お盆にざわざわした話|今もミシャと一緒に生きてる私
🐰はじめに👩
これは、おっかあ(私)とミシャ(うさぎ)が「兎人三脚」で生き抜いた実話です。
ミシャと共にした7年9ヶ月の人生の変化を、当時の飼育日記を元に、大切に記していきます。
🌿動物愛や動物との絆に共鳴する人達と繋がれたら嬉しいです💚
🪷ミシャが旅立って、3回目のお盆が来た。
私は、お盆だからといって「何かしなきゃ」という感覚はあまりなかった。
毎日、ミシャのお骨に朝と夕方、「おはよう」「ありがとう」「愛してるよ」「また明日ね」って話しかける。
お水やお花を替え、ミシャの好物をお供えする。これは日常の一部。
だから、「お盆だからミシャが帰ってくる。何か用意しよう」という感覚が、私にはなかった。
そんな今年のお盆。
たまたまインスタを開いたら、ミシャの大切なうさ友たち(旅立った子)が、「帰ってきたよ」という投稿をたくさんしていた。
そんな投稿を眺めていたら、胸の奥がふっと動いた。
"久しぶりに、みんなに挨拶したいな"
ミシャを可愛がってくれた、あの頃の思い出を沢山共有したうさ友たちに…🐰💕
そんな気持ちが自然に湧いてきた。
だから今年は、ミシャからみんなに「お盆に帰ってきたよ」という投稿をしてみた。
そうしたら、すぐにうさ友達が「ミシャくん、おかえり」ってコメントしてくれて、それが、すごく嬉しかった。
なんだか一瞬、ミシャが生きていた頃に戻ったような感覚になった。
ミシャを可愛がって、ミシャと仲良くしてくれた人たちとの交流。
些細なことかもしれないけど、そのやりとりが、私をすごく癒してくれた💚
ミシャが旅立ってからは、Amisha Therapyのインスタをメインに投稿する位で、ミシャアカウントはほとんど投稿しなくなっていた。
だから、時間が経てば少しずつ、うさ友には忘れられていくのかもしれない。そう思うこともあった。
でも、うさぎのイベントに行ったときや、初めて会ううさ友さんと話したとき。
「え、あのミシャくん?」
「ミシャくんのママ?」
「ミシャくん、有名だから知ってるよ」
そんなふうに言ってもらうことがあった。
関西に引っ越してきてから出会った人たちにも、そう言ってもらえることがあり、すごく嬉しいかった。
勿論、ミシャは私の中に永遠にいる。それだけで良い。
でも、私の中だけじゃなくて、誰かの思い出の中にもミシャがいる。それって、すごく心が温かくなることだ。
そんなことを感じた今年のお盆でした。

🪷今の私とミシャの繋がり
ミシャが旅立って2年半。
私は、今もミシャと一緒に生きている感覚がある。
もちろん、肉体があった頃とは形は変わった。
今、私がやっている活動の名前は「Amisha Therapy」。
Amishaは、私の名前「Ami」とミシャの名前「Misha」を合わせた造語🐰👨🦰💕
https://amisha-therapy.jimdosite.com
活動名の中にもミシャがいる。
ブランドロゴにもミシャがいる。
私が作っている作品にも、ミシャがいる。


そして、今私がやっている、保護うさぎたちを助けたいという思いや、うさぎたちをサポートするために動いていること。
そこにも、ミシャがいる。
私がうさぎ愛、動物愛に目覚めたきっかけもミシャだった。
ミシャとの暮らしの中で受け取ったもの。
ミシャと暮らしたことで変わった考え方や、生き方。
それは今も、私の中の基本になっている。
だから私にとって、お盆だからミシャが帰ってくるというより、今もミシャと生きてる感じ。
ミシャが私の中に残してくれたものが、今の私を作っているし、私のミシャへの愛は、今私がやっていることを形にしていくエネルギーにもなっている。
それに、この2年半。
辛いときや落ち込む時も、ミシャの事を想ったり、深い瞑想をしてミシャと繋がったりすると、元気になれたりした。
あるメンターから、「ミシャへの感謝はこれからさらに多くなっていく」と言われたけど、本当にそのとおりだ。
だから今は、肉体のあるミシャと私が一緒に歩いていたのとは違う形で、ミシャと一緒に人生を歩いている。

🪷ペットロスの経験
もちろん、2年半前。
ミシャを失ったばかりの頃は、こんなふうに思えなかった。
ミシャがいなくなったことが、あまりにも大きすぎて、当時の私は、毎日泣いて、会いたくて、触れたくて、ミシャの匂いを嗅ぎたくて。寂しくて、ミシャが居ない現実が苦しくて....。
ただ息を吸い、その中で耐えるしかできなかった。
でも、この状態で24時間を過ごし続けたら、私自身がどんどん沈んでいく。そんな私をミシャは喜ばないって強く感じてもいた。
そこから、周りのいろんな人たちに助けてもらいながら、もふちびと出会った。
もふちびにも、私は救われた。そして、もう一度人生を立て直していくことができて、今に至る。

亡くなった子を忘れないために、毎日泣き続ける必要はない。
会いたくて、寂しくて、ずっと落ち込んでいることだけが、ミシャとの繋がり方ではない…。ある日そう思った。
(この思考と感覚になるまで、一歩進んで2歩下がるような、1mmずつの歩みだった。その経由はまた別の記事で書こうと思います☘️)
一緒に人生を歩むって、体があることだけじゃない。体がなくても、一緒に生きていくことはできる。
私は、それをミシャから教えてもらった。
それを知ることができたのも、ミシャと出会ったからだ。
私とミシャの愛は、この世を旅立ち、手放して終わる愛じゃなくて、 形を変えて続いていく愛だな、って思った。

ミシャ、おかえり。……というより、
ミシャ、今日もいるね。愛してるよ。ありがとう💚

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↓そんな私が手作りしています🫶良かったら覗いてみてください🐇💕
