私的考察シリーズ:足元を見つめる轟音の系譜
Japanese Shoegaze
日本のシューゲイザーは「MBVのフォロワー」という一本の線では説明できません。轟音の正統派、ドリームポップ寄りの浮遊、J-ROCK的な歌モノ、メタルと交配したブラックゲイズ——同じ「ゲイズ」の看板の下で、鳴っているものはかなり違います。ここでは8つの系統に分けて、代表バンドと聴きどころを整理しました。
正統派・轟音シューゲイザー
My Bloody Valentine / Slowdive を出発点に、リバーブとファズで音像を塗り潰す直球の系統。歌はミックスの奥に沈み、ギターの層そのものがメロディを担います。日本のシューゲシーンの背骨。
Cruyff in the Bedroom1998– / 東京
日本のシューゲ復権を牽引した中心的存在。JAPAN SHOEGAZER FESTIVAL の主催母体でもあり、シーンのハブ。轟音と歌心のバランスが良く、入口に最適。Tokyo Shoegazer 2009– / 東京
バンド名がそのまま宣言。Ride〜MBV系の質感を高い再現度で鳴らす、ジャンルの教科書的サウンド。Lemon's Chair 2004– / 東京
インスト主体の音響志向。歌ではなくギターの倍音とディレイで風景を描くタイプで、ポストロック寄りにも聴ける。Broken Little Sister 2005– / 東京
男女ツインボーカルの浮遊感と分厚いギター。Cocteau Twins〜Slowdive寄りの耽美なライン。揺らぎ(yuragi) 2015– / 大阪
現行世代の代表格。女性ボーカルの透明感と、ライブでの圧倒的な音圧のギャップが持ち味。海外からの評価も高い。kurayamisaka(くらやみさか) 2021– / 東京
ノイズとエモを掛け合わせた新世代。海外のシューゲイザーリスナーに強く刺さった一組。SPOOL 2000s– / 北海道
冷たく澄んだ音像。北の空気感をそのまま音にしたようなミニマルな轟音。くゆる 2022–
暗く沈み込む轟音と独特の世界観。ダークゲイズ寄りの手触り。2beef
陰鬱で渦を巻くようなノイズ。音の壁の「重さ」を前面に出すタイプ。ghost girl in my bed 2020s–
グランジ寄りの荒々しい轟音。ノイズの粒が粗く、ライブ的な生々しさがある。
ドリームポップ/ネオアコ寄り
歪みよりコーラスとリバーブ。轟音は「壁」ではなく「霞」として使われ、メロディとコード進行が主役になります。ギターポップ・渋谷系の記憶とも地続きで、日本ではこの層がとにかく厚い。
Luminous Orange 1990s– / 神奈川
竹内里恵によるプロジェクト。日本のシューゲ/ドリームポップの最初期にして最重要の一つ。ノイズと室内楽的な繊細さが同居。Sugar Plant 1990s– / 東京
90年代組。スロウコア〜アンビエント寄りの、テンポの遅いドリームポップ。海外レーベルからのリリース経験も。For Tracy Hyde 2012–2023 / 東京
2010年代インディーの象徴的存在。シューゲ・ドリームポップ・ギターポップを高い作曲力でまとめ上げた。解散済みだが影響は継続中。Plastic Girl in Closet 2007– / 愛知
キラキラしたギターと甘いメロディ。ドリームポップ側の代表格で、多作。Boyish 2000s–
柔らかい女性ボーカル+ノイズ。「かわいい」と「轟音」の配合バランスが絶妙。The Florist
淡く滲むギターと囁くようなボーカル。BGM的に流し続けられる質感。Shelling
ドリームポップ/エレクトロニカ寄りのユニット。打ち込みと生音の中間。Softsurf 2016–
洋楽インディー直系の爽やかさ。軽めの音圧で、シューゲ入門としても聴きやすい。Blurred City Lights
深いリバーブ+煌びやかなギターフレーズ。曲の終盤で轟音に雪崩れ込む構成が得意。Hart field 2020–
優しい音像。エモ/ミッドウエスト的なギターの絡みもあり、聴き疲れしない。ヒメウズ 2022–
切なさのある綺麗な旋律。日本語詞がきちんと届くタイプの新世代。
歌モノ・J-ROCK 混交型
日本独自に発達した系統。轟音ギターは残しつつ、ボーカルと日本語の歌詞をミックスの前面に置きます。バンドサウンドとしての強度が高く、フェスや一般リスナーへの導線になっているのはほぼこの層。
きのこ帝国 2007–2019 / 東京
初期2作は轟音シューゲイザーの傑作。のちにポップス方向へ移行したが、「日本語詞×シューゲ」の到達点を作った。羊文学 2012– / 東京
現行シーンで最も広く届いている存在。オルタナ/シューゲの語彙をJ-POPの射程に持ち込んだ。THE NOVEMBERS 2005– / 東京
ポストパンク/インダストリアルも取り込む変化型。作品ごとに音像が変わるが、根にゲイズの美意識がある。ART-SCHOOL 2000– / 東京
厳密にはオルタナ/ギターロックだが、轟音と耽美な歌詞で多くのシューゲバンドの入口になった存在。Mass of the Fermenting Dregs 2002– / 神戸
轟音とポップネスの両立。ベースの推進力が強く、シューゲというよりオルタナ寄りだが交差点にいる。雪国 023–
情景描写の歌詞が秀逸。都市を廃墟として描くような、灰色のリリシズム。Cephalo 2023–
