未完成婚・セックスゼロで母になる!?#15 卵子凍結失敗談
私が未完成婚、夫といまだに膣挿入のある性行為が一度もできないままに、体外受精をすることにビビっている理由のひとつに「卵子凍結をしようとしたときの、ホルモン剤注射の副作用がめちゃくちゃきつかった」ことがある。
主に、子供を産みたいと思っている未婚の女性たちに声を大にして言いたいことがある。
「卵子凍結と受精卵凍結は、別物と心得よ!!」
「卵子凍結を考えるなら、少しでも若いうちにやっておけ!!」
「凍結した卵子を使うことを、人生設計にちゃんと組み込んで動く!!」
私の個人的な意見なので、最終的には自分で考えて自分で決断することが何より重要であるが!!
せっかく、こんなテーマでnoteを書いているので、「38歳で卵子凍結に失敗して思うこと」を書いてみようと思う。
私が卵子凍結を決断したきっかけは、自分の住んでいた地域でのお見合いが残念な結果になり「これは、婚活で苦戦するぞ…そうこうしてるうちに、子供が産めなくなる年齢になるかもしれない!それはまずい!今のうちに卵子凍結をしておこう!」と思ったことだった。
このとき、38歳。その年齢になる前、もっと若い30代前半〜半ばのときに卵子凍結のことは何度も頭をよぎった。でも、「まぁ、そのうち結婚できるっしょ!凍結にはお金かかるし!」とタカをくくっていた。
いつかどうにかなる!と、結婚に向けての努力も行動も足りなかったにも関わらず思っていた。「いつか子供がほしい」という、強い思いがあるのに、現実から逃避していた一面もあった。
現状を打破して理想を叶えることは、ものすごいエネルギーがいる。日常のまま、惰性で生きるほうがラクなのだ。
だが、ついにそれも「年齢」という壁のギリギリまで追い詰められた。残念ながら私は、締切ギリギリで本領を発揮するタイプである笑
結婚を意識していた人とのお見合いが流れた、その怒りや悲しみ、落ち込みのエネルギーを反動にして、子供を産むギリギリ年齢の壁を直視した。
「よし!!卵子凍結しよう!!」
数年前に調べてあった病院に電話をかけた。
卵子凍結をする事由は、大きく2つに分けられる。「医学的適応」と「社会的適応」である。
医学的適応とは、悪性腫瘍などの治療によって卵巣機能が低下する可能性がある場合に卵子を凍結保存すること。
社会的適応とは、健康な女性が加齢による生殖能力の低下に備えて卵子を凍結保存すること。仕事を優先したい状況にある、介護などで今すぐの妊娠/出産が難しい、パートナーがいても今すぐ結婚することを考えていないなどの理由が該当する。
私の場合は後者、社会的適応に該当する。
地方に住んでいる人は気を付けたほうがいい。社会的適応を理由に、卵子凍結をしてくれる病院は、地方にはとても少ない。
都会は、いくつもあるみたいだ。だから、きっと病院も選べるだろう。
でも、地方にはとても少ない。なんなら、自分の住んでる県にはなく、隣の県まで行くしかないことだってあり得る。
受精卵凍結をしてる病院は、地方でも複数ある。でも、卵子凍結ができる病院はそこからさらに減り、社会的適応が事由になるとまたさらに減り、最終的には1つとか2つになる。
遠いところまで通う時間と高いお金を捻出することは急にはできないので、早めに調べて計画を立てる必要がある。私が卵子凍結を考える女性たちに、少しでも若いうちに動いてほしい、と思う理由のひとつである。
幸いにも、私の住んでいた県には、車で片道約40分くらいのところに社会的適応の卵子凍結に応じてくれる大きめの婦人科が1軒だけあった。
比較検討なんて、できやしない。車で40分のところにあっただけで、ありがとう!である。
それから、もうひとつ気をつけなければならないのは、社会的適応による卵子凍結は39歳まで、凍結卵子の利用も43〜44歳までという年齢制限を設けている病院が多いことである。
私が行った病院では、卵子凍結できるのは39歳までだった。私が卵子凍結を決断したのは38歳になった直後、ギリギリセーフであった。
初めて行く病院というのは緊張する。今回の受診は未知のことがたくさん!私の周りには未婚のまま 卵子凍結をした人は、1人もいなかった。
