未完成婚・セックスゼロで母になる!?#20 逃げていくセックス、突然の別れ
夫と暮らして9ヶ月、膣性交ゼロの未完成婚
精子無力症と、好きという感情と性欲が結びつかないロマンティック・アセクシュアル気味な夫と、当時39歳の私の妊活夫婦
タイミング療法にチャレンジすることはないと思っていたが、その日が1週間後に決まった。
↓前回からの続き
ついにやっと!夫と膣性交ありのセックスができるかもしれない!!
病院をあとにした私は、るんるん気分だった。私は、セックスするのが好きな肉食女子だ。夫と結婚してから約9ヶ月、お預けを食らっている。
お預け期間中、女風に行くことも考えたが、ギリギリ踏みとどまっていた。飢えている。セックスに飢えたメスライオンだ。
しかし、家に帰り着く頃にはその熱も冷めていた。
タイミング療法は、男性側に確実に負担をかける。絶対にその日にセックスをしなければならない。勃たせて中に入れ、射精しなければならない。それができなきゃ、子供はできない。卵子をひとつ、無駄にする。
ダイミングがうまくいくかどうかは、100%男性にかかっている。すべての責任が男性にのしかかる。普通にセックスできていた夫婦ですら、そのプレッシャーでできなくなる。当然だ。
私たちは、まだ一度も挿入できたことがない。ED薬があったとて、プレッシャーが勝れば、薬が効かない可能性も十分ある。
きっと、夫は不安なはずだ…
でも、こんなとき、私の夫は絶対に不安な顔はしない。弱音は見せない。一緒に暮らして8ヶ月、それがよくわかっていた。
どうしたら、夫の気持ちを少しでもラクにさせてあげられるだろうか…
私は、1晩悩んでから決意した。夫に、シリンジ法があることを伝えよう。
シリンジ法は、採精カップに入れた精子を、針のない注射器のようなシリンジで取り、そのシリンジで精子を女性器の中へ注入する。
要は、自宅でやる人工授精だ。専用のシリンジは、ネットで買える。
子供が欲しいのに、セックスすることがなさそうな自分たちの状況に悩んでいたとき、ネットで検索しまくって知った情報だった。もう、半年以上前のことになるが、シリンジ法を提案できる状況ですらなかったので、夫には伝えていなかった。
シリンジ法を提案しよう。でも、「あなたができなそうだから」と捉えられるような伝え方はダメだ。せっかくやる気になっている、夫のプライドを潰すことは絶対に避けたい。
なんて書こうか………文章に悩んだ。
「妊活で、ちょっと考えることがあります。タイミング療法の補足として、シリンジ法はどうかな〜って思ってて…タイミングは、どうしても男性側にプレッシャーがかかるので、それを少しでも緩和できたら、と思った。
タイミングが無理だと思って提案してるわけではないです!二番手の補足の方法があることで、気がラクになればいいな〜と思ったの。
本当は、メッセージじゃなくてちゃんと話したかったんだけど、そんな余裕はなさそうだからメッセージにしたよ。年末年始で注文が間に合わなくなるのもまずいから、相談するなら早いほうがいいと判断しました。
ちょっと考えてみてくれるとうれしいです。」
わかりやすいシリンジ法のリンクと共に送った。この文章でよかったろうか………不安になりながら、夫からの返信を待った。
深夜に夫から返信が来た。
「よくわからないから、一番レビューが高かったものを注文しました。」
この時間のない中で、数社リサーチして考えたようだ。完全理系の夫らしい。
ED薬も、3種類1個ずつ処方してもらった、と聞いた。シリンジも、間に合うだろう。
あとは、その日まで仲良く過ごせばいい。初めて2人で過ごすお正月でもある。おせち料理のレシピをいくつもブックマークした。
年末年始は、夫の実家に行く予定だ。2回目のタイミングの翌日の1月3日に移動し、初めて義兄家族と会って寿司パーティーだ。
結婚式も延期し、大変失礼なことながら、私はまだ義兄家族に会ったことがなかった。ひとりっ子で両親が離婚している私は、たくさんの家族と一緒にお正月を過ごすのは久しぶりだ。
年末年始は、クリスマスから始まって街中にワクワクした空気が漂う。あの1年に1回しかない、独特の高揚したお祭り感が、私は好きだ。
人出の多いスーパーを巡る。私はまったく知らない周囲の人たちとお祭り気分を共有している、この一体感がなかなか好きなのだ。これから訪れる、楽しい予定で頭をいっぱいにさせて、食材の買い物を楽しんだ。
準備は万端だ。
12月31日、その日は朝からバタバタしていた。やるべきことを終わらせて、さて、年越しそばの出汁でもとりつつ、栗きんとんの仕込みを始めようかな、とスマホに手を伸ばしたとき、母からの何件もの着信とLINEに気が付いた。
「どうしよう……!!!愛犬が死ぬかもしれない…!!」
なんだって!?
