熱中と没頭が輪郭をつくるのだ|ZINE日記6/21
中学生の頃から敬愛し続けているバンド・toeの山嵜さんが去年10月に開かれた両国国技館での25周年ライブで、こんなことを語っていた。
「やっていて面白いこと、熱中できることをひとつ見つけていただきたい
それはお金になる、ならないは関係なく、有名だから良いとか悪いとかの価値観とも無縁で、人に強制されず、純粋に自分がこころから楽しいと思えることです
そしてそのひとつを真剣にやり続けてください
続けることはときに大変ですが、そこで得られるものは人間が生きていくうえでとても大きなものです
人生には思いもよらない悲しいことが起こったり、生きにくいなと感じることがありますけど、そんなとき、そのひとつがその事態と向き合う勇気と生き続けるための強さを助けてくれます」
そしてもういっちょ。昔から好きなアルファツイッタラー(死語)ナツイちゃんの書籍で記されていたこの言葉。
「自分のなかに何かを表現したい衝動があれば、こんなに恵まれている時代はない。決して上手じゃなくてもいい、洗練されていなくてもダサくても、まずやってみることに意味がある。」
う〜む、魂に刻みたい大名言。
今、秋の販売に向けてZINEを書き進めている。
SNSやnoteで名が知れているわけでもない、インターネットの日陰でボソボソ言論を述べているだけの「プロの無名」が、なぜだか趣味の範疇を超えるほどの時間を割き、それはもう懇切丁寧にエッセイを書いている。
誰に頼まれたわけでもないのに、微塵も金にならないと分かっているのに。最近の私ってば、なんだかやたらと「語ること」に夢中だ。
元はといえば、転職先も決まらないまま仕事を辞め漠然としたプー生活が始まったばかりのタイミングで、物書きの友人からZINE作りの楽しさを聞き興味を持ったことがきっかけだった。
時間に融通のきく期間を活用して趣味の範囲を広げようという純粋な想いもあったが、本当は、鬱屈とした無職生活が文化的な活動によって少しでも気楽になれば、という救済措置的な理由も大きかったのが本音だ。
しかし、なんだ。なんなんだ。
wordを開くと、言葉にして組み立てたい頭の中の世界が無限の彼方まで勝手に広がっていき、うっかりいくらでも時間が過ぎてしまう。
そういえば私は子どもの頃から文章を書くことがやたらと好きだった。
きっと、忙しない頭で30年生きてきた私には「取りこぼしたくない無駄な話」があまりに多くありすぎるんだ。
少しでも文字を打つ手が止まり納得いく言い回しをあれこれ考え始めると、その手間が面倒に思えてきて「こんなに手間暇かけたとて、見知らぬ一般人の身の上話なんて誰が金払って読むんだよ」と、自己卑下にも似た正論が脳裏を過る。
いやしかし、「没頭」への冷笑や自己卑下は、この世で一番厄介な感情だ。
せっかく人生で想定外だったこのモラトリアム期間に少しでも希望を持つべく始めたこと。「没頭してしまうほど熱中できる文化的な活動」が今の私にとっていかに大切であるかという想いがブレないよう、数々の創作人の名言を思い出しながら、自分自身への冷笑を打ち消す。
それにしても、文章を書くこととは自己を見つめることと同義だなとつくづく思う。
記憶や想いを整理しながら私を形作ってきたエピソード、大切なものについて書き進めていくなかで、改めて強く実感していく。
それは、闘病経験や人生のターニングポイントになった出来事について語ろうとすると、必ずそのとき寄り添ってくれた音楽の記憶が蘇ってくるし、様々な本から得た言葉や教訓と結びつくのだということ。
感銘を受けた映画について語ろうとすれば必然的に自分の人生観と重なり、好きなアーティストや音楽ジャンルの魅力について考え出せば、その想いは自分の性格と紐づいていくということ。
私は「私のこと」を、あらゆるカルチャーから受けた影響を無くして語れず、またカルチャーについて語ろうと思えば「私自身」と向き合うことを避けられない。
今書き進めているZINEも、取り上げるエピソードの数々を考えた時点から、その出来事に付随したカルチャー作品がいくつも頭に浮かんできた。
意識せずとも自然とそうなっていた。
好きなものや自分の価値観を打ち明かす文章を書いて、それを無作為に世界中に放って披露することって、なんだか素っ裸で外を歩いてるようなもんだ。
いや、頭の中を自分から真っ二つに開ききって見せているんだから、服着てないことなんかよりもっとあけすけじゃないか。
池松壮亮だって雑誌のインタビューで言ってましたよ、「ラブシーンを撮られることより自分のことを知られる方がよっぽど恥ずかしい」って。
なのに私はいつだってラブシーンより恥ずかしいものを全世界に発信したくて仕方がない。
自分の趣味趣向なんて多くの人から共感を呼べる類でないものばかりなのに、私はどうしてそれを誰かに読まれたいんだろう?
