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夫婦そろって高卒。それでも子ども二人が慶應に行った。




夫婦そろって高卒です。

勉強が得意だったわけでもありません。
教育に詳しかったわけでもない。

そんな私たち夫婦の子ども二人が、結果的に二人とも慶應義塾大学へ進みました。

「どうやって育てたんですか?」

そう聞かれることがあります。

でも、私たちは最初から、子どもを慶應に入れようと思っていたわけではありません。

特別な教育法があったわけでもない。
子どもに勉強を教えられる親でもありませんでした。

ただ、娘と息子を育てた二十数年間。

悩んで、怒って、失敗して、夫婦で意見がぶつかって。

その時その時、親としてできることを考えてきました。

娘は、2歳の頃から不思議な子だった

娘が2歳の頃、

「ママとパパを見つけたの」

と言ったことがあります。

生まれる前の記憶なのか。
2歳の子どもの想像なのか。

今となってはわかりません。

でも、その言葉は今でも覚えています。

そんな娘も成長し、少しずつ私から離れていきました。

「ママ、一緒に行こう」

と言っていた子が、いつの間にか、自分の世界を持つようになった。

中学生になれば、親の知らない友達や学校の世界ができる。

反抗期には、本気で腹を立てたこともあります。

「家族のためなんだからしょうがないじゃん」

そう言われて、カチンときた日もありました。

そして20年以上たった今。

娘は、20年間使った机を家に残して、本当に家を出ていきました。

今は、自分の酒場を持つ夢に向かっています。

娘のことは、こちらに書いています。

「ママとパパを見つけたの」2歳の娘が話した、生まれる前の記憶

「ママ、一緒に行こう」と言わなくなった娘

「家族のためなんだからしょうがないじゃん」と娘は言った

娘が本当に家を出た日。ぽつんと残された20年の机

息子は「一生ママと一緒に生きたい」と言った

息子は幼稚園の頃、

「僕は一生、ママと一緒に生きたいんだ!」

と言いました。

その言葉を聞いた私は、本気でそう思ってくれているんだと思っていました。

ところが、成長すると息子も少しずつ変わっていきました。

小学校に入ると、

「今日はママ、おうちで待っていて」

と言うようになった。

そして高校生になり、大学受験を迎えた頃。

家ではリビングに寝転んで、スマホを見ている。

私は、

「大丈夫なの?」

と心配していました。

ところが、実際には学校帰りに塾へ行き、そこで勉強していた。

しかも息子は、自分なりに受験について調べていました。

受験科目を調べ、
どの科目が有利なのかを考え、
大学ごとの入試方法まで調べていた。

私が心配している横で、息子は息子なりに、自分の受験を考えていたのです。

娘は、とにかく勉強するタイプ。

息子は、自分に有利な方法を考えるタイプ。

同じ家で育った二人でも、こんなに違いました。

息子のことは、こちらに書いています。

「僕は一生ママと一緒に生きたい」と言った息子

「大丈夫なの?」スマホばかり見ていた息子。実は、私よりずっと策士だった

二人とも慶應へ

娘も息子も、最初から「慶應に行く子」だったわけではありません。

私たち夫婦も、

「こう育てれば慶應に入れる」

という方法を知っていたわけではありません。

二人とも、それぞれのやり方で勉強し、それぞれの道を進み、結果的に慶應へ進みました。

だから今でも、

「どうして二人とも慶應に行けたんだろう」

と聞かれると、私はうまく答えられません。

親が何か特別なことをしたから、とは思っていません。

ただ、二人の子どもを育てる中で、その時々で悩みながら、親としてできることをやってきただけです。

ゲームをどうするか。

勉強をどうするか。

スマホをどうするか。

親子でぶつかることもありました。

夫婦で意見が違うこともありました。

我が家にゲーム機を置かなかった理由

子どもは、いつか親の手を離れていく

子どもが小さい頃は、20年後のことなんて考えていませんでした。

毎日を回すことに必死でした。

泣いたり、笑ったり。

勉強のことで心配したり。

反抗期の娘に腹を立てたり。

息子の受験に「大丈夫なの?」と不安になったり。

その一つ一つは、その時には大きな問題でした。

でも、20年以上たって振り返ると、それら全部が子どもたちの成長の途中にあった出来事でした。

そして今。

娘も息子も、それぞれ自分の人生を歩いています。

二人とも慶應に行ったことは、もちろん嬉しい。

でも今の私が一番強く感じるのは、

ちゃんと親の手を離れていったんだな。

ということです。

夫婦そろって高卒。

教育の専門家でもない私たちが、二人の子どもを育てました。

慶應に行くまでの話だけではありません。

そのずっと前から始まって、子どもたちが少しずつ親の手を離れていくまでの、我が家の二十数年の話です。

このnoteには、その時々の出来事を書いています。

子どもを育てているときは、何が正解なのかわかりませんでした。

今でも、わかりません。

ただ、二十数年たった今だからこそ、

「あの時のあれが、今につながっているのかもしれない」

と思うことがあります。

そんな我が家の話を、少しずつ書いています。

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