私は急いで電話をかけた。母が電話に出た。
愛犬が急に苦しみ出した。苦しそうに、のたうち回っている。いつもの動物病院に電話をしても、休みに入ったのか誰も出ない。家の近くの動物病院もあいてない。どうしよう……!!
12月31日の11:00………最悪だ。
「わかった、病院を調べるから!またすぐ連絡する!」
電話をきって、すぐに検索をかける。
「◯◯県 休日 動物病院」
動物病院の医師会のHPがトップにあがる。すぐにタップし、この年末年始にあいている動物病院のリストにたどり着いた。
先代犬が年末年始に体調を崩したときに、年末年始でも持ち回りで動物病院が診療していることを知った。絶対に、どこかは診療している。知っていてよかった…!!
12月31日の午前と午後を担当している、2つの病院のリンクと電話番号を母にLINEして、「すぐに電話するように」と電話をした。
母からの返事を待ちつつ、すぐさま航空券を検索した。今、暮らしてる場所から実家までは遠い。飛行機でしか行くことができない。
あぁ………今すぐに、そばに行くことができない……
苦しむ愛犬と、おろおろする母の姿……想像したくもない光景……
12月31日の最終便、奇跡的に2席空いていた。金額は、今まで見たことのない数字だった。
待ちきれずに、母に電話をした。
母は、私が電話に出ないあいだに、ペットを飼っている何人かの知人におろおろと電話をかけていた。そのうちの1人が、一大事を察し、母の元に駆けつけてくれていた。
その知人の紹介で、動物病院に駆け込むことができた。数少ない、酸素室を備えた動物病院。休日診療担当の動物病院には、酸素室はなかった。その知人がいなければ、酸素室のある動物病院にたどり着けることはなかったろう。
知人の優しさと幸運に感謝した。
愛犬は、ギリギリで一命を取り留めた。だが、今夜が山場なことに変わりはなかった。
肥大型心筋症による肺血栓………
先代も血栓症を発症し、大腿の大動脈に血栓がとんだ。そのときも、幸運にもすぐに動物病院へ駆け込むことができ、血栓を溶かす注射をした。
「今夜が山場です。いつ何が起こってもおかしくない、覚悟をしてください。」あのときの記憶が蘇る……
先代は、奇跡的に山場を乗り越え、再発の可能性が高く生存率の低いその病を抱えながら、18歳まで生きた。大往生だった。
今回も、同じようになる奇跡を心から願った。でも………血栓の詰まった場所がもっと悪い。肺だ………
愛犬は、まだ5歳だ……若すぎる。なんの予兆もなかった、元気いっぱいの子なのに………なんで、この子が……
先代が起こした奇跡にすがりつつも、病の現実の厳しさがじわじわと迫ってきた。青天の霹靂だ。覚悟なんかしたくもない。でも……あの病の恐ろしさは知っている。
私にとって、ペットはペットではなく、家族だ。結婚を機に離れて暮らすことにはなったが、あの子は私の大事な愛する家族なのだ。
玄関のドアが開く音がした。庭のぼうぼうになった草木を剪定していた夫が、家に入ってきた。私はすぐさま、夫に事の顛末を話した。
「実家に帰る?私のことは大丈夫だよ。大事な家族でしょう?」
夫は、すぐさまそう言った。2回のタイミングもなくなる、今週期の妊活は中止、結婚してはじめての正月の義実家訪問も、義兄家族との食事会にも参加できなくなる。
夫の家は、一度もペットを飼ったことのない家だ。私が猫やら犬やらを溺愛しまくる様子に、夫も義母もひいていたが、実家へ帰ることを勧めてくれた。
夫のこういう優しさが、私は好きだ。
残席2席となっていたうちの1席、最終便の航空券を予約した。バタバタと特急スピードで支度をする。おせち料理のために準備していた食材を、冷凍庫に突っ込んだ。
あっという間に、家を出る時間がやってきた。
「じゃあ、行ってくるね。」
どちらかともなく、抱き締め合った。我慢していた涙がこぼれてくる。
