第30話 【7カ国目タンザニア】キリマンジャロ1日目(MACHAME CAMP2,835m)「アフリカンジャーニー〜世界一周備忘録(小説)〜」
ヒーヒーフー。ヒーヒーフー。ヒーヒーフー。
呼吸の"呼"だけに集中してガイドのモーガンの後ろを、トボトボと歩いていく。
キリマンジャロを登る僕の姿は文字通り"トボトボ"という感じだったに違いない―
マチャメルート
5,895mのキリマンジャロを登頂するためのルートは7つある。
その中で僕は2番人気の「マチャメルート」を選択していた。理由はデイビッドが登頂率が高いルートだからといっていたからだ。
1番人気の「マラングルート」は最短の4泊5日で登ることができることと、山小屋(室内)で宿泊出来るということで人気が高いらしい。
反対に「マチャメルート」は5泊6日のテント泊である。なので、最初は「マラングルート」にしようかと思ったが、デイビット曰くキリマンジャロ登頂の鍵を握るのは"高山病"に掛かるか掛からないかで「4泊5日より5泊6日の方が高地順応できるから登頂率は上がる」と言っていたのだ。
しかも、当日のマチャメルートは僕の他に中国人2人組と日本人別々で2人デイビットのツアーで登る予定らしく僕も入れて5人グループということだっためそのルートを選んだ。
内心「テント泊なんてほとんどしたことなかったし、ましてや1週間弱山中でテント泊なんて出来るのだろうか?」と不安だったが、登頂成功したときに一緒に喜べる人がいたほうが良いと思った。そして道中も仲間がいると安心だと思いマチャメルートを選択したのだ―
超雨季のキリマンジャロ登山
ハァハァ。ヒーヒーフー。ハァハァハァ。ヒーヒーハァ。
僕はガイドのモーガンの後ろを荒くなる呼吸を整えながらトボトボとついて行っていた―
繰り返しになるがキリマンジャロは5,895mの高さを誇る。アフリカ最高峰で独立峰としては世界一高い山だ。
ベストシーズンは12月中旬〜2月で、3月〜5月は"超雨季"と呼ばれるため基本的には登山を避けたほうが良いと言われている。
ただ、キリマンジャロは元々個人での入山が禁止されており必ずガイドを雇う必要があるのでオフシーズンである3月〜5月であっても"登山可能"なのだ。
かくいう僕が登りはじめたこの日は「2024年4月7日」で完全なるオフシーズン真っ只中であり、その証拠に僕以外の登山客を道中で見かけることはほとんどなかった。たまたま、この時期にタンザニアに来ることになったため僕はベストシーズンだとかオフシーズンだとかは気にしてなかった。(このことがこの登山を大変なものにするとはこの時は知らなかった…)
正直、"雨に振られるくらい登山だから仕方ない"くらいの気持ちで割り切っていた。僕の旅はいつだってベストシーズンを逃しているから、何を今更"キリマンジャロだから"ってという気持ちもあったかもしれない。
とにかく、モーガン曰くシーズン中で時期が重なると渋滞になるほど登山客とガイドでごった返すらしいがこの時はそんな雰囲気は全くなかった。
「1日目は標高1,700mから2,835mまで7kmの道のりを5時間で登る。キリマンジャロを登り切るためにはとにかく"ゆっくり"とにかく"ゆっくり"と歩くことだ。」
出発前にデイビッドが言っていた言葉を体現しているように、モーガンはゆっくりと歩いていく。
その後を彼の"ゆっくり"としたスピードに合わせて登り始めて既に2時間は経過しただろうか。
その間、モーガンは一言も話すことなく雨で泥濘んだ道で最も歩きやすい足場を選択して歩くだけだった。
この"泥濘を常時避けながら歩く技術"はガイドさながらだなぁと感じながら、僕もそのモーガンについていくようにそのルートを歩く。
2時間程歩いたところでモーガンが初めて振り返って僕に向かってこう言った。
「よし、ここで休憩だ―」
歩いている時は夢中で気づかなかったが空からはポツポツと雨が降ってきている。
「超雨季の割にはそんなに降ってないな」大量の汗を掻き息で肩を上下させながら僕をそんなことを思っていた―
景色と憂鬱

キリマンジャロ初日のマチャメルートは森の中を進んでいく感じで、雨に濡れた木々が幻想的だったのをよく覚えている。
これまで見たことのない様々な緑や何年掛けてその形を成したのか想像もつかない苔、太古はるか昔に人知れず倒れたような大きな幹、そして全体がどれだけ大きいのか分からない地面に埋まった岩々に時折どこからか転がってくる小石が僕とモーガンの周りを取り囲んでいる。足元を見ると様々な生物が枯れ葉と同化し躍動していた。特に蟻の集団が凄まじく、もし彼らが僕に狙いを定めることがあれば一瞬にして僕の身体を取り囲み"真っ茶色"にするだろうとも思った。
