恋愛掌編 『Baby blue eyesは雨で見えない』
降り出した雨から逃げるように、バスシェルターへ駆け込む。
その屋根の下では、女の子が、涙をいっぱいに溜めた目で、両親に何かを訴えていた。長靴を履いたその子は、どうやら傘をなくしたらしい。
「貸してあげたの」
真剣な顔で、何度も同じことを繰り返す。
「青い目の赤ちゃんに貸してあげたの」
「ほんとにいたんだって!」
母親は呆れたように息をつき、父親は笑顔で、ただその様子を見ている。
ここは、もともと秋のコスモスで有名な公園だ。でもここ数年、春のネモフィラのほうが人気らしい。僕たちも、その流行りに乗ってやってきた。
彼女が小声で聞いてくる。
「ねぇ、女の子の話、本当だと思う?」
「本当だと思うよ」
「どうして、そう思うの?」
「女の子が、……そう言ってるから」
今日の待ち合わせに、だいぶ遅れてやって来た彼女は、公園に花を見に行くような服装ではない。昨夜の匂いをまだ少し纏っている彼女の鎖骨あたりに視線を落とし、僕は、彼女の質問に答えた。
定刻のバスが来て、女の子たちは乗り込んでいく。
「…君らしいね」
バスのドアの開閉音に紛れながら彼女が呟く。
「駐車場から車を取ってくる」と言うと、「じゃあ、私も一緒に行くよ」と彼女は言った。
「じゃ、もう少し、雨が弱くなってからにしようか」そう言うと、彼女はまた口を閉じたまま、小さく頷いた。
僕の横で誰かにスマホで返信する彼女。彼女の向こうには、ネモフィラの畑が広がっているはずだ。
けれど雨に霞んで、そこにあるはずのものは、ここからは見えなかった。
(了)
※下記、はらとけい様の企画に参加させて頂きました。
#せりふ三題噺
#長靴ネモフィラ骨
■セリフ
「ほんとにいたんだって!」
■三題
・長靴・ネモフィラ・骨
