波が彼女をさらうまで【創作SS】
波の音だけが響いている。
白く長い砂浜に、
透明な波が静かに、寄せては引く。
少年は、何かに掻き立てられ、
闇雲にこの砂浜へやって来た。
そこに何があるのか?
ここがどこなのか?
そして、自分が何者なのかさえ
何も判らぬままに。
ただ、苦しいほどの焦燥感が、
目覚めたばかりの彼を追い立てた。
『あの、約束の海で、君と・・・』
少女はもうずっと、
そこで波を聴いていた。
実際には少女ではなく、
聴いているわけでも無かったが、
外からその光景を目にすれば、
誰もがそう表現する、美しい景色だ。
銀髪の少女は、人では無かった。
とある天才が生み出した、
人工知能搭載の端末機器である。
遠い遠い昔、
世界中に撒き散らされた、
微細なプラスチックの粒子が
地球上の生きとし生けるものを
遺伝子レベルで汚染し尽くし、
そして、長きに渡った人類の
文明世界は終焉を迎えた。
少女は、人類最後の天才と言われた
若き科学者の遺思の産物。
人類が地上から消えた後も、
永劫と言えるほど長い年月を掛けて、
世界からプラスチックを回収し、
地球の環境を浄化する使命を
与えられた存在であった。
彼女の中のカウンターは、
最後の人類が世を去ってからの
時間を記録はしていたが、
それはたかだか百年そこそこの
寿命しかない人類にとっては、
無意味と言える遥かな単位である。
彼女を創造した青年は、
彼女を『真珠姫』と呼んだ。
別に無機質な外見に作っても
良かったのであるが、
若くして世界の期待を背負い、
人類の終焉を見詰めるしかなかった
彼のせめてもの“青春”の証として、
地球浄化システムの最終端末を、
美しい少女の姿にデザインしたのだ。
真珠姫は、人類なきあとの世界を
延々と放浪し、微細なプラスチックを
回収し、封印し、海溝の底へと沈めた
ただただ、それを繰り返した。
それが青年から授かった、
たった一つの願いであったから。
今、世界は浄化を完了し、
人間よりもずっと、環境への順応が
早い植物や昆虫、野生動物たちが、
地上と海中に我が世を歌い始めた。
それも、真珠姫の主が予想した
通りであった。
生物の分布状況が、
一定の範囲に達した時、
真珠姫は、遂に役目を終える。
自ら酵素を調合し、
それを体内に取り込む事で、
真珠姫の機体の全ては分解され始め、
やがては自然のものと寸分違わぬ
煌めく砂となり、地球の一部に還る。
だから今、彼女はひとり、
この海で波を聴いているのだ。
ゆっくりと、ゆっくりと、
潮風が彼女を砂に変えるまで。
真珠姫の頭脳には、
高性能で高解像度のメモリーが
内蔵されていた。
そこには、彼女を生み出し、
教育し、修正を加えながら
“育て上げた”若き科学者の声と
姿が常に映し出されている。
『僕の真珠姫』
そう呼んで儚く笑う、
青年科学者の姿を追い続けた。
もう、ずっとずっと、
歴史がいくつも変わるほど
長い長い時の流れの中で。
少年は、突然目が覚めた。
そこは、無機質な銀色の部屋で、
ゆっくりと身を起こすと、
フラフラと目眩がした。
ただ、
身体の奥から声がする。
“早く、早く行かなくちゃ!”
どこへ?
“あの、約束の砂浜へ”
なぜ?
“あの娘が波にさらわれて
世界から消えてしまう前に
言わなくちゃ!”
彼が目覚めたのは、
世界から弾かれた、はぐれ者の
生命科学研究者の隠れ家。
世界中の人類が、ゆるやかな滅亡を
受け入れざるを得なくなった時、
彼が発表した研究は、
『汚染に対応した動物の細胞に、
ヒトの核を移植して、汚染を
乗り越える新人類を創る』
それこそが、滅亡に瀕した人類を
次のステージへ導く方法だと。
しかし、世界はそれを認めなかった。
動物と融合してまで生き延びて、
何になるのか?
それはもう、人類では無いのでは?
知能が落ちた、原人が出来るのでは?
それは『人の心』を持てるのか?
彼の研究は異端とされ、
かつての魔女裁判のように、
貶められ、蔑まれ、糾弾され、
そして、否定された。
研究者は、世界の片隅でひっそりと
失意と絶望に苛まれながらも、
自らの研究を重ねた。
秘密裏に、着実に・・・
『この子たちは、新世界の主となる
“人類の種”である』
そう刻んだ巨大なタイムカプセルは、
人知れず、とある島国の海辺に
設置されていた。
彼の研究データのすべてがそこに
残され、いつとも知れない人類の
目覚めの日を待っていたのだ。
そこは、彼が唯一尊敬している、
若き天才科学者ゆかりの地だ。
一時期、彼と同じ研究室で
共に未来の話をした。
彼だけは、その研究に興味を示し、
否定することなく、励ましてくれた。
『素晴らしいと思います。
出来ることなら、ひ弱なこの僕を
あなたの研究で、強くしなやかに
生まれ変わらせて欲しいくらいだ』
うれしかった。
彼の願いを叶えたいと思った。
そして研究者は、こっそりと
彼の毛髪などを手に入れて、
研究の素材として利用した。
自分が生み出す新たな人類が、
彼のように優秀で思慮深く、
正しき者であるようにと願って・・・
やがて少年は、砂浜に辿り着いた。
そこには、あの少女が居た。
少女は振り返り、その瞳のカメラが
少年の姿をスキャンした。
データに無い人物。
最後の人類の中には含まれない
未知の人物。
そう解析した。
しかし・・・
「真珠姫」
彼がそう呼んだ時、反応があった。
虹彩認証も、声紋認証も合致無し。
だが、その発音や音程は、
高い確率で彼女のメモリーにある
人物の口調と一致した。
『パスワードの認証をします』
真珠姫が少年に言う。
少年は、一瞬遠くに視線を漂わせ、
そして、ハッキリとこう告げた。
『おはよう、僕の真珠姫。
君は今日も、最高に綺麗だね』
少女の瞳が、少年の姿を映して
キラリと輝いた。
『パスワードを認証。
虹彩と声紋、並びに顔認証を
更新します』
少年は、真珠姫に歩み寄り、
その細い銀の髪をそっと撫でた。
「僕の真珠姫、長い間ありがとう。
それを君に言いたくて、
僕はここに戻って来たよ」
『タスクは全て完了しました。
プロジェクトは最終段階に
入っています。問題はありません』
「ああ、君は本当に素晴らしい。
僕の誇りだ。それからね」
彼の指の下で、真珠姫の銀髪が
一束サラサラと砂に変わり、
潮風に舞って輝いた。
「僕は君を愛してる」
その言葉の意味を、真珠姫は
言語データとして理解した。
そして、彼女のプログラムには
そんな機能など無いはずだが・・・
その瞬間、
真珠姫は確かに、
彼に向かって美しく微笑んだ。
※※※ END ※※※
※このお話は、過去作の続編です。
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※小牧幸助部長 様
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