屋嘉
「ごめんけど、宮里さん呼んできて」
図面を覗き込む大城くんが、私に向かって手を上げた。
「え、どの宮里さん?」
沖縄ではよくある話だ、比嘉さん、大城さん、新垣さんが数名は当たり前。少しマイナーになって、仲村さん、喜屋武さん、新規名簿に安谷屋さんが二名いた時は何事かと思った。
「おじいじゃない方の宮里さんさ」
「それでも三人いるって」
「拓島鋼業の宮里さん」
「うーん、まだ二人」
「今日新規の下請けの、なんか怖い方さ」
「わかった」
大城くんは、目つきがとんでもなく鋭い方を指名してきた。勘弁してほしい、呼びに行くのは私なのだ。あくまでもこちらの主観だが、朝礼の時から触れるものを切り付けるオーラを放っていた。新規入場の書式を渡しても、無言で書いて提出してきた。声をかけるタイミングを誤ったら最後、たちどころに鉄筋でボコボコ、鉄の暴風、義務教育で習う沖縄の歴史。手は出なくても、あにひゃーよタックルスゾ(お前ぶち殺すぞ)、くらいは来るだろう。俯きがちの視線の先にある、横断歩道の白線を睨みながら、ぐじぐじと思いを巡らせた。ご指名の宮里さんは五百メートル離れた向こうの工区にいるから、ヘルメットを被って安全帯をしたまま、街中を歩いて移動せねばならない。五、六キロはある装備に追加して、この憂鬱さが足取りをさらに重くさせる。
足場の上で、金属を削るサンダーの音がしていた。なるべく気づいてもらえるように、わざと音を立てながら足場の階段を踏む。近づくと、音が止み、保護メガネが外された。サンダーの刃より鋭い視線が、こちらの目に光を射つ。
「すみません、大城が呼んでおりますので、ご足労いただけますか」
「はいよ」
「お姉ちゃんは、背いくつよ」
「一五〇ないくらいです」
「そっか、大変だな。遠くから交差点渡ってるの見て、こんな子、危ないから外に出しちゃいかんよーって思った。こんな、細身で小さいのに」
立ったところを見ると、身長は一八〇くらいあった。並んで話しながら歩くと、やけに声が遠いから、縁石に乗って歩いた。そういうの危ないから、とすぐに下された。話してみたら案外普通だな、と拍子抜けし、妄想が沖縄戦まで遠征していたこと自体が申し訳なくなり、拳を少しだけ強く握った。みぞおちに求心的な力がこもり、歩くのが遅くなる。気づけば、彼の作業着の背中に小さくあいた火花の焼け穴を数えるようにして、後ろをとぼとぼと歩いていた。早く、向こうの工区に着いてくれ、大城くんに引き渡したい。
「今日はあんまりよくない流れがきてるから、こういう時こそ気を張っとけよ」
現場ゲートを潜る直前に、急に不思議なことを言った。目線の奥、眉の下は、ひさしのように深く窪んでいた。驚いた拍子に、周囲を取り囲むジーワ(沖縄固有種のセミ)の鳴き声、サトウキビの風が何かに握られたようにフッと消える。消えたのは私の注意が彼の視線に集中したからではなくて、今、周囲の空気の湿度が変わったからだ。直後、足元のアスファルトが染まり、視界が雨で真っ白になった。鯉の池に餌を投げ入れた時のように、アスファルトに落ちた雨が無数の口を作る。このタイミングで、コンクリートミキサー車と資材運搬の大型ユニックが現場ゲート前に到着した。
「ミキサー車を先に入れて!即刻、受入試験開始で!搬送で三十五分は経ってるから!大城くんついて、そう、ありがとう!」
遠くの大城くんに向かって叫び、彼の笑顔とサムズアップを横目で見送る。後ろにはおおよそ八十本のアンカーを積んだ大型ユニックが控えていた。ここの工区の地形の関係で、大型ユニックはミキサー車の受入試験が終わるまでの二十分間、立ち往生することになってしまう。ヘルメットを脱いで運転台に謝罪をしに走った時、一瞬雨がひいた。
「おい待て、あの荷はなんだ」
雨と入れ替わりに、宮里さんの低い声が囁く。
「デー三十八、六百ミリのアンカーが八十本です」
「一本四キロってとこか、手でおろそうね。あの軽トラの荷台が使えるさ、お姉ちゃんはユニックの荷台に登れ。登れるか?」
私が返事をする代わりに、足元で雨を溜めたクワズイモの葉がお辞儀をした。いつの間にか我那覇さんも加わって、三人でアンカーを軽トラの荷台に移動させ、ブルーシートで乱暴に覆った。覆って資材置き場へ、と軽トラに乗った瞬間、温かい大粒のスコールが再開した。
雨は夜になると雷を伴って、その日の夜空は赤く光っていた。閉店間際のサンエーに駆け込むと、右側の有人レジに二人、左側の有人レジに一人の宮里が立っていた。同じ店に同じ名前が三人、沖縄なら十分にあり得る状態なのだ。
三人のうち一人は、当たりだ。当たりとはなんなのか、具体的には思いつかなかったがふとそう思った。
「はい、次の方どうぞ」
三人のうち一人が私に声をかける。当たりの人かもしれないから、とりわけ丁寧に、買い物カゴを差し出した。