言葉で全てを説明することは難しいが「完全に自然の中に踏み込んだな―」そんな感覚が僕を包みこんでいた。
「こんな思いを誰かと共有できたら楽しかったのに―」
実は他の参加者がいるから選んだはずの"この日のマチャメルート"だったが、他の参加予定だった4人が全てキャンセルになり結局僕一人だったのだ。
しかもそのうち2人は日本人予定だった。だから前日僕は会ったこともない彼らと話をしながら、感動を分かち合っているシーンを想像していた。でも、そのアテが外れてしまい僕のキリマンジャロ初日は若干憂鬱な気持ちでスタートしたのだ。
「それにしても5人の参加予定で4人が当日でキャンセルになるなんて奇跡が起きるのだろうか―」
僕は休憩中にモーガンに尋ねてみる。
「他の参加者はなんでキャンセルになったの?」
「中国人の2人組は"テント泊なんてできない"とルート変更の申し出があったらしい。日本人が個々で2人いたが一人はタンザニアに到着出来なかったらしい。もう一人は日本からの長期フライトで体調不良になってしまったってデイビッドが言っていたな。」
僕の淡い期待なんて露しらず淡々と答えるモーガンを見ていると、「はぁ、俺っていつもこうだよな」という感情が芽生えてきた。
10分程の休憩が終わり僕達は再び歩き出す。モーガンは相変わらずゆっくりと歩いていて、僕は何も言わずゆっくりとその後ろをついていく。
空からは未だにポツポツと雨が降ってきていた。
トボトボと歩いているといろいろな事が頭の中に浮かんでくるもので、僕は自分の運のなさをを思い浮かべていた。
「目の前のガイドはぶっきらぼうで、期待していた他の参加者はいないし雨は降ってくるし…」
「まぁ、でもそれがなんというか"いつも期待通りにいかない自分"という気もして笑けてくるな。自分で自分自身を笑えるのであれば一人も悪くない。」
僕の憂鬱な気持ちは"しっとりとしたマチャメルート初日の景色に溶け込んでいく"。そして思考を独り占めできる気持ちよさに少しずつ変化していったのかもしれない―
マチャメキャンプに到着

「あぁやっと着いた。ハァハァ。ハァハァ。」
時刻は17時前。
キリマンジャロ登山口のゲートをくぐってから丁度5時間でマチャメルートの最初のキャンプ場マチャメキャンプに辿り着いた。
やっと辿り着いたその場所は霧がかっており決して僕を歓迎するような雰囲気ではなかった気がする―
呼吸に集中しろ1
ヒーヒーフー。ヒーヒーフー。ヒーヒーフー。
Sumit 2 Seaason Safariにマチャメルートのガイドをお願いしてからの3日間僕は僕なりにキリマンジャロの頂上5,895mウフルピークにどうやったら登れるかを考えていた。
ガイドはいるが"ガイドはあくまでガイドで"ある。自分自身をどうやってコントロール出来るかに集中しないといけないと考えていた。
「負けるわけにはいかない―」
そんな気持ちだった気がする。ちなみにキリマンジャロの標高は6,000m弱あるがクライミングスキルなどは必要なく体力さえあれば誰でも"踏破"することが出来る山である。
ウフルピーク登頂の最高齢は89歳の女性だというから驚きだ。
かといって誰でも登りきれるかと言うのは別問題で、キリマンジャロの登頂率は60%程と言われている。(ルートによって登頂率は変わる)
リタイアする人の多くの原因が高山病からくる体調不良らしい。逆を言えば高山病にさえならなければ体力と根性で登ることができる山でもあるのだ。
だから僕は"高山病にならないためにどうするか"ということを考えていた。
考えていたというより山登りの知識がない僕はネットで調べていただけなのだが、どうやら"呼吸が一番"大切ということに辿り着いた。
他にも水を沢山飲むとか小便を沢山出すとかゆっくり登るとか高山病の薬を飲むとか大事なことは沢山あるのだが、その基本線となるのは"呼吸"であると僕は思っていた。呼吸が唯一"自分自身でコントロール可能なもの"だからだ。
登山素人の僕なりの解釈とすると標高が低い位置から"一定の呼吸リズム保つことを意識すること"が大事だと思っていた。
"呼吸"とは"呼(息を吐く)"が先に来る。とにかく"呼(息を吐く)"だけを意識すれば"吸(息を吸う)"は反射的に"自然のペース"で行われる。
要するに息が荒くなってくるなかで、この"自然のペース"をどれだけ保てるかが鍵を握ると踏んでいたのだ―
呼吸に集中しろ2
あ、やばい呼吸に集中するのを忘れていた―
"呼吸"とくに"呼"に集中して登ろうと思っていたはずが、2回目の休憩後までそのことをすっかり忘れていた。僕としたことが何たる不覚である。