そして、婦人科はとても混む。朝8:30の受付に間に合うように、通勤ラッシュも考えて、家を出るのは7:30より前……早起きは苦手だが、行くしかない。
長い待ち時間、渡された何冊かのパンフレットを読む。「えらいこっちゃ…こりゃ想像以上に大変だわ…」率直にそう思った。卵子凍結への不安と婚活への焦りが渦巻いた。
診察では尿検査や血液検査、内診などをして医師から卵子凍結の説明を聞いた。このとき、私には子宮内膜症があり、残存卵子の目安となるAMH値が平均より低かったため
「子供が欲しいなら卵子凍結はした方がいいでしょう。AMHが低めだから、不妊治療を諦めるタイミングは、人よりも早くなるかもという覚悟をしておいてください。」と言われた。
ホルモン剤を自己注射していくこと、数日おきに病院に通わないといけないこと、費用はすべて自費で全部で50万ほど、それだけやっても卵子がいくつ採れるのかもわからず、解凍後の卵子をすべて使えるとも限らないこと…
そして、待ち時間に資料を読んで気づいたこと…
38歳で凍結した卵子を解凍後、受精させても、その後に順調に育つ確率がとても低いことを医者から説明された。
おまけに、いくら卵子を凍結して受精卵になったとしても、その受精卵を育てる子宮は確実に今よりも老化している。自分の子宮を使う限り…
結局、卵子凍結をしても年齢という壁からは逃れることはできない…
卵子凍結は、あくまでも「保険」だ。
もし、卵子凍結をするならば、解凍&受精&その後の成長がうまくいく確率が高い、20代〜30代前半にする方が「保険」としての効力をより発揮する。
30代後半の卵子凍結は「保険」にするには、あまりにも頼りない…それが現実だった。
医療がさらに発達すれば、また話は変わってくると思うが…
凍結卵子を解凍して受精させ、今よりも年齢の上がった40代の子宮に戻して、うまく成長して流産せずに無事に子供として産まれる、その数パーセントしかない、あまりにも低い成功確率に50万をかけること
それが38歳の卵子凍結だった。
卵子凍結の初めての受診のあと、看護師さんからホルモン注射の詳しいスケジュールを聞き、体外受精の説明会の予約をとった。
ひととおり終わり、車の中に戻って一息ついた後…ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
「もう、子供は産めないかもしれない…」
「こんなに、子供が欲しいと思っている人間だったのに…なぜ、もっと早く動き出さなかったのか」
「この年齢ギリギリになるまで、仕事を優先してしまった…絶対子供が欲しいと思っている人間なら、仕事よりも結婚や妊娠・出産を優先して行動すべきだったのに」
「人生の選択を間違った……なんてバカなんだろう…」
「あのとき、あの人と結婚してればよかったんだろうか…」
考えても無意味な過去のことまで持ち出して、後悔の波に襲われた。
そのときそのときの人生の分かれ道、自分で精一杯考えて決断をして、ここまで生きてきた。誰のせいでもない。すべて、自分が選んできたことの結果だった。
このときばかりは、自分の人生の数々の選択を恨んだ。
ひとしきり、わんわん泣いたあと、
「もう、どうしようもない。とりあえず、ギリギリ卵子凍結が間に合う!これが終わったら、さっさと婚活しよう!!!」
どうにか気持ちを切り替えた。
この約1カ月後、今の夫とお見合いで出会うのだが…人生を大きく変えるのは、「追い詰められた本気」なのかもしれないと、改めて思う。
次回の予約は、体外受精の説明会であった。その病院では1人での参加は認められておらず、夫婦2人での受講、卵子凍結の場合は親子での受講が義務付けられていた。
私は、母に付き添いをお願いした。案の定、私以外の参加者は、全員夫婦での出席である。婚活がうまくいかず、いつ結婚できるかもわからないがゆえに卵子凍結しようとしている私……
結婚して子供を授かりたい夫婦2人組がたくさんいる中に、若くもない親子で参加するのは、けっこうしんどかった。
「いいなぁ……これから夫婦2人で挑んでいくのか…」羨みの感情も湧いてくる。私は1人で卵子凍結に臨む。不安、心細い、辛い……そのすべてを、1人で乗り越えなければならない。
それでも、子供が欲しいのか?
