ハイローがなかったら死んでたかもしれない
タイトルそのままだが、ハイローと出会っていなかったら死んでいたかもしれない。と、私は本気で思っている。
“ハイロー”でピンとこない人に一応説明しておくと、映画・ドラマ等各種メディアで10年にわたり展開しているヤンキー系アクションシリーズ、『HiGH&LOW』のことだ。
ただ、こうは説明したものの、ハイローを単純に「ヤンキーもの」や「アクションもの」などと分類していいのか、というのは自分でも疑問がある。それはそうなんだけど、なんかこう、それだけじゃおさまんねえ何かがあんだよな、ハイローには。そんな感じ。
私にとっては、それくらいの思い入れがハイローにはある。なんせ、ハイローに出会った頃の数年が、私にとっては人生で一番しんどい時期だったからだ。
理屈じゃない熱量とかっこよさ、そしてビッグバンとの出会い
私がハイローに頭を殴られたのは、言うまでもなくその圧倒的な映像のかっこよさだった。息を忘れるほどの凄まじいアクション、荒廃的なのにひたすらに魅力的な美術、画面から飛び出してきそうなカメラワーク、演者たちの研ぎ澄まされた所作。そしてそれら全てを作り上げるための想像もつかないほどの熱量。
なんとか語彙力を駆使してこう表現したけれど、初めて触れた時はそんなもの一つも出てこなかった。なんじゃこれ。かっこよすぎんだろ。どうなってんだ。脳内が弾けた。ビッグバンだ。
ハイローを知る人ならば、ハイロー=EXILE=LDH、の図式があると思う。私も見る前からハイローの話は耳にしていたので、ハイローね、EXILEのやつでしょ、と自ら触れることはなかった。ただ、友人にしつこく勧められたのだ。「EXILEに興味がなくても、窪田正孝が好きならいいから見て」。振り返ると、友人は私のことをよく理解していた。そしてLDHも市場のことをよく理解していたのだろう。ハイローはどう考えてもLDHの映画なのに、LDH以外の役者も多数出演している。そして所属の役者と同様、もしくはそれ以上に、所属外の彼らもとんでもなく魅力的に描かれていた。私はまんまと、その用意された別の入り口からハイローに入った。そしてノボルがベンツで轢かれたあの瞬間のように、突如としてハイローに殴られたのだ。
“頭を殴られ続ける”ことが、辛すぎた時代の私の助けになった
ハイローに触れた当時、私は、仕事絡みでかなり心身に不調をきたしていた。精神科にこそ行ってはいなかったものの、恐らく鬱一歩手前くらいではあったと思う。元々体も弱く、ストレスも感じやすく、かつメンタル不調が体に出やすいタイプの私は、心も体も弱りきっていた。家族や友達の存在でなんとか持ちこたえていたけれど、毎日苦しんでいたし、咳が一ヶ月止まらないなんてこともザラにあった。そもそも脳内会議が止まらないタチなので、ストレスを感じているとその大元について常に考えてしまうのだ。そしてさらにダメージが積み上がる。その繰り返し。
でも、ハイローに出会った。頭を殴られた。私に「何も考えられない瞬間」が訪れるようになった。ハイローを見ている瞬間だ。元々芸能オタクでもあったので、ハイローの世界だけでなく演じる人たちに興味が移るのもすぐだった。EXILE、LDH。所属の各世代からハイロー出演者を排出していたので、ここはタケシのいるグループね、とEXILE以外の各グループを覚えるのもあっという間だった。
それまでの私は、音楽はロキノン系などと言われるバンドサウンドを好んで聴いていた。私の好きだった彼らは、どちらかというとメジャー性やエンターテインメント性よりも、メッセージ色の強い楽曲を作る。もちろんそれが良くて聴いていたのだけれど、メッセージ色が強いということは、こちらも考えさせられる。感情を揺さぶられる。揺らいでしまう。弱っていた当時の私には、それすら刺激になってしまっていた。
一方LDH。もちろんメッセージも乗せているのだろうが、エンターテインメントの面が圧倒的に強い。パフォーマンスもそう。初めてLDHのライブ映像を見た時は、かっこいい男たちが真剣にかっこつけるとこんなにかっこよくなるのか、とアホのような感想を抱いた。かっこよすぎると人間は語彙力をなくすし、思考力もなくす。それがよかった。辛い現実をその時だけは忘れることができた。
そう、私にとってハイローやLDHは、強烈な“マインドフルネス”だったのだ。
もちろん学びもある
ハイローやLDHは、私のぐるぐる思考を止めてくれただけではもちろんない。彼らから学び、背中を押されたこともあった。
