被爆者のおばあちゃんの話③~ヒロシマのあの日~
前回の記事の続きです。これらを読んでからこの記事を読んでくれると理解深まります。
この記事では私のおばあちゃんの被爆体験について書いてみます。先に了承しておいてほしいのが、もう80年前の話なので、おばあちゃんも正確な記憶がない部分があって、間違ってるところもあるかもしれません。それでもおばちゃんの話してくれた言葉を大切にして、話してくれたそのままをお届けします。
読むのがつらくなっちゃったり、痛くなったら、読むの一旦やめてもいいし、ご自身のペースに任せます👍
おはようございます、こんにちは、こんばんは、ごゆっくりどうぞ~
被爆後の生活②~中学・高校~
小5だったおばあちゃんも小6にあがると、トラホーム(クラミジア・トラコマティスという菌による慢性的結膜炎)を発症。瞼の裏にぶつぶつがたくさんできていたのに自分では全く気付いていなかったが、周りの人が気づいてくれて手術することに。今の病院みたいにベッドはないから、自宅の布団に寝っ転がって手術したそう…!?
そのあと、中学校・高校は安田女子中学高等学校に進学。おばあちゃんが最初に使っていた校舎は今の白島キャンパスではなかったらしい。
(ちなみにこのキャンパスの近くに工兵橋という橋があります。名前の由来を知りたい場合はこちらを参考に。)
最初は3階建て、全部つつぬけの元軍隊学校の校舎を使っていたそう。ある時、ある女の子が「男の人の声がした!!!」って叫ぶとみんなが「きゃー!!」って言って全員校舎の外に出たことがあったそうだけど、結局男の人がいたのかどうかは今でもわからないらしい笑笑。あとはからたちの木がいっぱいあったのを覚えてるらしい。
(ちなみに安田女子中学高等学校も被爆しています。参考までに)
おばあちゃんが覚えてるのは先生の記憶が多かった。
安田リヨウ先生(安田中学高等学校設立者)は威厳がある女性で、クラスが始まる前にペラペラしゃべっていると「瓶の水がべちゃべちゃいうのは、中身が足りないから(=中学生がべちゃべちゃ喋るのは、人間として中身が足りないから)」と黒板に記したそうです。結構ウィットに富んだジョークですね笑
安田みのる先生(多分リヨウ先生の息子さん)は英語の先生だったようですが、まぁそれはそれは発音の悪い先生で何を言っているのかすら分からなかったらしい。でもソフトボール部を熱心に指導されたようで全国制覇までしたそう。
安田じょう先生(この人も多分リヨウ先生の息子さん)は理事長さんだったのでほとんどあったことがなく、記憶もほとんどないそう。
他にも寮があって島とか県外から来てる人も多かったらしい。ちなみにおばあちゃんは舟越から通っていたので、広島駅に着いたら校舎まで歩きだったそう。結構遠いよぉ…
朝、学校に行くと上級生のお姉さんたちが風紀管理といって、前髪の長さやら、制服の身だしなみやらそれはそれは厳しく指導されたそう。ちょっと年齢が上なだけなのにちゃーちゃー言いよって…と思ったこともしばしば笑。
被爆後の生活③~社会人から現在まで~
高校卒業後はすぐ就職。そこでおじいちゃんと知り合って結婚。結婚した理由はとにかくまじめで誠実な人間だったからとのこと。一度だけ女遊びとかをしないのはなぜ?って聞いたことがあったらしくて、「それをすれば悲しむ人(=おばあちゃん)がいるから」と即答したそう。いい人間やなぁ。
被爆者同士の結婚だったから差別も特になかったけど、弟はちょっと大変だったらしい。新潟出身の人と結婚したから、家族が特に抵抗があって、お嫁さんが説得して結婚。子供はできなかったけど(原爆が理由かどうかはわかりません)、幸せに暮らしてる。
そのあと、原爆手帳の制度ができて、承認に被爆を証明してもらい、昭和55年に交付。毎月3万7千900円もらってるそう。
最近はジェネリック医薬品は医療費全額負担してもらえるけど、先発医薬品は3割負担になってちょっといややな~って話してた。このお金の文句言われるの税理士でも金融庁でもなく薬剤師なんだろうなぁと思うと、薬剤師ちょっとかわいそう…と勝手に思った。
(ちなみにお金とか制度的なことでいうと、被爆2世も限定期間中のみ健康診断をほぼ無料で受けれます)
終わりに
いかがでしたでしょうか。
頭を抱えながら「もうあれから80年も生きさしてもらっとんかぁ」と言うおばあちゃんの姿。
今被爆者の数も10万人を切り、あと10年で被爆者の生の体験は聞けなくなると言われています。それを新聞で読んだおばあちゃんが、今回私に人生で初めて被爆の話を語ってくれました。伝えておかなければいけない、でも思い出したくない。他の被爆者はケガや大層なトラウマを負ったのに、自分は傷一つない。そんな葛藤と戦ってくれたおばあちゃんのおかげでこの記事も書けました。
商業利用さえしなければ、このお話を平和公園のガイドとか、平和関連のイベントなどで活用いただいて構いません。でもおばあちゃんの勇気と誠意を絶対に無駄にしないでください。
おばあちゃんは今も現役で家業を手伝っています。最近、放射線の影響か、原因不明の白い斑が手に出ています。あとおばあちゃんとどのくらい話せるかもわからないので、時間を本当に大切に使いたいと思います。
それではまた!
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