お気持ち表明に理由はいらないので「己が不快だから」で押し通せ
実は私、刀ミュに「顔」だけで通っていたことがある。2020年から2022年にかけて、思想の一切合わないコンテンツに通い詰めた元・松井江の前列ガッツなのである。詳細は割愛するが、演出は好みじゃないし「主」と呼ばれたくもないのに、松井江の顔面ひとつで小倉から多賀城まで日本中を移動していた。大変愚かである。詳しくはこちらをどうぞ。
そんな私のタイムラインに先日、93万インプレッションを叩き出した一件の「問い合わせスクショ」が流れてきた。ミュージカル「刀剣乱舞」への問い合わせ文を、送信画面ごとスクショしてTwitterに貼ったオタクが現れたのだ。
佐伯大地さんの件
— うた (@uta_051021) July 21, 2026
刀ミュへお問い合わせしてきたよ……
批判されるかもね
刀ミュは大好きなんです、本当に
だからちゃんと2027年末まで好きでいさせてほしい
これが「厄介オタク」とならば「Not For Meなんだな」と諦めるしかないです
こんな事で悩ませないでよマジで😭https://t.co/VA725TBrBa pic.twitter.com/Q85TNfvgNu
よくわからない方もいると思われるので、事の発端をおさらいしておこう。俳優・佐伯大地は2024年12月、「FRIDAYデジタル」に交際していた一般女性とのトラブルを報じられた。事務所はトラブルがあったこと自体を否定せず、本人はTwitterで「不快な思いをさせてしまい本当に申し訳ありませんでした」と謝罪。出演予定だったミュージカル「チェリまほ」は降板となった。そして2026年、佐伯は「真剣乱舞祭2026」に出演する。
これに対しくだんのオタクは、降板もしくは会場替わり出演を検討してほしい旨の問い合わせを運営に送り、その全文を公開した。文面には「私の場合はチケット代や交通費滞在費も含め、一度の舞台に毎回3万円以上を費やしています」「刀ミュ11年の歴史の2/3以上を応援している身として」「女性コンテンツである以上」といった言葉が並ぶ。さらになぜか「分かりやすくお金使っていると分かる写真貼りますね」とチケットの束の写真を投稿する奇行に走った。「※大金使ったオタクが偉いとは思ってません」という謎の注釈付きである。
お豆腐メンタルなので、分かりやすくお金使っていると分かる写真貼りますね
— うた (@uta_051021) July 21, 2026
※大金使ったオタクが偉いとは思ってません
※自分で頑張って稼いだお金です
※正規ルートのチケットです pic.twitter.com/AcS0SCiO0Z
先に言っておくと、私は問い合わせという行為自体を批判する気は毛頭ない。オタクは運営に意見していい。どんどん文句を言うべきだ。この世界にはなめた運営が多すぎる。大いにキレていい。問題はキレ方だ。
このコラムで言いたいことはひとつだけなのでこれを読んで満足した人はここから下は読まなくていい。お気持ち表明をする時、端金を使ったからとかゴチャゴチャ理由をつけるな。「己が不快だから」で押し通せ。
「毎回3万円以上を費やしています」。この一文を書いた瞬間、何が起きるか。感情が市場化されるのだ。
金額を根拠として提出するということは、「発言権は課金額に比例する」というルールを自分から採用するということである。これはたいして金を使っていない場合不利になるルールであることに気づいていない。
ではそのルールで行くとして、毎回30万使うオタクの不快は、あなたの10倍重いのか? 数百万使った私の不快は100倍重いのか?
