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30代女性の、行き場のない性欲をどうしたらいいのか。

パートナーに求めすぎたくない。でも性欲は消えてくれない私が試したこと

30代になれば、性欲はもう少し落ち着くと思っていた。

根拠はない。なんとなく、大人の女性は仕事や家事や生活に忙しくなり、欲望なんて上品に折りたたんで、たまにクローゼットの奥から出すくらいになると思っていた。

思い通りには全然ならなかった。

むしろ、自分が何を求めているのか分かるようになったぶん、行き場がないときの苦しさまで、くっきり見えるようになった。

パートナーは大切だ。関係を壊したいわけでも、無理をさせたいわけでもない。でも、こちらの性欲は「相手が今日はそういう気分ではありません」と聞いた瞬間、礼儀正しく解散してくれるわけではない。

脳内では閉会のアナウンスが流れているのに、身体だけが会場に残っている。なかなか気まずい。

性欲が強い自分を、少し恥ずかしいと思っていたし、今もその気持ちが消えたわけではない。

女性の性欲は、あるにはあるけれど、控えめで、恋愛とセットで、相手に求められたときにだけ静かに目を覚ますもの。私はどこかで、そんな雑なイメージを持っていた。

だから自分からしたいと思うこと、断られても気持ちが消えないこと、一人でも満たしたくなることに、いちいち「私、おかしいのかな」がついてきた。

欲がある。ただそれだけのことなのに、品性や愛情まで採点されている気がした。

パートナーとの性欲差は、どちらが正しいという話ではない。というよりも、惚れたほうが基本合わせることになってしまう。

そして、つらいのは、相手が申し訳なく断ること。

嫌がる相手に応じてほしいとは思わない。相手には相手の体調、気分、疲れ、ペースがある。それは尊重したい。

でも、尊重しようとするほど、自分の欲を乱暴に押し込めるようになった。

「求める私が悪い」

「断る相手が冷たい」

この二択になると、たぶんどちらを選んでも関係は少しずつ苦しくなる。性欲差は、善悪の差ではなく、体温差のようなものだと思うようになった。同じ部屋にいても、暑い人と寒い人がいる。片方だけを“正常”にすると、もう片方はずっと我慢することになる。

私が欲しいのは、性なのか、愛情なのか

断られた夜、必要以上に傷つくことがあった。

したかっただけなら、残念で終わるはずなのに、「愛されていないのでは」「魅力がなくなったのでは」と、話がどんどん大きくなる。

そのとき私は、性欲と愛情を同じ箱に入れていた。

もちろん重なる日はある。触れ合いたい、近づきたい、求められたいという気持ちは、きれいに分解できない。でも、全部を「愛されている証拠」にしてしまうと、相手が応じられない日は、愛情まで否定されたように感じてしまう。

我慢だけでは、平和になれない。

相手に負担をかけたくない。だから我慢する。

最初は、それが一番優しい方法だと思っていた。でも我慢を重ねると、優しさの顔をした不満がたまった。

何でもない言葉に傷ついたり、すねたくなったりする。自分で我慢すると決めたのに、心の中では勝手に請求書を発行していた。相手は注文すらしていないのに。

「一人で処理すればいい」と思っても、今度は自己評価がどんどん下がる。恋人がいるのに。一人でするなんて。なさけない。そんなふうに、自分の中で裁判が始まる。

性欲そのものより、この自己嫌悪のほうが、ずっと私を消耗させていたのかもしれない。

ここから先では、私が「性欲をなくす」ことを諦めてから試していることを書きます。

今ある欲を、性欲・寂しさ・刺激不足に切り分ける方法

一人で満たすことへの罪悪感を軽くする考え方

パートナーに求める領域と、自分で完結させる領域の分け方

欲が強くなるタイミングを把握する簡単なメモ

純粋に性欲が強い夜を、事件にしない扱い方

性欲差で関係を壊さないために、話すとき避けていること

これは正解集ではありません。性欲も関係性も人それぞれです。ただ、同じように「相手を大切にしたい。でも私の欲も消えない」と悩む人が、自分を責める時間を少し減らせるように、私のやり方をまとめました。

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