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虎猫からの手紙【99】砂の上の城閣──虎猫のヤクザ時代

虎猫は、ヤクザ時代の3年半について、これまであまり語ってこなかったので、少し聞いてみました。


虎猫より

ヤクザ時代の生活が知りたいですか……?

あの3年半は、幸せかどうかは別として、一種の帰属感のようなものがあって、充実した日々とも言えるかな?

組織があって、仲間も沢山いて、彼女もいて、生活的にも経済的にも余裕があった。
しかし、これが砂の上の城閣であることは、内心ではずっと分かっていました。
案の定、3年半で崩れました。
どんなに成功しても、組織の上に上り詰めても、私は身分のない逃亡者であるという現実は変わらないのです。

ちょっとした職質を喰らっただけでアウトです。一回でも捕まって刑務所に入ったら、私の場合は本国での長い刑務所暮らしが待っている。
二度と日本の地を踏むことなく、永遠に再起不能。とてつもなく脆いことは分かっていたので、日々内心ビクビクしながらも、充実したヤクザ時代を過ごしていました。

正直、兄弟分から「警察が事務所にガサ入れをして、私を探している」と連絡を受けたとき、変な落ち着きのような感覚があった。
遂に崩れたなぁ〜という、ホッとした感じでした。

生活が充実すれば、守りたくなるものです。
失うことも怖くなるものですが、私の場合は、充実すればするほど、崩れるときも近づいてくる。そんなジレンマでした。

もし逃亡者ではなかったら、もし日本で正規にいられる身分であったら、どんなに良いだろうと、生活が良くなる度に思った。

私が身を置いていたのは、裏社会です。
暴力団というヤクザ組織なので、暴力や反社会的行為によって人様を泣かさずにはメシが食えない世界。私の正体は、絶対に警察のお世話になることができない逃亡者ですからね。

でも、これらを除いたら、充実した生活かもしれない。本家、本部や組長付き添いの当番や義理(他の組織の組行事の付き合いごと)以外は、毎日自由気ままに好き勝手に過ごしているからね。

組の中では、親分と兄弟分や舎弟たちという疑似家族の形ができているので、気持ち的には強いです。その家族の後ろには、当時数千人の仲間がいた。

ただ、ヤクザは足の引っ張り合いだから、常に気を張らないと引きずり降ろされるからね。

彼女とは仲良いし、その息子との無言の交流が楽しみだった。アイツが楽しいときや、嫌なとき、グズるときは、目の表情と喉を鳴らす声で分かるんだよね。

最後、結局、お母さんより私のほうがお気に入りになったみたいで、ママにヤキモチ焼かれたことがあったよ〜

彼は常に痰を吸引しないとダメなので、あれは簡単そうに見えるけど、結構難しいからね。
最初、私がやるのを凄く嫌がったけど、最後は私がやると、ググ〜と声を鳴らして喜ぶのです。

夜は飲みに歩くことはあまりしなかった。
ヤクザは毎晩飲み歩いているイメージはあるけど、私は組長の付き添いや、本当に必要なとき以外は家に居ました。酒が好きじゃないのと、リスクを減らすためでもあるかな。
割と真面目なヤクザでしたよ〜

毎日遊んで暮らしている訳ではないけど、充実というのが正しいかどうかはちょっと複雑です。
暴力の世界だから、色んなトラブルもあったけど、命の取り合いまではなかった。
割と平和的な3年半でした。

私が所属していた所は、全国から見ると中間くらいの組織かな。私は自分の組の中では組長代行までいったけど、一家の中ではまだ一般の幹部でした。

ヤクザは上がれば上がるほど金銭的負担が増える。毎月の会費だけで私の場合15万を納めなければならなかったし、他にも組織の義理行事などを含めると、月50〜60万は必ず必要だった。

だから、ヤクザはお金がないと幹部になれないし、みんな必死です。私は金貸しとか色々な稼ぎがあったからやっていけたけどね。

正規で日本にいられたら、それなりの所までいって自分の組を持つだろうな。

ヤクザの世界は不思議な人たちばかりですが、皮肉にも私にとっては、人間らしく過ごせたのはこの歪んだ反社会集団の中でした。

白猫が言うように、私は裏社会との縁が強いのかもしれない。


白猫より

虎猫は、ギャング時代も若くして幹部になり、ヤクザ時代も組長代行まで上り詰めていました。

今回の手紙を読んで、改めて、虎猫は長い間、裏社会の中で生き、その世界を内側から知っている人なのだと感じました。

けれど、私が一番心に残ったのは、ヤクザ時代の組織やお金の話よりも、彼女の息子との交流について書かれていた部分でした。

以前の手紙でも書いたように、彼女には、脳の病気がある寝たきりの子どもがいました。
普段は施設で生活していますが、休日には家に帰り、家族と一緒に過ごしていたそうです。

虎猫も、彼女と一緒に、この子を可愛がっていました。

彼の表情や声から気持ちを読み取り、最初は嫌がっていた痰の吸引を、最後には虎猫がすると喜ぶようになった。

私は、このエピソードがとても好きです。

裏社会の中で、居場所があり、仲間がいて、経済的な余裕もあった。そして、彼女とその子どもとの温かな時間もあった。過酷な人生の中にも、虎猫にとって幸せな時間があったのだと思うと、私は嬉しく思いました。

そして、虎猫が最後に書いていた、

「皮肉にも私にとっては人間らしく過ごせたのは、この歪んだ反社会集団の中でした。」

この言葉が、とても印象に残りました。

人間らしさというものは、社会的な立場だけでは決まらないのだと思いました。


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