語りまくりスティー
今朝、La’cryma Christiを聴きながら出社しました。
特に理由なんかない。ただ、なんとなく。
やっぱ良いなー、って思いながら聴いてたんだけど、ふと歌詞に耳を傾けた瞬間、思わず引っかかってしまった。
「……んっ、なにいよん?」
聴いていたのは、「Ivory trees」
シルクで教会の鐘を
優しく包みながら
響かせた あなたのためだけ
完璧な演奏と甘いハイトーンボイスに心地よく流されそうになるけれど、歌詞の違和感が耳に引っかかる。
シルクで教会の鐘を優しく包みながら響かせた?
包むなよ。
そんなことしたら響かんやん。
でも、曲はめちゃくちゃ良い。
アレンジがいい。
リズム隊の跳ね方がとにかく気持ちいい。
そこにKOJIの正統派なギターが厚みを作り、対するHIROのトリッキーでオリエンタルな変態ギターが絡みつく。
この二本のギターが生み出す、独特の異国情緒。
そこにTAKAの、甘めの声質でありながら少しハスキーなハイトーンボイスが乗る。
すごくメロディアスなのに、曲の展開は複雑で、まったく飽きない。
ただ、やっぱり歌詞が気になる。
「シルクで教会の鐘を優しく包みながら響かせた」
音を遠くまで鳴らすための巨大な鐘を、わざわざ高級な布で包む。しかも、優しく。
しかも、そのあとに「響かせた」と続く。
……響かせるんかい。
ミュージシャンとして、その歌詞はどうなんだ。
布はミュートの友じゃないか。
いや、やっぱり音にこだわるラクリマクリスティーともなると、鐘の本来のサスティンが耳障りで、ちょっと残響を調整するためには、シルクが最適だったのかもしれない。
なんという贅沢なミュートコントロール。
しかし、この後に続く言葉はどうだろう。
砂の時計を止めたまま
階段の前でいた
寄り添いたい
他に誰もいらないよ
砂時計を横倒しにして
「寄り添いたい 他に何もいらないよ」
って思いながら階段の前におる。
うっわ。怖っ。
ヤバすぎやろ。
寄り添うな。他に誰もいらないから。
でもこれ、本当にいにしえのV系によくある、雰囲気だけのペラペラ歌詞なんかな?
あんなにサウンドにこだわってるラクリマが、歌詞ペラペラだったら楽器隊は絶対にやってられないはず。
というわけで、家に帰ってちゃんと考えてみた。
僕の解釈だけど、ペラペラなんてとんでもない。
ものすごくロマンチックな歌詞かもしれない。
教会の鐘は、本来なら街中に響き渡り、誰もが耳にするもの。
それをあえてシルクで包む。
つまり「世界中に響くはずの音を、二人だけのものにする」ということなんじゃないか。
そして砂時計。流れていく時間を止める。
「時よ止まれ」
という切なる願い。
さらに階段の前。
寄り添いたい、他に誰もいらない。
上がるのも下りるのも、あなたと一緒に行きたい。
「時を止めて、あなたと2人きりになりたい」
……いや、ロマンチックかも。
わからんけど。
通勤しながら「鐘に布巻くな」と思った自分は、おそらくきっと、正しさだけを強要される社会に毒されている。
それぐらい、出勤前というのは異常な精神状況なのかもしれん。皆様、日々のお仕事お疲れ様です。
そもそも、僕がラクリマを好きになったきっかけは、もうほぼ30年前の中学生のころ。
Xが好きで、Xみたいなバンドを探してる最中、音楽雑誌で彼らの記事を見かけたのがきっかけだった。
「ハードロックを下地にしたメロディアスなサウンド。ハイトーンボイスのボーカルも冴え渡る実力派インディーズバンド」
そんな紹介だったと思う。
当時の僕は
「これはXみたいなバンドちゃうん!?」
と思って気になって仕方がなかった。
インディーズを扱っている徳島市内のCD屋まで汽車に乗って買いに行った。(汽車!!)
そして聴いてみる。
……あれ? 思っていたほど激しくない。
でも、なんか凄い。
曲が複雑。ギターが変(褒め言葉)。
音が凝っている。
メロディも綺麗。
中坊の僕はラクリマのインディーズのCDを聴いて
「難しい音楽が分かる俺……かっけえ」
みたいな気分に浸りまくりだった。
ヒタリマ・クリスティである。(黙れ)
そして、生まれて初めて生で見たバンドもラクリマ。
時は1998年。僕は中学3年生だった。
当時は野球部で、丸坊主。
そんな僕が、徳島の鷲敷で開催されていた無料の野外ライブフェス「エキサイティング・サマー・イン・ワジキ」に行った。
ここにラクリマが来ると知って、友達と一緒に、汽車(汽車)とバスを乗り継いで鷲敷まで行った。
他にもバンドがいくつか出ていた。
けど、トリに出てきたLa’cryma Christi が衝撃的過ぎてそれまでの記憶が吹っ飛んだ。
それぐらい凄かった。
生まれて初めて見たライブ、それまでも楽しいなー、って思いながら観てた。
でも彼らが出てきた瞬間、ぶっちぎりでカッコよかった。
特にギターのHIRO。
雑誌で見ていたアーティスト写真よりもメイクが濃く、生で見ると信じられないくらい細い。
その身体でギターを構え、弾き始める。
……上手い。死ぬほど上手い。
この日に出ていた他のギタリストと、レベルがまるっきり違ってた。
音を聴くだけで鳥肌が立った。
しかも、ただ上手いだけじゃない。弾いている佇まいそのものがカッコいい。
「なんじゃこの人……」
中学生の僕は、ただただ打ちのめされた。
その衝撃は、今でも心に鮮明に残っている。
そんなことを思い出しながら、もう一度「Ivory trees」を聴いた。
43歳になった今聴いても、やっぱりギターが凄まじい。
KOJIの厚いバッキングに、HIROの変態的なフレーズが絡む。
中学生だった僕が聴いていた音と、まったく同じ音だ。
もちろん、僕自身は変わった。
丸坊主で白球を追っていた中学生から、43歳のおっさんになった。
仕事に向かう朝の車内で、ハンドルを握りながらラクリマを聴いている。
でも、ギターのフレーズが鳴り響いた瞬間だけは、あの頃と同じように心の中で叫んでしまう。
「かっこいい!」
音楽って、不思議。
その音楽に出会った頃の自分を、いとも簡単に連れてきてくれる。
今朝はただ、ラクリマを聴きながら出社しただけだった。
それが気づけば、中学生の自分に会いに行く時間になっていた。
……まあ。
やっぱり「Ivory trees」はめちゃくちゃ良い曲、という長いだけのペラペラnoteでした。
P.S.
徳島では、鉄道のことを「汽車」と言います。
架線が無く電化されていないから、本当に電車じゃなくて「汽車」なんですが。
それをちゃんと汽車、と呼ぶのがなんとも律儀だなぁ、と思います。
