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登川

 内地(沖縄以外の日本の国土)に行く用事があるのに、前日までにお土産を買っていないことがある。空港で朝買えばいいだろう、と最初は思っていた。那覇空港の始発は土産物屋が動き始める時間より早く、いつも始発で沖縄を離れる私は、出発前にお土産を買うことができない。

 お土産、お土産、新垣ちんすこう、紅芋タルト、宮城のくんぺん、

 中途半端にものを考えて、何もしていない日のほうが、何かに熱中している時より疲れている。気持ちが手持ち無沙汰である。そんな状態で、今日も五時間の残業をした。

 疲れの原因はもう一つあった。今日の沖縄市は湿度が高く、曇っていた。そんな日はどうしたって動作が緩慢になるし、同じ長さでも時間の流れが遅く感じる。今日の工事現場はどんよりとし、地面を歩けば泳いでいるような感覚がしたし、足場の上に登ったら登ったで、左右の海から吹いてくる湿った気団にどっと押された。どういうわけか、気団に牛小屋の匂いが混ざっていることもある。
 空気を掻き分け、取引先の言い分を聞き分け、本当に本当に長い一日だったと思う。職人にもらった図面と、測量の結果をスキャンしようとしたら、複合機のスキャナ部分に紙が詰まって丁寧に蛇腹状になってしまった。湿気のせいである。

「あの、先なりましょうね(先に帰ります)」

 隣の席の島尻さんの声で、ハッとして時計を見る。もう少しで二十二時だ。
 今から那覇に帰って、国際通りに行こうにも、お土産屋が空いているはずはない。具志川のドンキホーテ?この疲れを抱えてあの大きな音と派手な照明に溢れた空間に入るのは、かなりの苦行だ。帰ることに集中しよう、最悪、お土産はなくて良い。
 蛇腹を伸ばして、なんとかスキャンしなおしたデータが鮮明に読み込まれていることを確認し、思い切って原本の紙は捨てた。私の机の上に、折れ目のついた紙はない。紙同士を重ねてもさらさらとすべる、今はそんな平らな紙しかない。その様子を見ながら、少しだけ勿体無いなと思いながら、エアコンの除湿機能を切った。
 手際よく事務所の鍵を閉め、駐車場まで歩いていると、嘉手納基地から二十二時を告げるファンファーレが聞こえた。昼間の残りだけどどうぞ、とでも言わんばかりに湿った風が吹き、バナナの葉を揺らした。バナナの影に隠れて壁で休んでいたヤモリが、わっと放射状に壁を登って、新たな影のもとへ退散する。嘉手納基地のファンファーレはまだ続いている。夜になっても全く引かない湿気の気団にやられながら、私はやっと、駐車場に着いた。

 那覇に向けて車を走らせながら、ミント黒糖ならサンエーに売っていたことを思い出す。お土産用じゃなくて、私がミント黒糖を食べたいのだ。こんな日は、アイスコーヒーを入れて、ミント黒糖。お土産にだって、ちんすこうや紅芋タルトを買っていくより、近所のスーパーに売っていたちょっとしたものを買っていく方が、通に見られるに違いない。

 お土産はミント黒糖でいい。

 サンエーに急いだ、二十三時には閉まってしまう。お菓子のコーナーなど普段はいかないのだか、今日はそこにまっしぐらだ。行って驚き、なんとここには「沖縄菓子」という陳列棚が設けられていたことに気づく。私の好きなミント黒糖はもちろん、新垣ちんすこう、紅芋タルト、スッパイマン、亀せんべいまで、お土産コーナーといってもいいほどに沖縄県産菓子が顔を揃えていた。

 ミント黒糖だけでいいのか。

 一応、内地の支店を訪問する事を思い出し、黄色い包み紙で丁寧に梱包された新垣ちんすこうの大箱も選んだ。ミント黒糖は二袋、私のアイスコーヒーのお供用と、いやらしい言い方をすれば、支店で通な私を演出する用だ。
 ほとんどオートマチックにレジに並び、ポイントカードを差し出したところで店員に、あの、と声をかけられる。よく見たら私が彼女に差し出していたのは、自動車学校の会員証だった。極限に疲れた状態で遠目で見たら、裏面のデザインがサンエーカードによく似ていなくもない。新人らしいその店員は、マスクの上からでもわかるほど遠慮なく笑っていた。私だって笑いたい。サンエーカードを出し直し、支払いを済ませたところで再び、あの、と声をかけられる。なんと、レシートが機械の中に詰まって、丁寧に蛇腹状になってしまった。これも湿気のせいだ。そろそろ、笑いを堪えきれない。
 後ろに立っていた教育係らしい店員が、レシートを出し直し、すみません、と言いながら渡してきたが、普段は笑わないその彼も、マスクの上からわかるほど笑っていた。後ろを振り返れば、隣のレジに立つ年配の男性店員ももちろんマスクの上からわかるほど笑っており、お疲れ様です、と私に声をかけた。本当に疲れたよ、湿気のせいだ。

 不思議なことに、サンエーを出たら何がそんなに笑えたのか思い出せなかった。蛇腹折のレシートは確かに遠くから見たら可愛いし、面白いが。

 湿度の中を泳ぐように大股で歩きながら帰宅し、キッチンで濃いめのコーヒーを入れ、氷を入れ、ミント黒糖の袋と一緒にベランダへ向かった。アルミサッシに腰掛け、作業着のスボンの裾をまくり、ベランダに敷いたすのこに足を投げ出す。夜空を見ても、曇りの夜空は街の灯りを反射して少し赤いし、なんなら電線が思い切り横切っていて美しい風景ではなかった。

 ミント黒糖を口に含んで、少しほどけたところでアイスコーヒーで流し込む。もう一度夜空を見上げても、曇った赤みの夜空に電線が絡まっている。

わちゃわちゃ。まるで蛇腹になったレシートのようで、全く統制が取れていない。なんだか可愛くて、サンエーを出た時に笑わなかった分、思い切り笑った。二十三時だけど、声を出して外で笑った。

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