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8月15日は「加害の日」と改めたほうがいい

(2026年08月17日稿)

日本国民のほとんどが被害者意識に全身全霊をからめとられてうめき、嘆き、怨み、泣く、大規模な集合的忘却症候群の終戦記念日がまたやって来て過ぎた。

日本国民は例年この時期、酸鼻を極めた広島と長崎への原爆投下、凄惨な沖縄戦、そして東京大空襲 等々と被害の歴史をこれでもかと語り互いに傷をなめ合う。

そして仕上げに8月15日、被害者意識全開モードの妄想ナショナリズムに抱かれながら、あたかも心神恍惚状態で過ごす。

日本国民は先の大戦の被害者であるからそれらの動きは当然だ。

だが日本国民はそうすることで、先の大戦では自らの国が獰猛な加害者だった事実をきれいさっぱり忘れる。

日本人は歴史修正主義者の高市政権と彼女の支持者が大きな力を持つ今こそ、あらためて加害の歴史を確認し、胸に深く刻み、反省し、謝罪を拒むネトウヨや極右カルト勢力の蛮声に抗いさらに声を大にして、至誠を込めて謝罪をし子供たちに加害責任を教え込まなければならない。

それでなければ欺瞞と嘘で固められた「安倍の金魚のフン高市主義」がさらに席巻して、日本は戦前回帰をすることが実際に起こり得る。戦前回帰の行き着く先には言うまでもなく戦争がある。

その戦争とは核戦争である。日本は再び焦土となるが、それは広島長崎の惨劇が全国に出現するほどの阿鼻叫喚地獄になることが確実だ。

先の大戦後、日本は焦土の中から奇跡の復活を遂げた。国土が回復可能なレベルの破壊であり国民が生き残ったからだ。

将来、広島長崎をはるかに凌駕する威力の核が炸裂した後の日本の国土は、回復不可能で国民は全て死に絶えている可能性がある。

だが万が一、たとえ1945年8月15日時点よりも事態が深刻で国民もさらに傷ついているとしても、国として再生が可能なら日本はその時こそ戦争総括を徹底して、民主主義と自由と平等と博愛と寛容が国の隅々にまでしみ込んだ、理想の国家に生まれ変われる可能性がある。

将来のその時も、また今このときも、戦争総括の第一は昭和天皇の仕置きである。

彼は先の大戦の戦犯であり総責任者だ。昭和天皇は飾り物で、真の罪人は彼を取り巻く権力者集団すなわち輔弼者、というのは昭和天皇を断罪しないことと同じ程度の巨大な欺瞞である。

輔弼者は天皇の裁可がなければ何事も決定推進できなかった。それだけでも昭和天皇の責任は明らかだ。のみなならず昭和天皇は「大元帥」として権力組織の頂点に君臨し情報を把握。それに基づく発言を行って軍事にもコミットメントしていた。

戦時のすべての重要な軍事作戦は、大元帥である天皇が臨席し命令(奉勅命令)として発せられた。天皇は単に書類を承認するだけの形式上の存在ではなく、天皇自身が作戦内容を熟知し、許可を与えていたのだ。

また1943年以降は天皇は、戦況が悪化すると参謀総長らの幹部に「なぜ勝てないのか」「早く一撃を加えよ」と激しく迫ったりもした。

大元帥たる天皇からのその強いプレッシャーが、インパール作戦や各種特攻作戦など軍部による無理な攻勢や逆に遅延につながった。

さらに1941年12月の対米英開戦を最終決定した「御前会議」では昭和天皇は、それを拒絶せず最終的に開戦の国策を承認した。それだけに留まらない。

1945年2月、元首相の近衛文麿が「すでに敗戦は必至であり、一刻も早く戦争を終結させるべき」と昭和天皇に上奏した。だが天皇ヒロヒトは「もう一度、どこかで戦果を上げてからでなければ(有利な条件での和平交渉は)難しい」という趣旨の返答をし、これを退けた。