その問いには、間髪入れず「欲しい!!」と答えられる。だったらもう、つべこべ言わずにやるしかないのだ。
なるべく目立ちたくなくて、一番後ろの席を選び、うつむきながら「なるべく周りが見えなくなるように、早く暗くなれ…!」と、プロジェクターのために照明が消されるのをひたすら待った。
照明が消され、医師がプロジェクターを使いながら早口で説明を始める。今回私に関係があるのは採卵までであるが、その後の受精や移植、保険のことも知っておこうと思い、真剣に耳を傾けた。
横に座っていた母は、照明が消されるとほぼ同時に睡魔に襲われていたが笑
横で爆睡する母を笑いつつ、心の中で「こんな説明会に付き合わせてごめん…」と密かに謝った。もっと若いときにスムーズに結婚と妊娠ができていたならば、こんな説明会に付き合わせることもなかったのに…
凍結までの流れは説明書を熟読していたし、ネットでも調べまくっていたので、すでに覚悟はできていたが、解凍後のことまで詳しく調べる余裕はなかったので、説明会ではその後まで聞くことができて助かった。改めて「これが終わったら、すぐさま婚活だ!凍結した卵子を絶対に無駄にしないぞ!」と身を引き締めた。
説明会のあとは、近くのおしゃれカフェでランチをして気分転換をした。こういうことでもしないと、やってられない。
卵子凍結をすると決意して、スケジュールまで決めたところで、自分が住んでる県とは違う、県外のお見合いが4件決まった。
たとえ、県外の人と結婚したとしても、凍結卵子を使うために里帰りしながら不妊治療を成功させた夫婦の話も病院から聞いていた。最終的には、卵子さえあれば、どうにかできる。
すべての腹を括った。
そうして臨んだ4件のお見合いのうちのひとつが、今の夫だった。「話してて楽しいな〜趣味も合うしな〜」と思ったが、まさかこの人と結婚するとは1回目ではあんまりイメージできなかった笑
ただ、「次、またこちらに来るときは連絡ください。また会いましょう。」と別れ際に言われたときに、「あ……次があるのか、よかった。社交辞令じゃないっぽいな。」とうれしい気持ちになったことを覚えている。
次に会うのは、採卵後だな…と、スケジュールを見ながら帰りの飛行機に乗り込んだ。
いよいよ、である。
先の見えない未来ではあるが、その未来が大きく変わるような予感があった。
ここから先は、通常の不妊治療の採卵までと同じであるが、やっぱり大きく違うのは「夫婦2人ではなく1人で挑む」ことである。
両方経験しているから言えることであるが、正直言って心持ちは全然違う。
夫婦2人で臨む体外受精には採卵の先があり、体外受精した受精卵がうまく着床するか否か、流産するか否か、その結果に一喜一憂するゴールの見えない治療が続く。これも辛い。
その治療の辛さを2人で共有できる場合もある一方、女性側にのしかかる心身の辛さを夫側が理解できず、苛立ちや孤独、絶望を感じることも多いと聞く。
1人で挑む卵子凍結には、これとは違う辛さが伴う。パートナーは決まっているが妊娠するのはもっとあとにしたいというパターンを除けば、「結婚できるかどうかもわからない不安」「相手もいない孤独感」を抱えながら、大金をかけて臨むのである。自分がまだ1人身である、という孤独があらわになる……
私のように、パートナーが未定のままに卵子凍結に臨む女性たちには、どうか気分転換をしながら、ギリギリでもいいから心を保って乗り越えてもらいたいと思う。
そしてむちゃくちゃに味わった孤独感をバネに、なにくそ!こんちくしょー!の気持ちで、絶対にパートナーを見つけて、凍結した卵子を使う未来を掴み取ってもらいたいと思う。
県外でのお見合いが終わったあとにきた生理から3日以内に、ホルモン剤の自己注射が始まった。
このときのホルモン剤は、飲む錠剤はヒスロン、注射は最初はフォリルモンPを225単位、その後がHMGフジを225単位だった。