というのも、マチャメルートの1日目キャンプサイト(2,895m)地点までの道のりの序盤は多少息は上がるくらいでそれほどキツくはなく自然を楽しむ余裕があったのだ。
しかし、無口なガイドモーガンと2回目の休憩を終えて出発したあと徐々に勾配が上がりさっきまで代わり映えしない景色が変化してきた。
道自体も岩場が増え周りには針葉樹林のような鋭い木々が増えてくる。
そして、気づいたときには僕の心臓は大きくなったり小さくなったりを繰り返していた。最初の方は"遅く感じていたモーガンのペース"に徐々についていけなくなる。
「待ってくれ。」声を出そうと思ったが、僕は大事なことを思い出した。
そうだ"呼吸"に集中だった
「ヒーヒーフー。ヒーヒーフー。ヒーヒーフー。」
なぜそうだったかが分からないが、僕は自然とお産のときによく用いられるイメージの「ヒーヒーフー」のリズムで呼吸を始めた。
呼吸に集中している僕には先程までの「一人である憂鬱さ」を考える余裕はなく、ひたすら自分の足とモーガンの歩く足を見つめているだけだった。
「ヒーヒーフー。ヒーヒーフー。ヒーヒーフー。」
息が上擦り”呼吸のペース"が乱れそうになる。それでも、意識して「ヒーヒーフー。ヒーヒーフー」で進み続ける。
モーガンはこっちを見ない。でもそれでいいのだ。ただ俺の道案内をしてくれれば良い。俺は俺で歩くから。
この時初めて「キリマンジャロ登山」のスイッチが入った気がする。
要するに浮き足だってた心が現実に追いつき、本当のスタートが切られたのだ。
ヒーヒーフー。ヒーヒーフー。
繰り返される「ヒーヒーフー」はいつの間にかというか、本当の意味での"自力で登るんだ"という気持ちを芽生えさせる。
「ヒーヒーフー。ヒーヒーフー。」
キリマンジャロ1日目目終了
いつのまにか霧が濃くなったり晴れたりと変化が激しくなってきている。
そして、それは徐々に標高が高くなってきているということを意味していた。
富士山の標高が3,775mということを考えると1日目のキャンプサイト(2,895m)は富士山でいうところの8合目あたりということだ。霧も掛かるわけである。
そんなことを呼吸に集中しながら考えていると、前からモーガンの声が聞こえた。
「たけ、着いたぞ」
丁度霧がかった視界の先に【MACHAME CAMP ELAVATIOM 2,895m】と書かれた丸い標識が出てきた。
「ブハァ。ハァハァ。ハァハァ。」
僕はそれを見た瞬間糸が切れたように「肩で息をし始めていた」。先程までの一定のリズムはどこかへいってしまっている。
1日目からこんなにきついのか。この先、大丈夫か―
明日も頑張ろう(塩とカフェイン)
僕のキリマンジャロ登山のチームは「ガイドのモーガン」「シェフのレオナルド」「ウェーターのおじさん」「ポーターのおじさん2人」の5人である。
僕一人に対してこれだけの人数が着くのは少し気が引けたが、キリマンジャロ登山では普通のことらしい。
基本的に僕と歩くのはガイドのモーガンだけで、あとのメンバーは先に目的地まで歩き野営の準備をする。
僕がマチャメルートに着いたときには、既に僕専用の赤いテントが張られていた。
僕はそこに倒れ込むように入る。きづいてなかったが雨と汗で僕の服はびっしょりとなっていた。
ただでえ天パの僕の髪の毛はこれでもかというほどうねっている。
さぁ、この服をどうするか?と考えているとウェーターのおじさんがポップコーンとコーヒーを持ってきてくれた。
僕のテントの前にはキャンプ用の椅子が置かれている。
「たけ、ひとまずコーヒーとポップコーンを食べて落ち着くんだ」
僕は言われるがままに外にでて、用意されたコーヒーとポップコーンを受取り椅子に座った。
そして、霧がかった景色を見ながらポップコーンを一つ口に入れる。
「ボリッボリッ…」
いつもの数倍塩の味が口に広がってくる。なんていう美味しさだ。
「ズズ…」次に熱々のコーヒーを啜る。
冷えた身体に染み込んでくるコーヒーは僕の涙腺を刺激してきた。とんでもなく沁みる。
先程まで僕の到着を歓迎していないように見えていたマチャメキャンプの景色が違って見えた。
いや、実際は霧がった景色のままなのだが"少しやさしく見えて"きたのだ。
それは安堵感からそうなったのか、これから始まる険しい道へのエールなのか分からないが、やはり景色というのはその時の気持ちでだいぶ変わるんだということだけがやけに心に残った気がする。
僕は全身に行き渡る「塩とカフェイン」を全身で享受しながらこう思ったのだ。
「明日も頑張ろう」
先のことは考えず一歩ずつ進んでいくしかない―

