プロ野球・私設応援団と暴力団 入場券の転売(ダフ屋行為)や、応援旗を立てる「場所取り」による一般客への威圧:ダフ屋とホームレスの列
「平成事件史の舞台裏」、日本のプロ野球界から暴力団の影響を排除するために命懸けで戦った、2人の男(熊﨑勝彦氏と猪狩俊郎氏)の足跡
1. 舞台となった「野球界の闇」
かつてのプロ野球、特に昭和から平成初期にかけては、私設応援団と暴力団が密接に結びついていました。
応援団の幹部が暴力団組員であるケース。
入場券の転売(ダフ屋行為)や、応援旗を立てる「場所取り」による一般客への威圧。
球場内でのグッズ販売や飲食利権への介入。
これらは単なるガラの悪さだけでなく、暴力団の巨大な資金源となっていました。
2. 挑んだ2人の「最強の法曹」
この状況を打開するために動いたのが、検察出身の2人でした。
熊﨑勝彦(通称:クマさん):元東京地検特捜部長。後に第13代プロ野球コミッショナー。「特捜のエース」として数々の大型事件を手がけ、その圧倒的な威圧感と正義感で暴力団排除の象徴となりました。
猪狩俊郎:元検事の弁護士(ヤメ検)。巨人軍の顧問弁護士として、現場レベルで応援団の浄化とルール作りを主導しました。
3. 歴史の転換点:2003年「暴力団排除宣言」
2003年、読売巨人軍の渡邉恒雄オーナー(当時)から「野球界をきれいにしてくれ」という依頼を受けた2人は、警察庁と連携して**「暴力団等排除宣言」**を採択させました。
入場拒絶:暴力団関係者や不適切な応援団の入場を毅然と断るシステムを構築。
特別応援許可証:応援団を登録制にし、警察のバックチェックをパスした者だけが活動できるように変更。
これには相当な反発や脅迫もあったとされていますが、2人は屈することなく制度を定着させました。
4. 記事の意義と反響
この記事が多くの読者にブックマークされた理由は、**「今の野球観戦の平和は当たり前ではなかった」**という事実を浮き彫りにした点にあります。
もしこの排除が行われていなければ、スポーツ賭博や八百長が蔓延し、今のWBCの盛り上がりや日本代表の強さもなかったかもしれない、と指摘されています。
コメント欄では、「かつての球場の殺伐とした雰囲気」を知る世代から、彼らの功績を称える声が多く寄せられています。
1. 「異様な風景」の記憶
ダフ屋とホームレスの列:平成元年の日本シリーズなどのエピソードにある「ホームレスを並ばせてチケットを買い占める」光景は、当時の野球界がいかに組織的な不正利権に侵食されていたかを象徴しています。
暴力と罵声:甲子園や後楽園での「殴り合いの喧嘩」が日常茶飯事だったという回想は、今の整然とした球場からは想像もつかない「無法地帯」の側面を物語っています。
2. 「特別応援許可証」の重み
コメントにある通り、現在応援団が鳴り物を使用するには、警察の照会を含む厳しい審査をパスした**「特別応援許可証」**が必要です。
「団員がファンからの飴玉一つ受け取らない」というエピソードは、わずかな隙から再び暴力団が入り込むことを防ごうとする、現場の強い警戒心と自律の表れと言えます。
3. 「応援団不要論」という根強い声
一方で、現在でも「応援団が特権を持っている」「うるさい」「メジャーリーグのように応援団なしにすべき」という意見が根強くあることも分かります。
暴力団は排除されたものの、「組織化された応援」そのものが持つ排他性や威圧感に対して、一般ファンの中に複雑な感情が残っていることが伺えます。

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