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丁寧じゃない暮らしの歳時記〜白露

仕事を辞めてまたプータローの生活にどっぷり浸かり、はや半月が過ぎようとしてる。
また残り少ない人生を無駄にしてしまった。
いつのまにか蝉の声も聞こえなくなり、耳を澄ますと蝉とは打って変わって優しくて儚げな秋の虫の声が聞こえる。
毎年“ラスト蝉”の声を残しておきたいと思うけれど“ファースト蝉”と違って、ぼんやりした自分にはこれがラストなのかどうかわからぬまま秋がやってくる。

あ、もう秋ってことでいいですよね?まだ半袖着てるけど。
巷ではオシャレさんがとっくに秋のファッションを楽しんでいるのだろうけど、引きこもってるから季節感がよくわかんない。

いつも失職すると陥る感覚が今回もまた巡って来ている。
自分にできることはもうなにもないのではないか、という自己否定感。
これまでも何度もそんなときがあり、その度に映画を見たり本を読んだりして奮い立たせて来たけれど、今回はもうなんか疲れちゃった。

そんな心持ちなので、自由な時間でやりたいことを楽しむなんてことは己の罪悪感が許すはずもなく、身の置きどころがわからない様な感覚のまま、次々流れるどーでもいい動画をぼんやり見て買いに行くこともない新商品情報を無駄にゲットしたり、急に思いたって見始めたこれまたエンドレスで流れてくる「ちいかわ」にふふふと笑ったりドン引きしたり、真夏のサービスエリアのソフトクリームの様に時間がどんどん溶けていく。

ちいかわは偉い。
涙を流しながら討伐に行き、草むしり検定試験に何度も挑戦して一生懸命稼いで、そのお金を自分と友達のために使って、幸せとは何かをちゃんと知ってる。
ぼんやりしている自分が置いてけぼりになっている気がする。

今なぜ「白露」というテーマでこれを書いているかというとnoteさんからご提案があったからだ。
なんだっけ白露って、たしか季節のなんかだ⋯あれ?違う?和菓子の名前だっけ?くらいの知識の浅さ。
日々ゆとりを持って自然や季節を感じながら生きていれば自ずと身につく知識が、私には欠けている。

季節ごとに花を飾り、前もって衣替えをし、食卓の器を変えて旬の食材を使った手料理を並べ、時には親しい方にご挨拶の葉書などしたため⋯
やったことがないもんだから「丁寧な暮らし」を想像すると、こんなありきたりのことしか思い浮かばないけれど憧れはする。
できる人は呼吸をする様にやっているのだろうけど。

まず「白露」を知ろう。
夜中に大気が冷えて草木に朝露がやどり、それが白く輝いて見えるころ。
秋の訪れを表す二十四節気のひとつ。
9月7日8日あたりから始まり、次の節気の「秋分」の前日9月22〜23日まで続く。

風流だなあ。
一粒の朝露が人生を豊かにしてくれるということは大いにわかる。
ただその風景をじっくり味わうことが、朝寝坊の自分にはできないってことだ。

例えば私が秋を感じるとしたら、鯖の模様になった雲を見て美味しそうと感じるとか、玄関前に立ち並ぶ金木犀の香りに閉口するとか、スーパーで栗のお菓子コーナーができてて嬉しいとか、そんな程度だ。

それでも空を見上げて雲の写真を撮れればなんとなく幸せだし、今日しか、いや今この一瞬しか出会えない雲に刹那を感じるくらいのゆとりはある。
これをゆとりと言っても許していただけるのなら⋯

明日は友と「ちいかわ」の映画を観に行く約束をした。
これも幸せ。
ちっとも丁寧じゃないけれど、私なりの幸せを探しながらの暮らしはまだまだ続く。
幸せのために、ちいかわのように稼がなきゃなあ。
シルバー人材センターの草むしりでも行こうかなあ。
今ならまだ白露にも出会えるかもしれない。


白露という名の
和菓子が
本当にあるような気がする
今度調べてみよう
どうしても興味の方向が
食の方へ傾く



#白露










 


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