ハイローに出会ってだいぶ助けられはしたけれど、私が苦しんでいる現実が根本的に変わったわけではない。楽な瞬間があるとはいえメンタルは崩し続けていたし、結局は体調も徐々にひどくなっていった。
このままではまずいだろうな、いつしかそう思うようになった。そんな中で思い出したのは、作中で出てきたMIGHTY WARRIORSのICEのセリフ。『Change or die』。変わらなければ死ぬ。元々はドラッカーの言葉らしいが、当時心身ともにギリギリのところにいた私には妙に心に響いた。今思えばストレスによるものだったのだろうが、原因不明の高熱が何日も続いた時、ふと思ったのだ。私、このままだと死ぬんだな。変わらなきゃいけないんだ。ここに居続けたらダメなんだ。そうだよ、ICEもChange or dieって言ってたし。
今思い出すと自分でもちょっと笑ってしまうが、その時の私は真剣にそう思っていた。そして私は当時の上司に、「退職させてください」と告げた。独立してフリーでやっていきます、と。
正直、普段の私はそこまで思い切った行動を取るタイプではない。できればのんびりしていたいし、「まあなんとかなるっしょ」のテンションで押し切れるほどの頑丈さがそもそもない。なので上司も驚いていた。体調を崩しがちなのは把握していたけれど、まさかそんなことを言い出すとは思っていなかったらしい。引き止められもした。体調を考慮した働き方に変えてもいいと言われた。でも私は、ここに居続けたらきっと同じことだろうなと思った。なので言った。ありがとうございます、でも退職させてください。このままじゃダメなんです、だってICEもChange or dieって言ってたし。さすがに後者の一文は口には出してはいないが、上司を前にそう心の中で宣言していた。
その結果、なんのあてもなく辞めると言ったのに、フリーになっても私はなんとかかんとかやっていけている。そして働き方が自由になり、体調に合わせて仕事ができるようになったこともあり、心身ともに当時ほどガタガタに崩れることはなくなった。変わったおかげで、死なずに済んだのだ。
最大の学び『人生に絶対はない』
他にも学んだことがある。人生に絶対などないということだ。これは作中に出てきたことでも、LDHの誰かが言っていたのを聞いたとかでもない。私自身が勝手に学んだこと、かつ彼らから得た最大の学びだ。
ハイローに触れる前、私は、EXILEのことを『絶対に一生縁のない人たち』と位置付けていた。陽キャのお手本のような彼らが、陰キャの煮凝りのような私と人生において重なることがあるわけがない。存在を知ってはいるけれど、随分遠いところにいる人たち。そう思っていた。
けれどどうだろう。ハイローに触れ、脳を焼かれ、芋蔓式にLDHにも触れ、気がつけば所属アーティスト全員の顔と名前が一致するほどになった。(今は増えすぎてさすがにわからない方もいますが……)
随分遠いと思っていたのに、彼らは、今や私の生活の一部となった。出会って10年経った今でも私の脳を焼き続けてくれている。一生縁がないなんてとんでもなかった。「自分には関係ない」、そう思っていたものが、10年後には人生の一部になっていることだってある。ということは、人生には絶対なんかないのだ。
もしかしたら過去の私は、自分で自分の可能性を狭めてしまっていたのもしれない。私の可能性は、自分で思うよりも広かったようだった。多分この先の私についても。
ところでつい先日、ハイローの最終章の公開が発表になった。構想から含めればおそらく既に10年を超えているプロジェクトが、とうとう終わりに向かっていくようだ。寂しい気持ちももちろんある。でもあれほど私の救いになったハイローという一大プロジェクトを、どうやら私は最後まで見届けることができそうだ。そのことが嬉しい、という気持ちの方が大きい。
ハイローを見ていると、映画館なのに声を上げて拍手したくなるような瞬間がある。すごすぎて。かっこよすぎて。頭を殴られている瞬間だ。とんでもねえ、と笑い出してしまいそうな瞬間が何秒も何分も続く。最終章がどんなものになるのかは予想もつかないけれど、例えシリーズが終わっても、あの頭を殴られた瞬間たちがこれからの私の可能性も広げてくれるのだろうな、という予感がある。ハイローが終わっても、ハイローはまだ続くのだ。永遠じゃねえ、無限だよ。
ありがとうハイロー、ありがとうLDH。あなたたちのおかげで生き延びた人間がここにいます。