どうして誰かに「趣味を通して感じたこと」を聞いてほしいと思うんだろう?
たかだかZINEの制作を通して、ふと自分のアイデンティティを形成するものは何で、「書いて披露する」行為がその形成にどんな効果をもたらしているのか、なんのためにこんなに時間と手間をかけて言葉を紡いでいたいのか、そんな大きな規模のことを考えだした。
エッセイって何?
なんでわざわざ人に見せるの?
そのシンプルな問いに対する答えを見つけて、ぼんやりしていた自分の輪郭を確かめてみたくなった。
だから本誌完成までの間、この場で「ZINE日記」と称して、「書くこと」に対する思いや各章のエピソードに込めた想いを、ライナーノーツ的に書き記していこうと決めた。
(ライナーノーツだなんて、批評する文化人みたいでカッコいー響き♪)
私は相変わらず「何一つ削らず書き留めたい」人間なので長々と思いの丈を書き残しますが、「書いて見せる」目的と理由は人それぞれ。(自己顕示欲って200色あんねん)
あなたがあなたなりの「書いて見せる理由」の答えを見つけた時には、ぜひ私に聞かせてください。
◇
先日、2週続けてライブを観に行った。
いつかその緻密でソリッドな演奏を生で観てみたい!と憧れていたエクスペリメンタルバンドのgoatとMoinのツーマンライブ。もう一件は、ダンスやテクノ、ハードコア、ダブといったジャンルがごった煮で最高なお祭り騒ぎになったHoly Tongue、the hatch、D.A.N.の3マン。
いずれもメジャーシーンとは距離のある位置に属する音楽ジャンルだが、私にとっては皆、大スター。
空間を共にする誰もが目の前の音楽にだけ夢中になり、統一感のないまま自由に踊り、声を出す。とにかく最高な居心地のパーティーだった。
けれど、大喜びしながら宴を楽しみ演奏が終われば、私はその興奮を誰かと分かち合えることもなくひっそりと黙ってライブハウスを後にする。
出口付近の行列、自分のすぐ後ろでは「めっちゃ踊れたんだけど!」「ちょっと最高すぎてヤバい」と仲間内で語り合う嬉々とした話し声。
ですよね〜!わかりますわかりますぅ〜!
私も混じってしまいたかった。(しません)
羨ましい。
私もこの熱がまだ冷めない、でも発奮できない、私も誰かとこの興奮、わかちあいたい。だけど昔から本当に好きなものに触れて心が大きく揺さぶられる時は大抵1人だ。
別にそれでもいいのだけれど、私も大きな声で「あ〜最高だった!」と声を出してみたい。
都内まで1時間弱、山も田んぼもないけれど娯楽も遊び場もない、中途半端な田舎町で生まれ育った。
大人になった今も生活範囲はさほど変わらず、カルチャーとは縁遠い仕事に就き、令和のこの時代に青春アミーゴのBGMが流れる廃れたスーパーで買い物をして、シネコンすらも入っていないデカいだけのイオンで時折外食をしながら、不便はないが文化もない土地で静かな生活を送っている。
気の抜けた格好のまま練り歩けるこの町に不満はない。むしろこんな暮らしを気に入っていると思う。
けれど、カウンターカルチャーの流通が乏しい地方での暮らしで、あんな変な音楽を聴く同志が見つかるわけない。昨日だって家の目の前のコインランドリーの駐車場、アユのステッカーが貼ってあるVOXYが停まってましたよ。
こういう絶滅危惧種が、ちっとも絶滅危惧種じゃない平成に取り残された町なのである。
私だって自分で自分のこと、こんな田舎で育ったのになんだか見てくれに不釣り合いな音楽が好きなやつに育っちゃったなと思っている。
オルタナティブって、何を持ってオルタナティブ?といまだに思うし、ポストハードコアは抒情的なことを嘆いてばかりでいつも鬱屈としてるし、なんだか騒がしい。去年からハマり始めたエクスペリメンタル(実験音楽)なんて一番訳わからないぞ。トンチキチャカチャカしていてわかりやすく感動的で壮大な盛り上がりがあるわけでもなければ、人生の希望も恋愛の指南も説いてくれるわけでもないんだから。
私は決して批評家のように専門的知識を語れるわけではないし、自分の魅力を感じる音楽は訳わかんない音楽が年々増えていくなと思う。
