言葉と感性はつながっている
言葉を紡ぐ大切さを、ひしひし感じる。
どんなに一緒に過ごしていても、言葉が伝え合う事をやめてしまった時、本当の事は分からない。
感情を言葉にする難しさ
私、感情を言葉にすることって、結構苦手な方なんです。
なので、こっそりめちゃ特訓しました。
だからこそ自己愛に対する自分の評価の認識が上がったのもある。
どんな風に苦手かっていうと、例えば...
映画を見て泣いたり驚いたり
突発的なことが起こったり
サプライズしてもらったり
...のその瞬間は感情を味わうので、手一杯になって、言語化の処理まで追いつきません。
時間が経つと、言語化できるけれど、その瞬間は、言語化が難しくて、辿々しい返答をし始めます🤣
(あわわ...ってなるw)
子どもも、こんな感じよね。
言葉と心の連動性
人が傷つく瞬間、特に子どもの時は
『言語化が出来ないが故に』
人から誤解を受けたり、伝わらなかったり【自分を分かってもらえなかった】という、感覚になることがある。
『分かってもらえないなら、
もうしゃべんないもーーーん!!!』って思って心を閉ざす。
ちなみに、感性をも閉ざす。
『私の感覚は間違ってるのかもなあ〜』って無視し始めちゃう。
『ワクワクしよう!』という言葉は増えた。
それと同時に潜むのは、ワクワクした衝動を伝えたくて伝えた言葉が理解されないとき。
例えば、子どもが
『川辺で拾ったお気に入りの石の感動』
...を誰かに伝えたかったけれど、
大人から見たら、ただの石になる。
同じ言語を話していても、意外にも日常に感性を閉ざす瞬間は潜んでいる。
1つひとつ、呟いてみる。
最近私の中を掘っていたら
自分を分かってもらえなかった瞬間
=【言語化出来ずに伝わらなかった時】
これがとーーっても多かったの。
だから
『なんか分からないけど、モヤモヤする...
だけどそれが何故かが分からない。』
『過去を遡ろうと思っても
何も思い浮かばないけどなんか悲しい。』 って人はたぶん感じる量が、とっても多いから。
ちょっとずつ、ちょっとずつ
嬉しかった。楽しかった。
寂しかった。面白かった。
ジーンとした。フワッとしてた。軽い感じ。
暑かった。寒かった。
1つずつ言葉にしてみると良いのかも。
抽象的なボンヤリとした表現も温度も全て、感覚を表現した立派な言葉。
思ったことは、
口に出す出さない置いておいて
一旦、言葉にしてみる。
理由がわかればモヤモヤは晴れるから☀️
そしたら、自分で自分を受けとめる器ができてちょっとホッとする。
上手く言わなくても大丈夫。自分の中から湧き出てきたことだから、自分の言葉を抱きしめてあげよう。
自己愛がないワケじゃない。
自分で自分を、自分自身の感性を、分かってあげる手段は『言葉にすること』
言葉にして、自分を受けとめる感性が強くなるほどに、学びも気づきも増えていくから
自分を認めていくことができる。
だからね、自己愛がないんじゃないの。
あるけれども気づいてなかっただけ。
拾っていけば、いっぱいになる!
自分を言葉で受け止めた時、この世界は鏡だから共感者は自ずと増えるよ。
自分の言葉を拾っていこう。