「はじめての年越しとお正月、1人にさせてごめんね。お義母さんにも、お義兄さんたちにも申し訳ないです。タイミングも……せっかくの機会だったのにごめんなさい。」
「大丈夫だから、気にしないで」
「ありがとう……」
そして、言おうか迷っていた言葉を口にした。
「タイミングが流れて、来月から体外受精のためのホルモン注射が始まる……子供を作る、という目的がなくなっても、いつか私を抱いてくれる?」
勇気を出して、絞り出した言葉だった。夫は驚いた口調で言った。
「そんなこと気にしていたの?大丈夫、大丈夫だから…。心配しないでいいから。私とは、まだこれからたくさん時間があるから。今は、愛犬との時間を優先して。」
心配しないでいい………夫がそう言った……
「ありがとう………」
まだまだ出てきそうな涙を拭って、夫の身体から離れた。
私は、玄関の扉を開けて家を出た。家の外まで出てきて、夫が手を振る。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
何度も振り返り、手を振りながら駅までの道を歩いて行く。夫の姿が、見えなくなった。
前を向いた途端、またぼろぼろと涙があふれ出た。
楽しみにしていた。やっと、夫と繋がれるかもしれないと……願いがやっと叶うと思っていた。私は、ずいぶんとセックスの神様に嫌われているようだ。そんなんいるのか、知らんけど。ばっかやろーー!!
膣性交ありのセックスをする、貴重なチャンスを失った。
夫は心配しないで、と言ったけど、もうセックスをする機会がないかもしれない、という私の不安は消えなかった。
そして、愛犬が苦しむ様子が、想像したくもないのに頭の中に浮かんでくる。会わないままに終わる恐怖に、潰されそうになる……間に合ってくれ、どうか………
電車の中でも止められない涙を拭いながら、義理の
母へ謝罪と感謝のメッセージを送った。私と私の母を気遣う優しい返信に、心から感謝した。
愛犬は、とてもよく頑張ってくれた。山場と言われた大晦日を乗り越えて、新年の1月1日に再会を果たすことができた。いつも元気いっぱいに走り回っていた子が、ぐったりと横たわる姿は見ていられなかった。
緊迫した状態がその後も数日続いたが、退院の目処がつくくらいに回復していった。動物病院の先生も驚く、すごい奇跡だった。
退院予定の2日前に、私はどうしても夫と暮らす自宅へ帰らなければならなかった。柔らかくてスベスベの毛、温かい身体、あの子の匂い、特徴的な顔……柔らかい毛に顔を埋めながら、これが最後かもしれない、と心の中で覚悟した。
退院後の生活は、私の母やかわいがってくれている周囲の皆様へ贈られた、奇跡のプレゼントかもしれない……再発の可能性がとても高い、予後の悪い病……
私の予感は、残念ながら当たった。病が発症してから、奇跡的に約1ヶ月生き延びたあの子は、肺血栓を再発し2月1日に亡くなった。5歳10ヶ月くらいか…。早すぎる………。
私が初めて採卵する、2日前のことだった。LINEのビデオ通話で、私はオンラインで看取った。
待ち望んでいたセックスも、義実家での会食もキャンセルして会いに行った、それが結局、今生の別れとなった。夫と義母に、心から感謝している。
このnoteの内容は2024年の年末と2025年の年始だが、文章を書いているこの今は5月12日、愛犬が亡くなった2日後に採卵・受精させた凍結胚を、先ほど子宮へ移植した。
私と夫は、運動があまり得意ではない。
亡くなった愛犬は、わんぱくで走るのがともかく大好きだった。
もし、子供が無事に産まれたなら、その子が私と夫に似ず、走るのが大好きだったなら、亡くなった愛犬の魂がちょっぴり入っているんだと思うことにしている。
信仰心もない、霊感もない、生まれ変わりを信じているわけでもない、動物が人間に生まれ変われるのかも知らない。
それでも、馬鹿馬鹿しいかもしれないけれど、勝手にそう思っている。
