虎猫からの手紙㊲虎猫が語る薬物依存──刑罰だけでは変わらない現実
薬物依存は、特別な人の問題のようでいて、決して他人事ではないテーマだと思います。
だからこそ、虎猫の言葉を通して、その現実に触れることには大きな意味があると感じました。
虎猫の手紙
薬物は、他の犯罪と結びつきやすい傾向があるのは事実です。
薬を手に入れるために犯罪に走ったり、薬のせいで取り返しのつかない事件を起こしてしまったりすることもあるからです。
私もその一人です。
なぜ、何回捕まってもやめられないのか?
薬物依存は脳の病気とも言うから、簡単にはやめられないのが実情です。
本人の心に抑止力が存在しないと、やめることは難しいだろうし、中毒になると本人の意志の強さ弱さのレベルは関係なくなる。
日本では薬物事犯の初犯・比較的軽い場合の実刑は2~3年程度が多いのですが、累犯や悪質なケースではより長い刑もあります。
それでも現場の受刑者たちの感覚としては「何回捕まっても数年程度」と捉えられ、「刑務所慣れ」に繋がり、やめられない、やめる気を失くす大きな原因になっていると、現役の薬物累犯受刑者たちが、ほぼ同じことを話しています。
刑罰が軽いからとか、刑務所が悪いからではないのです。
要は、もう恐れるものがなくなったのです。
本人たちは将来、薬をそのまま使い続けると体がボロボロになり、廃人になることは一切気にならないらしいです。
最大の関心事は、捕まらないように長く薬を使用することです。
たとえ捕まっても、2年かそこらの刑罰では、あっという間に過ぎます。
守りたいものがあれば、人は強くなれるし、踏ん張れる。でも、それがなければ、自分なんてどうでもよくなる。
これが、「希望の無さ」というものなのだと思います。
薬物依存は、処罰より治療が効果的なのは確実だけど、現実的に難しいのが現状です。
公的な治療体制がまだ十分とは言えず、民間の回復施設などを利用するには高額な費用がかかるのが現状です。
これらの費用は結局、家族の負担になることが多いです。
従来の刑務所での薬物脱離指導は、害悪を強調し、意志の力でやめさせようと諭すものだと聞いたのですが、刑務所内で薬を絶っていても、依存の性質自体が変わるわけではなく、一度心の隙間に入り込んだ欲求は消えにくいのです。
刑務所から一歩離れると欲しくなるみたいです。
刑務所という抑止力が事実上なくなると、たとえこの中で、効果的な指導があっても、出所後のケアがなければ、ほぼ再犯するだろうと、薬物受刑者たちの話を聞いて思いました。
白猫より
私自身、薬物依存のことは正直、分からないことのほうが多いと感じています。
ただ、薬物やアルコールが心や体のバランスを崩してしまうものであることは、感覚として理解できます。
一時的な高揚感があったとしても、それは人生を前に進める力にはならず、その場限りの気まぐれな高まりに過ぎないのではないでしょうか。
専門家なども指摘するように、依存症は「快楽のため」ではなく、「苦しさや孤独を紛らわすため」に始まるケースが圧倒的に多いと言われています。
だからこそ、それは一部の特別な人だけの問題ではなく、誰もが生きていく中で抱える苦しみと隣り合わせである以上、誰にでも起こり得る可能性のあることなのだと思いました。
批判して遠ざけるのではなく、まずは理解しようと目を向けること。
そして、社会全体でどう支え合っていけるのかを共に考えていくこと。
その必要性を、この手紙を読んで改めて強く感じました。