エモーショナルで切ない旋律。ボーカルが綺麗に抜けてくる新世代型。Dead By Inches 2020–
爽やかで聴きやすいシューゲイザー。歌詞がしっかり届く設計。白昼夢
歌謡的なメロディと轟音の組み合わせ。和製ゲイズの手触りが濃い。
90s オルタナ/ノイズポップ(第一世代とその周辺)
「シューゲイザー」という言葉が日本に定着する前後の層。UKのシューゲとUSのオルタナ/ノイズポップを同時に吸収していて、純度より雑食性が特徴です。後続の全系統のルーツ。
SUPERCAR 1995–2005 / 青森
初期はシューゲ/オルタナ、後期はエレクトロニカへ。日本のインディーの分水嶺で、両方向に子孫を残した。bloodthirsty butchers 1987–2013 / 札幌
轟音オルタナの本流。シューゲではないが、日本の「爆音ギター」の系譜を語るなら外せない。Advantage Lucy 1990s– / 東京
ギターポップ側からの接近。透明なボーカルとノイズギターの配合。NUMBER GIRL 1995–2002 / 福岡
直接の系統ではないが、轟音ギターと日本語詞の関係を書き換えた作品群として、後続のゲイズ勢に決定的な影響。Luby Sparks 2016– / 東京
90sインディー/ノイズポップの再解釈。英語詞、UK寄りの佇まいで海外ツアーも精力的。downt 2020– / 東京
エモ/オルタナ側からゲイズに触れる新世代。轟音の使い方がドライで現代的。
ブラックゲイズ/メタル・ハードコア交配型
シューゲの「音の壁」をブラックメタルやスクリーモのトレモロ・ブラストと接続した系統。轟音の目的が「浮遊」ではなく「圧殺と浄化」に振れます。日本勢は世界的にも評価が高い領域。
Coaltar of the Deepers 1991– / 東京
シューゲ×メタル×ドラムンベースを何でも飲み込む怪物。ジャンル横断の元祖で、ブラックゲイズ以前からこれをやっていた。明日の叙景(Asunojokei) 2015– / 東京
日本のポストブラック/ブラックゲイズの代表。激情と叙情の振れ幅が大きく、海外メディアの年間ベスト常連。heaven in her arms 2004– / 東京
カオティック/ポストメタル寄りの激情ハードコア。轟音の密度でシューゲと接続する。envy 1992– / 東京
激情ハードコアとポストロックの融合。静と動の構築美は、ゲイズ側のリスナーにも刺さる。Vampillia 2005– / 大阪
クラシック/ノイズ/メタルを混ぜる大所帯。実験性の側からゲイズ的な陶酔に触れるタイプ。
ポストロック/アンビエント志向(インスト・音響系)
歌をほぼ排し、音響そのものを構造として組む系統。曲というより「風景」や「持続」に近く、シューゲの持つ没入感を長い時間軸で使います。
MONO 1999– / 東京
世界的に知られる轟音ポストロック。静けさから爆音へ登り詰める構成美は、ゲイズの陶酔と同じ根を持つ。電球 2010s–
「歌ほぼなし」の実験型。MBVの再解釈にアンビエント/現代音楽的な視点を持ち込む。ひとひら 2021–
マスロック×シューゲ。変拍子とギターメロディが主役で、歌は音色の一つとして置かれる。Aureole 2000s–
ドリームポップとポストロックの中間。静かで長い呼吸の音楽。
エレクトロニカ/シンセ融合型
ギターの轟音を、シンセ・打ち込み・プロダクションの質感に置き換えた層。ベッドルームポップやチルウェイブと地続きで、2010年代以降に厚みを増しました。
The fin. 2012– / 神戸
シンセポップ/ドリームポップ。冷ためのプロダクションと海外志向。ゲイズの浮遊感をダンス寄りに翻訳。Homecomings 2012– / 京都
ターポップ出身。近作でドリームポップ/アンビエント寄りに拡張し、質感が大きく変わった。SUPERCAR(後期) 2001–2005
『Futurama』以降のエレクトロニカ路線。この系統の原型と言っていい存在。macico 2010s–
シンセと歌モノを軸にした浮遊系。ゲイズ的な音の霞をポップスの側から使う。
アイドル/歌謡ゲイズ(周縁)
バンドではないが、日本でしか成立しない交配。アイドルのフォーマットにシューゲイザーの音を丸ごと持ち込む試みで、作家陣にシーンの人脈が入っているのが特徴です。
RAY 2020– / 東京
「シューゲイザーアイドル」を掲げるグループ。轟音・ドリームポップ・ブレイクビーツを楽曲提供陣ごと持ち込む、この領域の代表例。序列外・関連
この系統は「バンドのシーン」ではなくプロデュース/作家性の系統として見ると分かりやすい。楽曲提供者を辿ると 01〜03 のバンド勢に繋がることが多い。
系統の境界はゆるく、多くのバンドは複数にまたがります(Coaltar of the Deepers は 01・05・07 のどこにでも置ける、など)。
「何を主役にしているか」——ギターの壁か、メロディか、歌詞か、リズムか——で仕分け、迷いにくくしています。
まず一つずつ聴くなら、おすすめは、
01 は Cruyff in the Bedroom / 揺らぎ、
02 は For Tracy Hyde、
03 は きのこ帝国『渦になる』、
05 は 明日の叙景
このあたりが各系統の座標を掴みやすい入口になるかと思います。
結成年・所在地は公表情報にばらつきがあるため目安としてご覧ください。
