ガチ徒然草3月号
2025年度も終わり。
新しいことだらけの一年の新鮮な1日を忘れにくくなるよう日記をしたため続けてきたわけやけど、普段の日記は未来の自分が読んで面白くなるような脚色をつけて書いとるんよな。
ガチ徒然草の名にふさわしい脚色なしの書き物を年度の締めくくりに書きたいと思う。説明書きもせんし普段の軽いだけの話ではおさまらんから読みにくいところも多いかもせん。普段のバラエティ色強めの文章が好きな皆様はここでブラウザバック推奨です。
日記を書こうと思う日が少なくなってきてる。これはひとえに新鮮さがなくなってきとんやろな。自分の中の楽しいと思った感情とか学びやと思った感情とかそういう心に吹く新しい風みたいなのを受けるための風車のネジが錆び付いてきてる。
学びでいうと日記には書かなんだけれど、
とある公開レッスンみたいなのを受講するか聴講するか悩んでた。
“それに参加する上手い人や講師陣に下手なヤツやと認識されたら新しい仕事を取りに行くのに支障が出る”と思ったから。
このことを先輩に相談したら「仮に岡田くん自身が下手だとして、名前の知られてない下手なヤツなんだから、まだ名前知られてる下手なヤツの方が得じゃん」って言われて目から鱗が落ちたな。
このパッションで生きてるからこの人には仕事があるんやって感じた。
この話を地元の先輩にしたら、「こーすけのいいところはそうやって人から言われたことを即座に実行できるところ」なんて言われてこの先輩は本当に僕を扱うのが上手。
正確には納得することが鍵。
自分のやることとかやりたいことに僕が納得する理由を自分自身に提供しないと動けない。
今回の話でいうと数年も前から自分が7種ってわかってから多少無謀でも勝ち気にバトった方が得するはずやのに。それがわかってても一旦負けがちらつくと勝負の舞台に立つのやめる癖があるのはあんまり変わらん。
オーディションとか公開レッスンとか勝負事として捉えるのなら1番向いてる土俵やのに。
ちょっとお金払って仕事もらえるチャンスがあるかもしれんっていうのはめちゃくちゃいいことやのにその時の僕はほんまにアホやった。
何はともあれ、自分の中にない感性が自分の中に入った瞬間に自分の境界線みたいなのが浮き彫りになる。
自分はこういう時こうしてしまう。びびってしまうとかそういう生まれ持っての思考回路。
僕自身を見つめるのが僕は好きなんやろな。
自分の演奏を1番聴いてるのは自分でだからこそ自分自身が良き師匠であり嫌な批評家であり1番のファンであるべきって思ってる。
自分の性格に関してもそう。自分にとって良き友であり師であり敵でありファンであり。
僕は僕が好きやし自分の好きなものをたくさん知ってもらいたくて、字書きをしたり絵を書いたり好きなものを布教したりそれについて詳しい人にしかわからないような投稿をしたりする。
仲間が見つかると嬉しいしな。
話は変わってこの1年間で関東圏あるあるの面白いこととかちょっとした旅行とか観光とかした。
職場の人とやけれどメイド喫茶に行ったりゲテモノを食べに行ったり…
おのぼりさんの僕を誘ってどこかに連れ出してくれる人っていうのはほんまにありがたい。
そういう日の日記は本当は載せたい内容をなくなくカットして公開してるし、実際筆が乗ってる。
なにが素敵かって仕事の同僚とはいえ仕事以外の部分で遊んでもらえて仲良くなって、仕事もよりやりやすくなる。これがなんと幸せなことか。
もし自分が先輩になるような日が来るのであればそれを後輩に返してやりたいよな。まあ、そんな日が果たして来るのかという気持ちではあるが。
学生の頃から尊敬している先輩たちはいつも僕に飯を奢っては後輩に同じことをしてやるんやでって言うてて、僕を慕う数少ない後輩にはそうしてきたけれど。
ひとところにはあまり長居できない僕は社会人になってからはこれが出来てない。
これは来年以降の目標やな。
ま、こんなもんやな。
最近人にストレス発散法ある?って聞かれて「ない。溜めない、溜まらない、溜めさせない」って答えたけど、思ったことをこうやって発散してるから小さいストレスのうちに自分から離してるんやろな。話すことは離すこと。なんて学生の頃習いましたからそれをずっとやってるだけなんやけどな。
さすが人間学部人間関係学科。大学行ってまで人間関係の勉強してるんやからタメになってるわ笑
ちょっと音源聴いたりラジオ聴いたりアニメや映画見たりしても集中できてなかったからインプットじゃなくてアウトプット方面に頭を使ってみた。
脚色の少ない文章で僕のストレス発散にお付き合いいただきありがとうございます。
殴り書きですので文句は受けて立つ。掛かってこいや殴り書くぞ。喧嘩上等笑
