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我が家からフレンチトーストが姿を消した謎

黄金に光る、フレンチトースト。芳醇なバターをまとい、お皿の上でたゆんと揺れる。朗らかでいて包み込まれるような、まあるい甘さ。蜂蜜をとろりと垂らせば、より一層幸せがかけ抜ける。

わたしとフレンチトーストとの出会いは、比較的遅かったと思う。
大学生のときだったか、友人と入ったカフェで何気なく頼んだのが初めての出会い。
そそられる香りと黄金に光る、最強すぎるビジュアルに胸が高まる。
そして口に含み、なにこれ美味しすぎる、と2.3秒フリーズしてしまった。誰と食べたかは忘れてしまったけれど、その時の友人の言葉は今も覚えている。

「まあたしかに美味しいけど、大袈裟な。家で朝ごはんとかに、出てこやんかった?」

朝ごはんにフレンチトースト?そんな洒落たものが朝から、出てくるのが普通なのか?そもそも、これは家で再現可能な味なのか?

それからわたしは友人に会うたび、
「フレンチトースト、家で食べたことある?」
と聞いて回った。

「うん、休みの日によく作ってもらったよ」
「あー朝ごはんに、たまに出てきたなあ」
「実家で出てきたやつ、再現して作ってるよ」

なんということ!!!朝ごはんに、味噌汁や納豆やコーンフレークが並ぶのと同様、フレンチトーストも他の家庭ではレギュラーメンバーだったのだ。

なぜ、我が家だけフレンチトースト文化がなかったんだろう。

その謎に迫るべく、我々はフランスへ……ではなく、実家に帰った際、皿洗いをしていた母に疑問を投げかけた。
「なんで我が家はフレンチトースト、家で作らんかったん?」
すると母は手を止め、ぐりんっと首を回し、
「はあ?あんたがいらんって言うたんやろ?」
なんて、語気を荒げて言うではないか。

わたしが、いらないって言った……?あのフレンチトーストを?
あの幸せの象徴みたいな食べ物を?

昔のわたしは、フレンチトーストを何か納豆とシチューを混ぜたものとかとんでもない勘違いをしていたのではなかろうか。
そもそも、我が家でフレンチトーストが食卓に登場したことはあったのか?

………あ、あった。あれは、確かわたしが幼稚園に通う頃。よくよく思い返せば、一度だけそれらしきものが、並んだことがあった。

「パンが、べちょべちょ!!なんで!!!なんでよ!!」

幼いわたしが半泣きで訴えた記憶が微かによぎる。今思えば、卵液に浸した後の、フライパンでの焼きが足りなかったんだと思う。

我が家の朝ごはんは、サラダやパンやおかずを一皿に全て盛る、ワンプレート方式だった。そのため、たまにサラダやドレッシングの水分が、トーストの端っこに染みて、ふやけていることがあった。べちょべちょしたその部分が嫌でたまらなくて、その箇所はこっそり千切ってバナナの皮などのごみに隠すか、隠せるものがなければ牛乳で流し込むかをしていた。そんなわたしが全面濡れているパンなぞ、許せるわけがなかった。

「こんなパン、いやや、いやや」
しばらく、すんすんすんすんとべそをかき続けていた気がする。ただでさえ忙しい朝の時間に、わざわざ卵液を作って浸して焼くというトースターで焼くよりも何過程も増え、手間暇かけた結果がこれである。

「あっそ!!もう二度と作らんわ!!」

そんな言葉が、飛び出すのも十分にうなづける。そして、一度宣言すればひかない母である。

かくして我が家では、フレンチトーストは朝ごはんのレギュラーメンバーに加わることなく、葬り去られた。
ああ、なんということ……わたしが自らフレンチトースト文化をぶっ潰していたのだ。この罪は大きい。巻き添えをくらった妹に申し訳ない。というか妹は、我が家の初のフレンチトーストの記憶すらないのかもしれない。


月日が経ち、わたしは一人暮らしを始めた。その際、友人の「簡単に作れるよ」という声を頼りに、初めて自分で作ってみることにした。

レシピ通り、卵、砂糖、牛乳をしゃかしゃかと菜箸で混ぜる。ぷるんとした卵の白身が綺麗に散らばった頃、1枚を4つに分けた食パンを浸す。卵液を一滴残らず吸い上げて、たゆんたゆんになったパン。

バターがじゅわじゅわと鳴っているフライパンにそれらを、慎重に並べてゆく。香ばしい鼻腔をくすぐる香りがしてきたが、まだだ。焦っては、あのときの母の二の舞いである。じりじりしながら、しばらく待ってひっくり返す。香ばしさに加え、砂糖入りの卵のまあるい甘さに包まれた。春の日差しみたいに柔らかい黄色に、ほんのりついた茶色の焦げ目。そのコントラストが、まさにフレンチトーストのアイデンティティのようで、愛おしい。

待ちきれなくて、出来立てを頬張った。歯を立てると、じゅんわり幸せの味が染み出してきて、一人笑みがこぼれる。
お店の味そっくり、とまではいかなくても、初めて作ったそれはわたしを舞い上がらせるには充分で。食パン2枚分も焼いたのに、気がついたらお皿の上から、消えていて呆然としたものだ。

もしも、あのとき出会ったのが、こんなフレンチトーストだったら、小さいわたしも喜んで食べたんじゃないかなあ。
なんて、ことは母には言わないでおくことにする。


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※このエッセイは4年前に多くの方に読んでいただいたものを、創作大賞への挑戦にあたりブラッシュアップした改訂版です。


#フード部門 #フードエッセイ #朝ごはん #フレンチトースト



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