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ラジオの記憶 ㊶ 「ハマ・オカモトの復帰」----- Tokyo FM 『THE TRAD』

 もう、少し前のことになってしまうけれど、ラジオを聴いていたら、長く休んでいたパーソナリティが復帰していた。

 病気で休養していた、ということは報道などで知っていたが、病名も知らなかったし、いつ戻ってくるかもわかっていなかったので、自分にとっては意外だったが、うれしかった。


ハマ・オカモト

 そのラジオ番組は、Tokyo FM『THE TRAD』で、復帰したパーソナリティはハマ・オカモトだった。

 5ヶ月くらいの休みで、その間に、さまざまなミュージシャンらが、ハマの「代打」として番組に出演していたのは知っていたのだけれど、その人たちの名前を一人一人あげて、ゆっくりと丁寧に御礼を伝えるところから、番組が始まっていた。

 テレビ番組などでも復帰していたが、その存在やあり方に感心したこともあったので、ただの視聴者だけど、なんだかうれしかった。

 その復帰の話を妻に伝えたら、同じような気持ちのようだった。

 ハマ・オカモトに対しては、私と同様に「ハマスカ放送局」を見ていて、もう一人の出演者の齋藤飛鳥がマイペースなのに、ちゃんと話ができる人という印象を受けた。他の番組のインタビューなどでも見るようになると、まともな人なんだと思うようになった。さらには、あちこちのバンドにも参加していて、ベースの技術が高くて、それを基本にしていて、人格的に信頼できると思うようになって、その頃から、好きだと思うようになったらしい。その上で、オタク感丸出しではなく、いろいろな人と話ができることにも感心している。

 やはり、親がダウンタウンの浜田雅功で、家にはいろいろな人が来て、そういう人たちを相手にしてきたせいかもしれない。

 そんな話を妻がしてくれて、私もかなりの部分、同意できることが多くて、でも、多くの有名人の子どもが陥るようにチヤホヤされすぎて、ダメになることもあるのに、という話をしたら、調子に乗ったら、あの父に叩かれるのでは、という結論になった。

 有名人であって、全く会ったこともないのに、こうやって、いろいろなことを勝手に推測して、好感を持ったり、急に嫌いになったりするから、視聴者も身勝手なものだと思うけれど、確かにハマ・オカモトに関しては、ずっと同じような印象が続いている。

夜中のラジオ

 ハマ・オカモトを初めて意識したのは深夜のラジオだった。

 なんとなくつけていたラジオから、テレビなどで知っているよく聞いた声が流れてきた。ダウンタウンの浜田雅功の声で、どうして深夜のFMラジオに、と思っていたら、パーソナリティーであるハマ・オカモトの実の親だということだった。

 これは、かなり有名な話だったらしいのだけど、私は知らなくて、そのラジオから聴こえてくる浜田雅功の声が、そのことを知ったから、かもしれないけれど、穏やかな、親らしい話し方をしているように伝わってきて、全く知らない人間なのに、ちょっと温かい気持ちになったのを覚えている。

 そこからハマ・オカモトを少し知るようになり、その所属するバンド「OKAMOTO'S」が、岡本太郎に由来していることもわかり、自分自身も岡本太郎は好きだったので、世代は違うけれど勝手な親近感まで持てた。

 その後、ハマ・オカモトをいろいろな場所で見ることになって、そのたびに、その場にふさわしい振る舞いをして、タイミングの良い言葉と、出演者に対して適切な距離感を保っている姿を視聴者として見てきた。

 有名人の二世であり、そうした立場の人間に、あまり好感を持てないことが多いのだけど、ハマ・オカモトは例外的な存在かもしれない、と思うようになった。

 そして、30代を迎えて、あちこちで見かけるようになり、いろいろな意味で調子が良さそうだったので、急に休みというニュースは意外でもあった。

5ヶ月の休養

 自分にとっては、ラジオが、復帰した最初の声を聞いたことになっていたけれど、ハマ・オカモトや、そのファンの人たちにとっては、9月から始まるツアーが復帰の場所だったようだ。

 それは、考えたら、ベーシストで、バンドの一員であるハマ・オカモトにとって、復帰するのであれば、自然な場所だと思えた。

 感謝の気持ちを持つと同時に、続けていく事の難しさや、常にあった責任感はここ数年で気がつけば焦燥感に変わっていきました。そしてバンド活動以外の場所で沢山の人たちと仕事をする生活も、振り返ると長い月日になっていました。それはどれも華やかで大きく、本当はひとつずつもっと喜んだり、時間をかけて反芻したり愛でるべきはずが、毎日が流れるように過ぎていってしまい自分の気持ちの機微が掴めなくなり、『自分はいったい何のためにここにいて、どんなことで喜んだり、悲しんだりする人間なんだっけ』そんな風に考える時間が増えていきました。そしてそれをどんな言葉で伝えたらいいかわからなくなり、気がついた時にはバランスを崩していました」

(『スポニチ』より)

 この記事の中で、休養に至った経緯を、本人の説明を紹介することによって、少し明らかにしているが、かなりの大変さがあったことのようだと、勝手ながら推測は少しできる。

 視聴者として見聞きしているだけだが、少なくとも目にふれる場所すべてで、ハマ・オカモトは、いつも周囲の人たちとの距離感の取り方は絶妙と感じ、それに感心もしていたのだけど、それだけ気を使っていたのだろうし、気遣いをしているように見えなかったから、そこにも注意深くあったとすれば、想像以上に消耗していてもおかしくない。

「突然お休みをもらうという事はとんでもなく大きなことで、簡単に許されることではないのでもう戻ってくる場所がなくなるなと心に決めていました。ですが、僕が仕事で携わっている全てのチームはとても寛大に待っていてくれました。これは本当に信じられないことで、決して当たり前の事ではないと改めて自分に言い聞かせています」

(『スポニチ』より)

 確かに、テレビ番組でも、さまざまな代役を立てつつも、復帰を焦らず待っていた気配があった。ラジオ番組『THE TRAD』でも、それまでハマ・オカモトがプロのミュージシャンの専門的な視点を生かしながらも、一般の視聴者にもその良さが届くような音楽の届け方をしていて、さらにベースに「音楽が好き」な姿勢が透けて見えたので、聞いていて心地よかったのだけど、「代打」として出演していた人たちも、特に意識をしていなかったと思うのだけど、そうした姿勢が共通していたので、番組が違ってしまった、という感じにはならなかったようだ。

 それはすごいことだったけれど、それほど熱心に聞いていなかったリスナーにとっても、復帰に関しては、妻に「ハマ・オカモトが戻ってきた」と、教えたくなるほどのことだった。

 そして、復帰も大げさに祝われることなく、ハマ・オカモトもそれなりに長い休養だったけれど、自然になじんでいるようだったし、番組がさらに長く続けば、そうしたブランクがあったことも、リスナーとしては忘れてしまうかもしれない。

 考えたら、やはり、それはすごいことだと思った。






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