すべてが自己負担なので少しでも安く抑えるため、ただお腹に注射すればいいペンタイプではなく、薬剤の入ったアンプルを自分で折り、注射針で薬剤を混ぜ合わせて打つ、注射針タイプを選んだ。
私の場合は、この選択が裏目に出たかもしれない。ともかく、副作用が辛かった。
注射初日は病院で、手順を覚える目的もあり、看護師さんに見守れながら、半泣きで自己注射をした。
これからはじまる10日間あまりの自己注射に備え、自分を奮い立たせるために、病院後に1人で回転寿司をかっ食らったのだが…笑
これがマズかった……
食べた後、みるみるうちに胃が痛くなり、車が運転できなくなり、コンビニの駐車場に車を停めて寝っ転がり、胃痛が過ぎ去るのを待った。決して、寿司を食べすぎたせいではない笑
ホルモン剤の副作用……
私は、初日からずっと胃痛と吐き気に苦しめられた。病院に電話して確認してから、ドラッグストアで症状を相談して胃薬を買った。毎食時の胃薬が必須となった。胃薬があれば胃痛と吐き気は抑えられたものの、完全になくなったときは1日もなかった。
薬剤の入ったガラスのアンプルを折る(まず、この時点でガラスを割りそうで怖い)
薬剤を混ぜ合わせる(間違えないか、毎回心配)
いかにも注射な見た目の注射器を、自分のお腹に刺す(怖い!ちょっと痛いし、ってかちゃんできてるのか?)
毎回半泣きになりながら、毎日ほぼ同時刻を意識して、ドタバタしながら注射を打ち続けた。
それに加えて、ほぼ3日ごとに片道40分運転しての通院、毎回採血して内診して、血中のホルモン値と卵胞の育ち具合を確認する。
卵胞の育ち具合で、ホルモン剤の種類や量を変えていくからだ。人によって、ホルモン剤の効き具合も、卵胞の育ち方も全然違う。
自己注射の恐怖、副作用の胃痛と吐き気、2〜3日おきの通院、どうしても動かせない仕事、婚活してる男性たちとのやり取り……
それらをこなしながらホルモン剤注射を続けた4日目、私の身体に異変が起こった。
病院でおしりに打ってもらったホルモン剤注射の跡が、夜になって腫れ上がった。椅子に座ることもできない。痛さに耐えながら横になり、翌朝、自分のお腹に自己注射をした。
今度は、お腹が腫れ上がり、少し触れるだけで痛んだ。仕事をキャンセルし、痛い、痛いと言いながら寝るしかなかった。注射痕が紫色に腫れ上がり、どこに触れても痛くなってきたところで、発熱と咳が出始めた。
この症状は、どう考えても風邪……
病院に症状を伝えると、その症状でホルモン剤注射を続けるのは身体への負担が大きすぎるとのことで、計画の半分まできていたが採卵が中止となった。
今までかけてきたお金、時間、ホルモン剤で育てて来た卵胞、すべてが無駄になった瞬間だった。
あ〜〜〜やっちまった………こんなに気合い入れて挑んだのに……なんてバカなんだろう……
しかし、もうどーしようもない。ともかくキツイ。ホルモン剤注射を継続できるわけがないことは、目に見えていた。
風邪による高熱と咳、ホルモン剤副作用による胃痛、注射により紫色に腫れ上がったおしりとお腹の痛みに、数日間苦しんだ。
ホルモン剤注射を止め、熱が下がっても、おしりとお腹の注射痕の腫れと痛みがひかず、痛みを堪えながら自分で運転して病院に向かった。
紫色に腫れ上がったお腹を見て、看護師さんがギョッとした顔をされた。お電話では伝えていたが、どうやら想定よりもひどかったんだろう。
「これは辛かったね〜痛かったね〜」と慰めてくれた。
腫れの原因は、おそらく風邪の細菌の可能性が高いとのことで、痛み止めと強めの抗生剤を処方してもらった。落ち着いてまた卵子凍結に再チャレンジするときは連絡ください、と次回の話をして病院をあとにした。
こうして、私の卵子凍結は失敗に終わった。ただただ、辛くて痛くてしんどかった。こんな風に書けば、卵子凍結をしようと思っていた女性たちが怯んでしまうかもしれないが…
本当に人によって、反応はまったく違う!!