都会の街でカルチャーな仕事にでも就けば変な音楽好きの仲間も見つかるんだろうが、幼少期から図書館と近所のツタヤであらゆるCDを借りまくって歳を重ねたら、こんな町でこんな趣味の境地に辿り着いてしまった。
でも、わけのわからないものたちが、好きなのだ。
好きなんだから仕方がないのだ。
私は、なんなんだこれと思いながら、その訳のわからなさと忙しなくて騒がしい音のかたまりにうっとりし続け、その混沌の空間に自分の魂を預けて浄化させている。
日常から切り離されるその瞬間に救われ続けている。
そして、そんな私の「とことん趣味の合う誰かとその熱狂を分かち合ってみたい」という寂しい願いはいつしか頭の中で「架空のカルチャー好きの友達」を作り出した。
イマジナリーフレンドとかそういう話ではないのだが、頭の中で概念を作り出すしか、「趣味の共有ができるおしゃべり」「『好き』を言葉にすること」が叶わなかったのだ。
だから私はぬいぐるみと喋ることもないしChatGPTと会話することもないけれど、頭の中にいる架空の同志といつもお喋りをする。
素晴らしい音楽や漫画、映画に出会い胸が高鳴ったとき、頭の中だけでは「自分と趣味が完全に一致する人との共鳴する会話」を繰り広げられる。
私の頭の中はいつだって、享受した文化をインプットだけに留めず「好き」を分析するための言葉を出力してみたい、そんな渇望に満ちている。
30代になった今、誰にも披露する場がなかった幼少期と違い、SNSという最強の自己表現ツールを手に入れてしまった私の頭はいつだって賑やかで忙しい。
思い返してみれば、その頭の中の賑やかさと無限に広がっていく思考の癖自体は、幼少期から顕在していた。
小学3年生の頃、再放送で観た木更津キャッツアイにどハマりして、ダビングしたDVDを毎日のように見返していた時期があった。
お小遣いで木更津キャッツアイ特集号の映画雑誌やパンフレットを買い、ドラマや映画を見返すたびに木更津キャッツアイの話を四六時中べらべら喋り続け、そして微塵も興味のない木更津キャッツアイについて再三聞かされ、いい加減うんざりした母親から「その話は、もう、いいーッ!!」とキレられた。
普通に当たり前である。
昨日も一昨日も聞かされた興味のない話を今日も変わらず同じ熱量で、堰を切ったように興奮しながら永遠と語り続ける多弁な子供。ママって大変すぎる。
ADHDの診断を受けたのはずいぶん大人になってからだったけれど、木更津キャッツアイ漬けの日々を送りその話を一日中披露したくてたまらなかったあの頃から、その気は顕現していたんだと思う。
中高生になるとよりディープな作品との邂逅を求めて色んな音楽を聴き漁るようになり本格的にサブカルにハマっていくわけだが、
ハイティーン世代に突入した私は、木更津キャッツアイのあの件のおかげで「相手は興味がないのに、自分の好きなものを一方的にべらべら語ることは空気が読めず良くないこと」だとしっかり学習していた。
学校から帰り、TSUTAYAや図書館で借りたインディーズのオルタナバンドや90年代のハードコアバンドのアルバムをMDにダビングして、覚えたてのiTunesでわざわざジャケット写真まで丁寧にインポートし、観終えた映画はモバスペの自作HPにひたすら羅列した。
だけどその作品たちの魅力を口に出して語ると「ちょっとわからない」と相手を困らせてしまうのだということも分かっていた。
母親から「そのうるさい音楽、リビングまで音が漏れてる」と注意されてからは、部屋で音楽を聴くときにはイヤホンをすることが増えた。
そうして歳を重ねるごとに「話して平気な好きなもの」と「話すと困らせる好きなもの」の区別をしていくようになっていき、趣味の知識が増え深層に潜れば潜るほど、「話すと困らせる好きなもの」ばかりが増えていった。
高校以降、本当に一番好きな音楽ジャンルや映画の魅力を口に出して語る機会はほぼ無かったように思う。
けれど、そんな「周囲とのズレ」を感じていた時代も、脳内に住む同志だけは、観た映画や聴いたアルバムについて永遠と語り続ける私の話をいつまでだって聞いてくれた。