私はこの金額マウント合戦を開催されたら、当該オタクに圧勝する自信がある。しかし勝ったところで私の不快が自動的に100倍重くなるわけではない(私はマジで佐伯大地に興味がない)のだから、この勝負自体が無意味なのだ。金を物差しにするなら、自分より景気良く使っている人間全員に発言権で負ける。自分で作ったルールで自分が予選落ちする自滅の構造である。しかも提出された証拠写真は額面9,500円〜12,500円のチケットが数枚。物差しを持ち出すならせめてもっと景気良く使っていてほしかった。
「不快だから」は実は計測不能なのである。お気持ちは「お気持ち」のままでいる時が一番強い。このメリットをなぜ活かさないのか。
問い合わせ文は理由で武装すればするほど脆くなる。
「真偽のほどは分かりませんが」……この一文、なんと実は不要である。事務所が報道を否定せず、本人が謝罪し、チェリまほを降板したところまでは確定した事実なのだ。真偽が分からないと自分から書いてしまえば、運営は「事実確認できておりません」の一文で追い払える。むしろ突くなら「チェリまほは降板したのに刀ミュは全公演出演なんですか?」の方がよっぽど筋がいいのに、なぜか自分からその道を塞いでいる。
「女性コンテンツである以上」これは刀ミュの客層論争に回収される。「女性ファンを軽視しているんだな、なんて思わせて欲しくない」これは個人の不快がいつの間にか女性全体の代弁に化けている。主語を大きくすると、大義名分ごと論破されるリスクを背負う。「私が嫌」には私しか主語がいないので、絶対に崩れないのに。
そして交渉論的に最悪なのがここだ。「好きだから毎公演行きたい」「気持ちよく、その区切りを見届けたいだけなんです」。ファンが運営に対して持つ唯一のカードは「買わない」である。ところがこの文面は、離脱しないことを先に宣言してしまっている。運営側から見れば「この人は降板させなくても結局チケットを買う」という優良顧客データでしかない。「毎回3万円使ってます、これからも見届けたいです」は「降板しなくても買います」の自白なのだ。
ではなぜオタクは理由を盛るのか。ここが現代のお気持ち表明の一番面白いところだと私は思っている。
令和のお気持ちは私に言わせれば少し昔と質が違う。問い合わせフォームに書き、送信画面をスクショし、Twitterに貼る……この時点で宛先が二重化している。表向きの宛先は運営、本当の読者はタイムラインだ。
そう考えると「毎回3万円」の記載も、チケット束の写真も、「※大金使ったオタクが偉いとは思ってません」の注釈も、全部説明がつく。あれは運営への説得材料ではなく、他のオタクからの「金も使ってないくせに」攻撃に備えた防弾チョッキなのである。全然弾が貫通しまくってるけどな!
だが、偉いと思ってないなら貼る必要がないのだ。貼った時点で「金額=発言権」の交換レートを自分自身が信じていることの証明になっている。防弾チョッキのつもりで着た注釈が一番の急所という悲劇。お気持ち表明が公開のリングになったことで、オタクは運営と戦う前にまず観客対策で消耗するようになった。理由の九割はバトルの観客向けなのだ。
最後に、意外な気づきを書く。
佐伯大地の謝罪文を思い出してほしい。佐伯は「不快な思いをさせてしまい本当に申し訳ありませんでした」と謝っていた。
これ、芸能界の謝罪定型文である。何が起きたかの説明でも、被害の弁済でもなく、「不快にさせたこと」そのものを罪として謝る。つまり業界の公式基準は最初から「不快」なのだ。運営もタレントも「不快」を単位にして謝罪というコミュニケーションを行っているのに、なぜオタク側だけが違う単位で刃向かう必要があるのか。
不快で謝るなら、不快で叩け。「報道を見て不快になりました。降板を希望します」、以上。これで因果関係は成立している。あなたが不快になったことは、あなたにとって100%の事実であり、地球上の誰にも否定できない唯一無二の根拠なのだから。
推し活というのは徹頭徹尾、自己満足のためにやるものだと私はかねがね思っている。ならば結論はひとつしかない。
推すのが自己満足なら、キレるのも自己満足であれ。怒るのは良い。オタクの怒りは権利だ。怒るなら自分のために怒れ! 主語を大きくするな。「己が不快だから」で押し通せ!
