僕はこうしてオタクになった ①
「生駒里奈が好き」
小学生の頃、こんなことを言っていた同級生がいた。
正直、当時の僕はアイドルが好きなやつなんて気持ちが悪いと思っていた。
僕が小学生の頃、AKB48が社会現象となっていた。
僕のクラスでは誰だって前田敦子や大島優子を知っていたし、運動会では「恋するフォーチュンクッキー」を、ボンボンを振りながら踊った記憶がある。
選抜総選挙やじゃんけん大会、AKBINGO!も見ていたし、友達とも「AKBで誰が好きか」という話題だけで、片道1時間近くかかる長い通学路を歩き終えてしまった時もあった。
とはいえ、実際にライブに行きたいとか握手会に行きたいとか、いわゆる「オタ活」をするというモチベーションはなかった。というよりも、そもそもオタクに対して偏見を持っていたというのが正しいかもしれない。
だって、学校終わりは友達と公園で遊んだりDSでポケモンをしたり、習い事のサッカーなり野球なりテニスなりピアノなりを全力でやるのが当時の小学生の”当たり前”であると思っていたし、僕もその”当たり前の小学生”としての日常に満足していた。
時は経ち、高校の入学式。
午後から学校に車で親と向かうという非日常感。
体育館には既にたくさんの人がいて、きれいに整列されたパイプ椅子は、黒い制服で敷き詰められていた。
僕は自分の出席番号と座席表を確認し、席に着いた。左側は通路で右の席には綺麗な髪の長い女の子が座っていた。
その子とは同じクラスで、教室では僕の前の席だった。
「西野七瀬、好きなんだよねぇ。」
高校生活初めての夏休みまで、いよいよ2週間。
お弁当を食べながらモンストをしていると、前の席の女の子が話しかけてきた。
「へえ。そうなんだ。可愛いよね。」
と、僕が答えると、その女の子はそれから毎日のように西野七瀬について語り始めてきた。
「あのライブの映像今度YouTubeで観てよ」とか、
「ノギチュウ観て!」とか、
「夏休みゼンツ行くんだぁ」とか。
僕のクラスの担任は、席替えを一切しない人だったので、2年のクラス替えまでこの女の子による、いわゆる ”布教” ってやつが、夏も秋も冬も、僕に対して施されることになった。
悪い気はしなかった。
誰かがあれだけ夢中になっているものを毎日目の前で見せられるのは、単純に面白かったと思う。
ただそれは、他人の熱を眺めているだけの面白さで、自分がそちら側に行く想像はまるでつかなかった。
教室の外には部活があって、家に帰ればゲームがあった。それだけで僕は十分だった。
2年生になって彼女とはクラスが離れ、話すこともなくなった。
結局、西野七瀬が卒業したことも、僕はすいぶん後になるまで知らなかった。
「アシュリン可愛いよなぁ」
居酒屋を2ヶ月で辞め、マックを1ヶ月で辞め、新しく入ったカラオケバイトの初日。
大学4年生で僕の教育係をしてくれることになった先輩が、厨房でたばこを吸いながら、僕に聞こえるように、つぶやいた。
「アシュリン…..?って、なんですか?」
僕に返答を求めるようなわざとらしい独り言は、正直ウザいなと思ったが、人見知りな僕でも最低限のコミュニケーション能力は備わっていたらしい。
「お前アシュリン知らないのかよ!ほら、いま有線放送で流れてるじゃん。Sing Out!。アシュリンがセンターなんだよ。いやぁ。まじでかわいいんだよねぇ。なんかそのさ、ダンスもさ、線で踊る感じというかさ…」
と、その先輩はしばらくその「アシュリン」というものを熱弁していたが僕はまるで興味がなかった。
それよりも、思いのほかバイトが暇だし、バイトメンバーも少なかったので、これからこの人とシフトが被る度にこの熱量で長時間話をされると思うと憂鬱でたまらなかった。
「お前さ、趣味。ないのかよ?」
趣味。
大学に入って、人と関わる機会が増え、この話題になることは必然と多くなったが、僕はこの話題にはとても困った。
小中高とサッカーをしていたが今は一切やっていないし、ゲームだってモバイルゲームを少しやる程度だし、読書や映画も人並みにはするけれど、人並み程度。
そもそもこれまでの人生で、胸を張って趣味と答えられるものはなかった。
「ないですね。」
そう、いつもこの会話はこれで終わる。世間でいう、「つまらないやつ」とは僕のことだ。
正直、何かに熱中できる人はすごいと思ったし、うらやましかった。「アイドルオタク」ももちろん例外ではない。
ただでさえコロナ禍の影響があるのに、加えて大学生である。
本当に毎日暇でしょうがない。かといってこれといってやりたいこともないし、やる気力も湧かない。
まさに怠惰な日常を過ごしていると思う。
「お前さ、今日バイト終わり空いてる? 飯おごるからさ、ちょっと付き合ってよ。」
しまった。どういうつもりで今の会話で僕を遊びに誘う気になるんだ。
僕はこういう誘いを非常に億劫に感じてしまうタチで、大学でもこのような社交辞令的な誘いを断り続けてきた結果、見事に孤立してしまっている。
ただこれは僕が望んだことであり、義務教育機関や高校と違って、教室というムラに属さなくても、大学では不自由なく過ごせると知っていたからだ。
さて、どうやって断ろうか。とりあえず間を繋ごうと濁した返事を繰り返すことにした。
「彼女でもいるのか?」
「いないです。」
「友達と予定でもあるのか?」
「いやぁ…」
「じゃあ、決まりだな。まあ、飯おごるし。そんな遅くまで付き合わせないよ。少しだけ。いいでしょ?」
「まあ...はい。」
しょうがない。圧に押されてしまったが、ご飯を奢ってくれるし、良好な関係を心掛けた方がバイトもやりやすそうだし、まあいっか。と、なんとか自分をなだめた。
いま思えば、あのとき断らなかったことが、僕の人生の中でも数少ない良い選択肢だったと思う。
②につづく。