会話しているのは間違いなく私と私だが、止めどなく溢れてくる思考に対して共感の相槌があるだけで、ますます言葉は明確に「好き」を語るために溢れ出す。
言葉にすればするほどその気持ちの密度と理解度は高まって、感動や興奮で昂る自分に対して素直で居られる気がした。
心の友とだけ話している限りは、誰も困らせず、誰も疲れさせず、けれど自分の心も置いてけぼりにせずに済むと思えた。
所謂「造詣が深いんですね」と一蹴されがちな音楽を聴いていると、遠回しに「人と違うものが好きなんでしょう」とスカした野郎認定を受け冷笑されてしまいがちだ。
けれど、はははと笑って返しながら、心のうちではいつも「そうじゃないんだよ」と思っている。
私は、その趣味をコミュニケーションツールとして使いようがないから自分の中だけで抱きしめているけれど、本当は、いつもこの熱狂と想いを聞いてほしい。「熱中していることへの想いを語る私」の姿を、誰かに目撃してほしいのだ。
私は池松壮亮のようにシャイでいられないから、顔の浮かばぬこの世の誰かに対して「ねえねえ聞いて!」とひとりぼっちの砂漠から、世界に向けて思念を送り続けている。
きっと、私にとっての自己顕示欲なんて決してナイーブで気難しいものなんかじゃない。もっと、愚直で正直なんだ。
あのころお母さんにひっついて「ねえねえ聞いて!この雑誌にあのシーンのぶっさんのことが書いてあってさあ〜」と、木更津キャッツアイの話を夢中で話し続けた頃の気持ちと同じだ。
先日見返した「トイストーリー4」で、「フォーキー(使い捨てフォークに手足をつけた手作りおもちゃ)」をお迎えに来た両親に対して「見てみてー!」と一目散に自慢しに行った幼稚園児のボニーとも一緒だし、女子高生が登校したての開口一番、女友達に対して「えてか聞いて」と唐突に恋バナをしだす、「てか」より前の文脈どこいったんだよというアレとも何も変わらない。
私のnoteなんて本当はどの話も「えてか」から始まっていいくらいである。
「えてか聞いて」と口火を切ってスピードを加速させていく私は、その熱量を保ってどこまでだって、何千字でも想いを膨らませることができる。
無駄な話まで全部言葉にしたくって、読み飛ばされてしまうような些細なエピソードまで全て大切で、ああまた長くなってしまったと思いながら、スマートでないおしゃべりを何千字でもしていたい。
読み手にとって大事じゃないことも、私にとっては大事なんだから省けないんだ。そのことに最近やっと気づいた。
私はエッセイストにも小説家にも向いていないだろう。
でも、それが私だ、と思う。
色々な人たちがくれた言葉のおかげで、今はそう思えるようになった。
私の肩書きは、精神病と発達障害を持つ「障害者」で、歪な親子関係のもとで育った「機能不全家族」育ちで、とても誇れやしない職歴の「非正規雇用者」で、DINKsと胸を張ることもできない「子なし既婚者」で、この先の人生の展望に悩む「30代女性」だ。
だけど、そうじゃない。
事実だけど、それは本質じゃない。
「バンドマン」でない私は音楽が大好きで、「作家」でもない私は本や漫画が大好きで、「映画監督」でもない私は映画が大好きで、肩書きですら無い「私の好きなもの」は、誰も私から奪えない私の「根っこの部分」だ。
社会的弱者の肩書きを持つコンプレックスは変えられなくても、絶望した夜に寄り添ってくれる音楽や人生で大切な映画、いつか生で観たいライブがあったから、病人になっても明日が来ることを乗り越えられてきた。
この肩書きによって受けてきた差別は少なくない。
けれど、世間から勝手につけられた名前なんかで一括りにできない、この世にたった1人しかいない「何者でもない私」が心から愛するもの、それらに対する想いが、それらに没頭する時間こそが、私の輪郭を作っているんだ。
私はきっと、世間が勝手に名付けた肩書きでは語りきれない部分のアイデンティティを、自分の力で確立したいんだろう。
