徒然BLUEなるままに──余白メモvol.33|思考は現実化する
カランコロン、カラン。
朝の通勤電車。
ぼくの手元から、
ワイヤレスイヤフォンが
ひとつ転がり落ちた。
隣に立つ人の足元を
器用にすり抜け、向こう側へ。
電車の床と、ぼくの耳とのあわいにあった
位置エネルギーをすべて使い切った彼女は、
「ここまでおいで。」
そう言いたげに、床の上でこちらを見ていた。
幸い、車内はそれほど混んでいない。
「すみません。」
隣の人に一言かけると、
双子の片割れを無事に
拾い上げることができた。
ほっとした。
……でも、その少し前から、
妙な予感がしていた。
耳からイヤフォンを外し、
ケースへ戻そうとした瞬間。
乾いた指先の感触が伝えてきた。
「あっ、これ、滑るかもしれない。」
ほんの一瞬、そう思った。
そして、その一瞬のあとに現実は続いた。
案の定、彼女はキャッキャッと笑うように、
ぼくの手をすり抜けていった。
見た目は小さく、
どこか頼りなさそうなのに、
この子は案外たくましい。
ぼくより体は丈夫らしい。
かすり傷ひとつなく、
またぼくの手の中へ戻ってきた。
そのとき、ふと思い出した言葉がある。
「思考は現実化する。」
ナポレオン・ヒルの有名な一冊。
昔読んだ記憶があり、
あとで調べてみると、
日本で広く読まれていた、
あの深緑色の表紙の版は、
出版社の事業停止に伴って絶版になっていた。
本は姿を消しても、
言葉だけは残っている。
もちろん、
イヤフォンが落ちたのは、
思ったからではない。
指先が乾いていて、
滑りやすい条件が
そろっていただけなのだろう。
それでも、人は不思議だ。
「落ちるかも。」
その一瞬の思考は、
現実になったという記憶だけを、
強く心に残してしまう。
逆に、
何百回も何事もなくケースへ戻せた日は、
ほとんど覚えていない。
思考が現実をつくるというより、
思考が、現実の見え方をつくっている。
そんな気もする。
もしそうなら、
「うまくいくかも。」
「今日もいい一日になるかも。」
そんな予感も、
現実を少しだけ違う色に
染めてくれるのかもしれない。
朝の電車で転がった小さなイヤフォンは、
そんなことを、
カランコロンという音と一緒に教えてくれた。
《A Drop Remains.💧》
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