 『SIMONDOLL 四谷シモン』 (求龍堂、2014年)
  14. 『Performing for Camera』(Tate Publishing)
  15. 土曜美の朝 少女のかたち 私のかたち 人形作家 四谷シモン”. NHK (2026年2月24日). 2026年2月24日閲覧。

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]