「肩書きに当てはめられる私が私の本質ではない」のだと、自分で確かめたくって、その切実な想いを世界の誰かに聞いてほしくって、好きなものやそれに対する思い入れを言葉にし続けているんだろう。
おととい読み返した学生時代から好きな小説でも、差別に葛藤してきた主人公が、高らかに宣誓してたんだ。
言っとくけどな、俺は《在日》でも、韓国人でも、朝鮮人でも、モンゴロイドでもねえんだ。
俺を狭いところに押し込めるのはやめてくれ。
俺は俺なんだ。
いや、俺は俺であることも嫌なんだよ。俺は俺であることからも解放されたいんだ。
俺は俺であることを忘れさせてくれるものを探して、どこにでも行ってやるぞ。
「GO」のリバイバル上映で、劇場に大きく映し出された窪塚洋介がこのセリフを叫ぶシーンで少し涙が出た。
私のバイブスはいつだって「GO」の杉原と一緒だ。
私は何者でもない、私以外の誰も私のことを決めつけられない、肩書きから解放された私を探している。
そのことを、誰に向かってかわからないけれど、めちゃくちゃにでかい声で宣誓し続けている。
私のアイデンティティは世間が決めつけられることじゃ無いんだと、もっともっと深い部分の真髄を私は自分で探究し続けているんだと、主張し続けている。
「ねえねえ、考えてることちょっと聞いてー!」と誰かに向けて話し続けている。
そして、私の輪郭を形作ってきてくれたカルチャーたちとの巡り合いが何度だって「私は自分の力でそれができる」ことを教えてくれる。
うっかり8000字に至ったこのnoteが、その証拠だ。
私は私の輪郭を確かめるために、私であることすらも忘れさせてくれるほどの熱中と没頭を求めてどこまででも思考を広げていける。
言葉を無限に引き出せる。
そうしていないと「肩書き」に縛られる生活に呑み込まれてしまいそうな自己の輪郭を、必死に自分で取り戻し、手繰り寄せている。
書き進めているZINEを見返す。
誰からも共感の得られなそうな、しかし私の「好き」が詰まり切っていた。もうええて!ってくらい、好きなカルチャーに付随した思い出が誠実に語られている。
こんな話、誰が読むんだよ。と思う。
…いや、私が何度も読み返すんだよ!と思う。無遠慮に熱中が語られていて、読み返すたびに「私らしいな」と思う。「私らしさ」を誰かに見せつけたい!と思う。木更津キャッツアイの話の続きを、誰かに「ああはいはい」と呆れられながら、聞き流してほしいんだ!と思う。
だからきっと、いま、書くことに夢中なのだ。
自分の輪郭を取り戻していく作業に熱中しているときの自分が、自分らしくて嬉しいのだ。
ZINEでは、なるべく辛気臭くなるような暗い話は避けている。
辛い過去を笑いに昇華したいとは思わないが、現実は重く苦しい事情が多いからこそ、しんみりした話題であっても読み終えたあとにはカラッとした空気になれるエッセンスを入れたかった。
一生懸命書いても、誰にも必要とされないかも?
そんな気持ちは別になくならないけれど、きっとZINEを作っている誰しもにある感情だろうとも思う。そんな少しの「自尊心の揺らぎと問い」を実感するのもまた「体験」の一つだろう。
そしてこの先また、書いて発信することや、目に見える実りのない趣味に熱中することに対して、不安になることがあってもきっと大丈夫。
私にはtoe山嵜さんのあのMCが、サブカルを愛するナツイちゃんの名言が、「GO」の杉原が叫んだあのセリフが、お守りになってくれるさまざまな文化があるのだから。
金にならなくても、有名でなくても、熱中できる何かが生き続けるための強さを支えてくれる。それが洗練されていなくてもダサくても構わない。
自分は何者でもないんだと思えるように、私であることすら忘れてしまえるほどのものを探して、どこまでも行ける。
「熱中と没頭」に人生を支えられているのだと気づいた今は、そう思う。それが書いたものを誰かに見せたい理由なんだと思う。
気が向いたら、ZINEの進捗日記をまた書きます。
8,700字、最後まで読み切ってくれた人がいるのか?!
猛烈にありがとう!
あなたも熱中できる何かを見つけられたら、ぜひ私にその話を聞かせてください。
