「みいちゃんと山田さん」アニメ化反対の声を見て、6巻まで読んでみた。
※この記事は『みいちゃんと山田さん』第6巻までの内容に触れています。
クーロンです。
『みいちゃんと山田さん』が、2027年にアニメ化されるそうです。
僕は今回の発表で初めて作品を知りました。タイトルだけを見たときは、女の子二人の日常を描いた、ほのぼの系の漫画だと思っていたんですよね。
ところがXでは、アニメ化を歓迎しない意見が目につきました。制作に関わる人たちにまで厳しい言葉を向ける投稿もあり、「嫌なら見なければいいのに」と思っていました。
ふとDMMブックスで見てみると、第1巻が無料になっていたため、理由を知りたくて読んでみました。
その約2時間後、僕は第6巻まで購入して読み終えていました。
完全にDMMの思うつぼです。
そして思ったのは、「なるほど、これは賛否両論になるわ」ということでした。
この記事では作品の詳しい解説はしません。
第6巻まで読んだ人に向けて、僕が何に怒り、なぜ他人事と思えなかったのかを書いてみます。
みいちゃんより、利用する人間に腹が立つ
みいちゃんの言動を見ていると、『タコピーの原罪』を読んだときに近い感情になりました。
本人は一生懸命なのに、状況を十分に理解できないまま悪い方向へ進んでいく。読者には危険が見えているのに、本人には分からない。そのもどかしさと不安がつきまといます。
もちろん、みいちゃんの行動によって周囲が困る場面もあります。何をしても許されると言いたいわけではありません。
それでも僕は、みいちゃん本人より、その理解しにくさや抵抗しにくさにつけ込む人間に腹が立ちました。
特に許せなかったのが、彼氏のマオ君。
殴って言い聞かせ、自分のためにお金を出させる。
みいちゃんを一人の人間ではなく、自分の思いどおりに動かせる相手として扱っているように見えました。
作者の亜月ねね先生は、公式インタビューで、ムウちゃんを除く登場人物には「障害がある」といった設定を決めていないと話しています。そのため、みいちゃんに診断名を当てはめるのは違うのでしょう。
ただ、診断名が何であろうと、理解しにくい人や断りにくい人はいます。
僕がドス黒い気持ちになったのは、「分からない人」がいるからではなく、その「分からなさ」を金や欲望のために利用する人間が次々と現れるからです。
作り話だと思い切れない重さ
第1巻のあとがきによれば、作品は作者のかつての友人をモデルにした、実体験をもとにするフィクションです。第3巻の巻末には児童精神科医との対談も収録されています。
作中の出来事がそのまま現実に起きたわけではありませんが、「漫画だから極端に描いているだけだ」と切り離せない重さがあります。
僕自身、解離性同一症と診断された知人と接した経験があります。
その人の中には、幼い子どものような受け答えをする人格もありました。
Xでも、一般には理解されにくい行動をする人とやり取りしたことがあります。そのため、みいちゃんを「漫画の中だけにいる変わった人」として見られませんでした。
もう一つ刺さったのが、桃花さんの「受容体」に関する持論です。

受容体が欠落している人は、人に感謝する感覚がなく、感謝されたいという感覚も鈍い。
これは作中人物の持論であり、医学的な診断ではありませんが、僕は「自分もこれに近いのではないか」と考えました。
僕は人から感謝されたいという気持ちがあまり強くありません。
幼い頃に褒められた記憶も少なく、家庭内で分かりやすく愛情や感謝を伝え合う習慣もありませんでした。
それだけで現在の自分が決まったとは思いませんが、これまで当たり前だと思っていた自分の感覚を、少し離れたところから見た気がしました。
毒親を他人事と思えなかった
一方、山田さんの母親には、違う種類の怖さを感じました。
外から見れば、娘の選択を認めず、自分が正しいと思う道へ戻そうとする「毒親」です。
しかし僕は、完全に他人事として批判できませんでした。
僕の子どもは現在、不登校です。
学校へ行けない状態になると、親は先のことまで想像します。勉強が遅れたらどうなるのか。大人になって働けるのか。一人で生活できるのか。不安が大きくなるほど、「この子のために、親が正しい道を選ばなければ」と考えやすくなります。
親として子どもを守りたい気持ちが、いつの間にか、親自身が安心するための支配に変わってしまう。
僕も将来、「あなたのためだから」と言いながら、本人の気持ちを無視して何かを決めてしまうかもしれません。「自分はこんな人間にはならない」と思った直後に、「本当にそう言い切れるのか」と問い返されるような怖さがありました。
反対意見は理解した。それでも僕は見る。
アニメ化への反対意見は、大きく二つに分かれていました。
一つは発表日。アニメ化が発表された2026年7月26日は、津久井やまゆり園事件からちょうど10年の日でした。この事件では、障害者支援施設の利用者19人が亡くなっています。神奈川県も同日に、事件を振り返る公式企画を配信しました。
炎上を狙って日付を選んだという根拠はありません。
しかし、遺族や当事者、その家族の感情を考えれば、配慮を欠いていると受け取られても仕方のない日だったと思います。
もう一つは、知的障害のある人への偏見を強めるのではないかという心配です。アニメを見た人が、みいちゃんと似た部分のある人を怖がり、必要以上に距離を取る可能性は否定できません。
反対する人の気持ちは、読む前より理解できるようになりました。それでも、僕はアニメ化に反対するつもりはありません。
映像化によって偏見が強まる可能性もあれば、搾取される側の存在について考えるきっかけになる可能性もあります。制作に関わる人まで軽蔑すると言い切るのは違うと思います。
アニメ化されたら、僕は見るでしょう。そしてまた、周囲の人間に腹を立てるのだと思います。
ただ「あいつはクズだ」と怒るだけではなく、自分も誰かの弱さにつけ込んでいないか、「相手のため」と言いながら意思を奪っていないかを考えたいです。
この漫画に登場する人間を反面教師にして、少なくとも同じ側には立たないようにしたい。それが、6巻まで読んだ僕の結論です。
それでは、また!
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