その結果、沖縄戦や広島・長崎への原爆投下、ソ連参戦による多くの犠牲者を出す前に、戦争を止める機会を逃した

参謀本部と軍令部による御前会議での決定事項などの作戦計画を、昭和天皇が自身の本心とは異なっていても拒否せずに承認せざるを得ない立場にあった、といういわゆる 受動的な裁可も立派な罪だ。

なぜならとにもかくにも彼はそこにいて、軍人や側近と共に日本の行く道を逐一決め、実行に移していたからだ。にもかかわらず、軍人や側近だけが有罪で天皇は無罪というのは、欺瞞の極みであり虚偽の要塞だ。

また敗戦後、マッカーサーとの会見での「全責任を負う」という発言は、美談として語られる一方で、「自らの地位つまり皇位と皇室を守るための、占領軍に対する高度な政治的自己演出だったという冷厳な見方も存在する。

それとは別に宮内省の側近たちは、昭和天皇が戦犯として訴追されないよう、占領軍(GHQ)に対して綿密な根回しを行った。

「天皇は軍部に騙されていた」「立憲君主だから拒否できなかった」というストーリー、いわゆる「だまされ論」を意図的に構築し、東条英機らにすべての罪を被せる形で天皇の免責を勝ち取ったのだ。

日独伊3国同盟の首謀者のうちムッソリーニは、民衆に処刑され遺体は広場に逆さ吊りにされて晒し物になった。それを知ったヒトラーは自らの運命を悟って自害した。

片や同じ立ち場の昭和天皇は、マッカーサーに取り入り上手く死を逃れてのうのうと生き延び、畳の上で死んだ。

昭和天皇の大罪は死しても消えない。日本国民はけじめと再生のために彼を処罰して、明治維新から終戦までの天皇制ファシズムを徹底総括し完全に否定するべきだ。

言うまでもなくそれは国民的合意よって為されなければならない。

それと同時に日本は、15年戦争期の巨大な加害の歴史と戦争責任を意識し続け謝罪して、生まれ変わるべきだ。

その際には天皇制の是非についても国民的議論を喚起して自己決定をする。

昭和天皇の大科を処断した上で、贖罪行脚を敢行した平成の天皇(上皇)の真摯と赤心を評価し、現天皇の思惑を勘案しながら制度存続か否かを決める。

天皇は彼が天皇、つまり何者であるかが問題ではなく、彼が何をするかだけが問題だ。

昭和天皇は戦争遂行と責任故に― むろん象徴的だが ―過去の神格化を排し歴史の真実を白日の下に晒す意味で断罪。

平成の天皇(上皇)は父親の罪を背負って贖罪に生きたことで高く評価されるべきだ。

片や現天皇はまだ何もしていない。海のものとも山のものともつかない。

彼は悪の二重奏の高市・麻生が詭計して国会で成立したばかりの、愛子天皇否定の「改正皇室典範」 に異を唱え、聞き入れられなければ究極には退位する、という意志表示をするべきだ。

そうすれば彼は国民の圧倒的支持を得る可能性が高い。

天皇のその行動が憲法違反か否かはこの際は問題ではない。主権者たる国民の圧倒的な支持があれば、高市-麻生ラインの方が憲法とは無関係に悪と見做されて制裁を受ける事もある得る。

もしそうなれば現天皇は一気に昭和天皇の不徳を帳消しにし、仁君とも呼ばれるべき父上皇をも凌駕する英主と見做されるに違いない。

最後にわれわれ国民は、8月15日のみならず常に、高市早苗首相が一体何をしたいのかと問い続け監視し続けなければならない。

彼女がやろうとしていることは

1日本を守る

2.戦争をする

3.日本会議他の極右カルトを満足させる/させたい

4.中国を潰す

5.天皇制ファシズムの確立

など。

それらは全て高市首相の本音である。つまり彼女は「日本を守る」ために、やってはならないことを次々にしでかす危険きわまりない存在なのである。

















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