文化をひらくため。覚悟の無料公演
――続けるために、“無料公演”を選んだ理由
「続けるために必要な私益性」
「広げるために選んだ公益性」を、どうバランスさせるか。
私たちO-VILS.の活動は、「チケット収益では赤字」になるような構造で成り立っている。
照明、音響、マイク、リハーサル場所、移動費──
エンタメとしてのクオリティを落とさないために必要なことを積み重ねていくと、どうしても公演単価は上がってしまう。
🗣️そのため、度々提示させていただいている「支援物販」には本当に支えられています。
毎回購入してくださってるみなさま、本当にありがとうございます。
その結果、チケット代も高くならざるを得ない。
観たいと思ってくれる人がいたとしても、金額の壁で来られない人がいる。
それって本当に「文化」って言えるのかな。
ふと、そんなことを考えた。
さらに、私たちはオリジナル曲も演奏する。
もちろん、吹奏楽+軽音楽というジャンルで、自分たちらしさを打ち出すためには欠かせない選択でもあるし
音楽活動者にとってのオリジナル曲の収益ポイントはかなり高いものになる。
著作権の関係でカバー曲の配信には制約も多いから、
「じゃあ作るしかないか」と始めたオリジナル制作だったけれど、
気づけばそれは、自分たちの表現であり、武器であり、何よりファンの皆さんが喜んでくれた。
でも正直に言うと、オリジナル曲って“知られてない音楽”だから、観客にとっては敷居が高い。
それもやっぱり、「私たちのための活動」になってしまっているような気がしてた。
つまり、私たちO-VILS.の活動には、確かに“私益性”がある。
・高めのチケット代
・自分たちの音楽を届けるためのオリジナル曲
・未来の収益やブランドに繋がる表現
・私たち自身が生き延びるための“続ける力”
でも、それを否定したくはなかった。
むしろ、「その私益があるからこそ、続けられている」って胸を張って言えている。
そんなときに出会ったのが、「Arts Aid Kyoto(AAK)」という制度だった。
「公益性のある文化活動に対して、支援金が出る」というその仕組みは、
私たちが届けられなかった人たちに”音楽をひらいていく”チャンスだと思えた。
誰でも観に来れる。無料で、堂々と。
その代わり、ファンドしていただいた金額の一部(30%)を制度側に還元するというルールがある。
例えば1000万の支援が集まったとして、公演の経費に1000万円を使い、そのうちの700万は補助されるが、300万は自社出費であるということ。
しかもチームの財産になるような、のどから手が出るほど欲しいマイクや機材の購入には使用できない。
…それはそう、補助対象公演に対しての経費に、資産価値のあるものを入れてはいけないのは当然のこと。
それでも私は、この制度を使って“ひらかれた音楽”を届けることに意味があると思った。
自分たちの手には残らなくても、誰かの心には残るような、そんな公演を──ちゃんと、続けていくために。
まだ完全に見切り発車かもしれない。
でも、ちゃんと続けていくためには、どこかで一度、前に踏み出さないといけないと思った。
「期待」って、難しい。
それは愛情であり、できれば責任でもあってほしい。
誰も大きな期待なんてしていないと感じてる日々だからこそ、
道がときどきよく分からなくなるし、本当に時々、諦めそうになるし、
よく分かってないまま好きなことだけ言われると、正直、怖くなることもある。
でも。
もし、まだ誰からも大きく期待されていないうちに、結果を出せたら。
「着いてきてよかった」って思ってもらえるような景色を見せられたら。
そのときこそ初めて、この選択の意味を、ちゃんと成し遂げたと言える気がしている。
「効率」や「先例」に従えば、きっと楽だった道。
それをあえて、誰も通ってない方向に向かって逆走している。
それは、“何にも倣えなかった自分”が、
自分がひらきたい文化をつくるために選んだ、私なりの順走。
そんな自分のバックグラウンドを、次の記事で話せたら…
三日坊主検定1級保持者の名を捨てようか。
ユイナ
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