【この季節の残りを、君と】#5 第四章 花びらの向こう
八歳になって、最初の日曜日だった。
駅前の靴屋には、春の光が斜めに差し込んでいた。
棚には白、紺、桃色の靴が並び、どれもまだ誰の足の形にもなっていない。新品のゴムと紙箱の匂いがした。
「こっちは?」
母が、淡い水色のスニーカーを持ち上げた。
「白いところ、すぐ汚れる」
「澪は靴を汚さないでしょう」
「雨の日は汚れるよ」
「では、雨を止めましょう」
母は両手を天井へ上げた。
父が隣で、真面目な顔をする。
「それは助かる。洗濯物も乾く」
「二人とも、できないくせに」
私が言うと、母は笑った。
「できないことを堂々と言うのも、大人の仕事です」
店員が、私の足を銀色の器具へ載せた。
踵をつけ、爪先までの長さを測る。
「右の方が、少しだけ大きいですね」
左右の足が同じではないことを、私は初めて知った。
「変なの」
「お父さんなんて、左の眉だけよく動くよ」
母が言った。
父は左の眉を上げた。
「ほら」
三人で笑った。
笑った拍子に、店の床へ透明な白い筋が浮かんだ。
私の歩道と、父の歩道と、母の歩道。
靴の箱のあいだを縫うように三本が並び、試着用の鏡の奥まで伸びていた。
輪郭は淡かった。
春の埃が光っているだけだと思えば、そう見えなくもない程度だった。
私は安心して、水色の靴へ足を入れた。
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