【この季節の残りを、君と】#6 第五章 離れていく背中
母の髪は、きれいに梳かされていた。
父のネクタイも、まっすぐに結ばれていた。
二人はそれぞれ白い布団の中で、目を閉じていた。
眠っているように見える、と大人たちは言った。
私は、眠っている人の顔ではないと思った。
母は眠るとき、少しだけ口を開ける。
父は仰向けになると、すぐに小さないびきをかく。
目の前の二人は、あまりに静かだった。
静かすぎて、知らない人が父と母の形を借りて横になっているようだった。
「触ってもいいよ」
伯母が言った。
私は母の手へ指を伸ばした。
途中で止まる。
母はいつも、「握っていい?」と聞いた。
私も聞かなければいけない気がした。
「握っていい?」
返事はなかった。
伯母が後ろで息を呑んだ。
私は母の指先へ触れた。
冷たかった。
雨の日、熱を出した私の額へ触れた手も冷たかった。
あのときは、その冷たさが気持ちよかった。
今は、触れた指から身体の奥へ、戻ってこないという意味だけが入ってきた。
私はすぐに手を離した。
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