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文馬養

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
文馬養
時代 奈良時代
生誕 不明
死没 不明
別名 馬甘
官位 従五位下、鋳銭長官
主君 元正天皇→聖武天皇→孝謙天皇→淳仁天皇
氏族 忌寸
父母 父:書根麻呂
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文 馬養(ふみ の うまかい)は、奈良時代の貴族・歌人。名は馬甘とも書く。カバネは忌寸。左衛士府督・書根麻呂の子。

経歴

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元正朝の霊亀2年(716年)父・根麻呂の壬申の乱での功労により、墾田を与えられた(この時の位階は正七位下)[1]。

天平9年(737年)に外従五位下次いで外従五位上に続けて昇叙される。のち聖武朝では主税頭・筑後守を務めた。

孝謙朝の天平勝宝9歳(757年)鋳銭長官に任ぜられ、翌天平宝字2年(758年)淳仁天皇の即位に伴って内位の従五位下に叙せられている。

和歌に通じ、「さを鹿の きたちなく野の 秋はぎは つゆ霜おひて 散りにしものを」と他1首を『万葉集』に残している。

官歴

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『続日本紀』による。

脚注

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  1. ↑ 『続日本紀』霊亀2年4月8日条

参考文献

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