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絵画のなかに隠された感情②(悲しみと怒り)

感情を排除し、目に入ってきた光の像のみを記録し世界を描こうとした印象派とは異なり、目に入ってきた世界ではなく心が覗き込んだ世界を描こうとしたドイツの表現主義者たちのグループを「ブリュッケ」という。

ドイツ語で橋を意味するブリュッケは、現在と未来を繋ぎ、革命的で前衛的な発想と絵画を結びつける「橋」のような役割をしようと集まったもので、ルートヴィッヒ・キヒルナーが1905年に創設した。

そもそも「表現主義美術」は、ルネサンス以来追求されてきた世界の再現、という美術のあり方からの脱却目指していた。

表現主義の先駆者のゴッホやムンクは、光によって変化する色を絵に表した印象派とは異なり、対象を見て込み上げてくる感情を表現しようとした。

印象主義者、impressionistたちが、自らの意識の上に(im)に押し付けられる(press)外の世界を描いたのならば、表現主義者(expressionist)たちは、自らの感情が外に(ex)押し出される(press)裡なる世界を描いたのだろうか。

印象主義者たちの絵は光が変化させる色を描いているが、表現主義者たちは、画家自身の心が変化させた色や形を見つけて描いた。

1905年に現れた、フランスの「フォービズム」とドイツの「ブリュッケ」は、いずれも表現主義の一派である。
 
フォービズムが、形態の単純化や色彩の自立性を重視するあまり、装飾性へと流れたが、ブリュッケは、色彩や形態を誇張あるいは歪曲して、満足できない現実に対する鋭い抵抗感を表現する絵を描くことが多かった。

ブリュッケを創設したキルヒナーは、荒々しく鮮烈な線と色により、目よりも心に残るような絵を目指ざしたのかもしれない。

見出し画像のキルヒナー「兵士としての自画像」は、第1次世界大戦でキルヒナー自身が第75兵部隊にいた時を思い出して描いたものだ。

傷跡のある目元、切り取られた手首、ヌードモデルなどが描かれている。

現実のキルヒナーは、身体的には激しい傷を負わなかったものの、精神的に激しく傷を負ったようだ。

強制的に徴兵されたキルヒナーの画面から感情が満ち溢れてくるように私には思われる。

その後、キルヒナーは、ナチスにより自らの作品が「退廃芸術」に分類されたことをきっかけに再び激しく心を病み、1938年に自ら命を絶った。

戦争に精神を壊され、さらには命を奪われたキルヒナーという画家の作品は、画面が人並みでごった返していても誰ひとりからも温かさを感じないことが多いように私には思われる。

それは、キルヒナーの心が覗き込んだ深淵なのかもしれない。

「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている」(ニーチェ)

ここまで、読んで下さり、ありがとうございます。

今日も、頑張り過ぎず、頑張りたいですね。

では、また、次回。


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