武尊という“リーダー”
アルバム『Redemption』(2018年)リリース後のインタビューで、ラッパーのジェイ・ロック(Jay Rock)は「俺はコミュニティ・リーダーじゃなくてモチベーターでいたい」と語った。意識的に人を率いたり導いたりするのではなく、背中を見せて人々に良い影響を与えたい、ということだろうか。彼の活動を見ているとどことなくそういうスタンスが感じ取れるし、それは、コミュニティへの還元に常に意識的で、地元にコワーキング・スペースやハンバーガー・ショップを開いた、同世代の故ニプシー・ハッスルあたりと比較するとよりわかりやすい。
Vedic Personalityというものがあるらしい(以下、聞きかじりの知識なので、間違ったことを言っていたら指摘してほしい)。人の天分を4つに分類したもので、ざっくりいえば、価値観を重んじ知恵や知識をシェアするGuide、人々をインスパイアしポジティブな変化を生み出すよう促すLeader、優れたアイディア力で変革を起こすCreator、与えられた条件下で最大限の成果を出すMakerというのがその4分類だ。もちろん人間は複雑なので、どれか1つの性質しか持たないということはあまり考えられないが、優位なタイプというのが誰にでもあろう。作品やインタビューだけから判断するのは無理があるのは承知のうえで言うならば、ロックはMaker、ニプシーはLeaderっぽい感じがする。なお、言うまでもないが、4タイプの中でどれかが別のどれかに比して優れているなどということはない。
自己満足の世界なんだよね。格闘技やってない人からしたらさ、チャンピオンだから何なの?って感じじゃない、別にね。でもいいんじゃない? 自己満足で、俺が満足すれば。人のために頑張ったわけじゃないからね。自分のために頑張ったし。
私は魔裟斗のこの言葉が好きだ。とかく他者に対して価値を提供することが求められる世の中で、魔裟斗は自己満足のために戦っていたのかと思うと、どこか安心する(もちろん、常人には想像できない質・量の努力があり、結果として他者に大きな価値を提供していたというのは前提のうえで)。反逆のカリスマはリーダーというより、最高のモチベーターだった。Vedic personalityでいえば? なんとなくMakerっぽいがどうだろう。
那須川天心のVedic personalityはよくわからない。ただ、ある程度の自信を持って言えるのは、彼もまた、リーダーというよりモチベーターだということだ。試合後恒例の「俺も頑張るからみんなも頑張れ」というメッセージなど、人を導こうとする意思が感じられる場面はたしかにあるが、社会に変革をもたらすことを一番の関心事とするタイプでは、おそらくない。彼がしばしば発する「自分の人生に集中しよう」という言葉に、その姿勢が端的に表れているように思う。
格闘家は基本的に全員このスタンスでいいとも思っているし、実際に少なくない格闘家がそうなのではないかと思う。そして、だからこそ武尊は稀有な存在だとも強く感じる。
現K-1の姿勢に苦言を呈したインタビューが波紋を呼ぶと、武尊は真意を伝える長文をXにポストし、最後の一文には「他の選手に対する誹謗中傷もやめてください」と添えた。この時点で試合の8日前である。他の格闘家なら自身の心身のコンディションを優先して沈黙したり静観したりするような場面で、武尊はいつも、自身の見解を述べ、動いてきた。自身のファイトマネーのみならず格闘技界全体の処遇改善を求め、ソーシャル・メディアのあり方についても持論を述べた。いかに天心戦を実現させたいか・実現させるべきかを説き続け、THE MATCHを実現させた。天心ではないが、最後まで本当に武尊らしいなと思った。
記事の一部分切り取られても
— 武尊 takeru (@takerusegawa) April 21, 2026
真意って伝わらないよね。
格闘技って色んなスポーツの中でも怪我も多いし
一番良いコンディションで試合が出来る時期も短い。
だからこそ選手達は自分が一番強い時に
戦いたい選手と戦って欲しいし
納得いく現役生活を終えて欲しい。…
ただ、試合当日の彼がこのポスト以上の“武尊らしさ”を発揮することになろうとは、この時点の私には予想できていなかった。いつ誰に負けてもおかしくない、あのファイトスタイルで35連勝を記録した時と同じ、神がかり的な強さ。いや、ハンドスピードだったり思い切りの良さだったり、そういったところも含めた実力が秀でているからこそ勝ってきたし、今回もロッタン相手に勝利を収めたのだと、頭では理解するけれども、彼の場合、それだけじゃない何かがあると思わされるから不思議だ。そして、そのように勝利の女神に愛された反面、前述の天心戦の実現に7年の歳月を要するなど、不遇を経験してきたのも周知の事実。今回もリング上からの挨拶の途中で、会場の音響設備が使えなくなる時刻である22時を回るという不運に見舞われたが、リング上から地声で最後の挨拶をした。まだ人がかなり残る有明アリーナは静まり返り、武尊の言葉に耳を傾けた。そして、彼が語ったのは、自身でなく、格闘技界の今後のことだった。やはり最後まで武尊だった。
📹引退試合で暫定王座を獲得した武尊は、ベルトを「みんなへ」捧げ、グローブとともにリングに置く
— U-NEXT 格闘技 公式 (@UNEXT_fight) April 29, 2026
📡 #ONESAMURAI1 #ONEサムライ1 独占ライブ配信|見逃し配信中
会員は追加料金なしで視聴可@ONECHAMPJPhttps://t.co/K90vpZD4ZS pic.twitter.com/3s6PQY2Hwu
グローブと一緒に獲得したばかりのベルトをリングに置くなんて、他の選手がやったらパフォーマティブだと感じてしまうだろう。でも、武尊がそうするのを見ると、彼の本心からの行動なのだろうと感じ、本当に彼らしいと思う。そんな格闘家がこれまでどれだけいただろうか? そして、はたしてこれから出てくるだろうか?
武尊の引退をもって、格闘技界は一つの時代を終えた。しかし、より重要なのは、格闘技界がまた新しい時代を迎えたということだ。そして、格闘技界を新たな時代に導いたのは、他ならぬ“リーダー”武尊だった。
※文中敬称略
