虎猫からの手紙【74】山上徹也被告判決──無期刑を生きる者の視点
無期懲役を生きる虎猫の視点から、山上徹也被告の判決について考えてみたいと思います。
虎猫より
山上徹也被告が無期判決になったね。
正直、「そうだろうな」と思っていた。
相手が安倍元総理だったことで、日本の安全神話が崩れたことが、判決に大きく影響したんだろうと思う。
世論や見せしめの意図が強く反映された、異例の判決に見える。
彼の生い立ちを考慮した情状酌量はほとんど認められなかった。
公平だとは言い難いね。
ネット上ではいろんな意見が飛び交っている。「40代の大人なのだから、思い留まれたはずだ」「生い立ちは関係ない、自分の判断だ」
と断じる声もある。
そうした見方には、正直、違和感を覚える。
彼は、子どもの頃から母親に苦しめられ、家庭は崩壊し、兄も自死している。
母親を殺して自分も死ぬことを何度も考えた。
そこまで追い込まれた精神状態は、他人には想像もできないものだ。
単純に「大人だから思い留まれた」とは言えない。
事件までの生い立ちは、間違いなく彼の行動に影響している。
母親による宗教的虐待や、宗教団体による圧迫、それらが彼を事件に追い込んだ。
もちろん、行為は決して許されない。
人を殺めることは正当化できない。
でも、この事件によって日本の政界と宗教団体の癒着が明るみに出た。
本来なら社会が解決すべき問題を、皮肉にも個人の行為が暴き、多くの被害者を救うきっかけになったのも事実だ。
裁判中の弁護側の「社会復帰後に事件経験を活かせる」という主張には疑問がある。
社会で何をするかは本人が決めることだ。
弁護側が勝手に決めるものではない。
こういう主張は、刑を軽くするための手段でしかないと思う。
無期判決は、一見すると妥当な判断のように見える。
でも、彼が抱える「生きているべきではなかった」という深い苦悩に向き合う時間を奪う重さもある。
人は自分自身と向き合い、回復や意味を見出すために、静かで長い時間が必要だ。
その「時間」を刑罰で奪われる重さは、外の人には計り知れない。
安倍元総理を殺したことで、彼の中にある長年の恨みが晴れたわけではないだろう。
むしろ、これからさらに苦しむことになる。
人を殺めた苦しみは、時間とともに重くのしかかる。
長い受刑生活を送る彼が、その先に意味を見出せるかは誰にも分からない。
それでも私は、彼に生きていてほしいと思う。
白猫より
この手紙を読み、山上被告の歩んできた道のりと、心の奥底にある苦悩について深く考えさせられました。
同時に、事件で失われた尊い命と、残された方々の悲しみがあることも、忘れてはならないと強く感じています。
虎猫自身も、幼い頃の環境で深く傷つき苦しんできました。
だからこそ、社会の片隅で苦しむ人の心に、これほどまでに寄り添えるのだと思います。
特に「人を殺めた苦しみは、時間と共に重くのしかかる」という言葉が心に残りました。
その重さは、同じ境遇にある者にしか本当の意味では分からないのだと感じます。
この事件の場合、仮にいつか社会へ戻る日が来たとしても、世間の目は厳しく、その先にはさらに過酷な現実が待っているのかもしれません。
誰かの支えを受けながら、自分の歩む道を見つめていくことが大切なのだと思います。
重要なのは、刑の重さや世間の評価ではなく、罪と向き合いながら、これからの人生をどう自分なりに生きていくか、ということです。
それが、刑期に関係なく、人として一生続く課題なのだと思います。
これからの彼の生き方が、罪の重さや生きる意味について、私たちに何かを伝えてくれるように感じています。