私は、このときのホルモン剤が身体に合わず、おまけに風邪までひいてしまったので、反応が激しく出てしまったんだろう。
実際、今また、体外受精のためにホルモン剤注射を自己注射し続けたが、このときとは違う種類のホルモン剤を選んだこともあるだろう、以前よりははるかにマシだった。
だから、誰しも必ずひどい副作用に苦しめられるわけではない。
そして、当たり前だが、採卵までは絶対に風邪をひいたらいけない!!!卵子凍結だろうが、体外受精だろうが、体調管理が何より大事だ!!
私の卵子凍結は失敗したが、県外に住む今の夫と結婚が決まったことで、卵子凍結の再チャレンジはしなかった。
今また、このときとはまったく違う理由で採卵に臨むことになろうとは……
人生何があるかわからないが、この卵子凍結失敗の経験は、体外受精を始める今に確実に生きている。無駄ではなかった。25万くらいはドブに捨てたけど…笑
「現代の医療は進んできてるから、40過ぎても大丈夫!」
「卵子凍結しておけば安心だから!」
こんなセリフを、私は同じ女性である人たちから何度も言われたことがある。でも…これらのセリフを言う女性たちは、大抵20代で自然妊娠により出産している。彼女たちは、「経験者」ではない。
私を勇気づける言葉として、言ってくれていることもわかっている。ありがとう。
でも、38歳で卵子凍結に失敗し、39歳で未完成婚のまま不妊治療に臨む私は、これらの慰めのセリフは決して言わない。
20代、30代、40代……
そのときどきで、仕事、恋愛、健康、色んなことが起こる。それによって、「子供を産みたいバロメーター」も変化する。
子供を産みたいか、産みたくないか、感情はスパッと2つの結論のどちらかに決められるものでもない。
「今、自分が子供を産みたいバロメーターは何%くらいだろう?そして、それが1年後にはどれくらいになっているだろう?」
仕事が忙しいからこそ、パートナーとの先が見えないからこそ、パートナーがいないからこそ、この質問を定期的に自分に投げかけ、自分の子供を産みたい欲求を直視してもらいたいと思う。
子供を産みたいバロメーターが50%を前後し始めたのなら、計画を立てる、調べる、何でもいい、何かしらの行動を始めることを全力でオススメする。
それは、とってもしんどい作業だ……
わかる……すごくわかるよ……
でも、だからこそ、頑張ってしてもらいたいと、私は思う。子供を産める年齢には限りがある。どうあがいても、過ぎ去った時間は取り返せない。
一人でも多くの女性が後悔のないように生きてもらいたいと思い、そしてこれから始める体外受精への自らの決意表明も含めて、自己満足をたくさん書きました。
ここまで長文を読んでくれて、ありがとうございます!
前を向いてりゃ、きっとどーにかなる!!はず!!
