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あの日のキンピラゴボウ

ああ、キンピラゴボウが食べたい…!

唐突に、そして強烈に思った。
いやいや、なんでまたキンピラゴボウ…?
ふいに湧き出た欲望にわたしは少し驚く。大好物のカレーでもお寿司でも焼肉でもなく?キンピラゴボウは好きな食べ物と聞いてあまり思い浮かばない、何気ない日常の代名詞のような一品なのに。

そんななんの変哲もないキンピラゴボウがふと恋しくなったのは、一人暮らしを始めて半年を過ぎた頃だった。生まれて初めての一人暮らしは、そこはかとなく自由であった。何を食べて誰にも干渉されない喜び。その喜びは、それはそれは大きかった。初めの半年の自炊生活はまずまず順調だったように思う。

しかし、しばらく経つと仕事が忙しくなって帰りが遅くなる日が増えた。
帰宅すると、ほぼほぼ尽き果てているエネルギー。けれど、買ったお弁当やカップラーメンを口にするのは気が進まない。

母は料理が得意で、実家にいた頃はスーパーのお惣菜や冷凍食品などは、よっぽどのことがない限り、食卓に並ぶことはなかった。
「一人暮らしはお金かかるし、どうせ家事もろくに出来ないのだから、もうしばらく家にいたら良いのに……」
そう不満げに言う母に「ちゃんとできるから」と押し切って、一人暮らしを決めたわたしは、それらに頼ることは、自分に「怠惰」の烙印を押すことのように感じていたのだ。

面倒だから食事の準備や片付けに手をかけたくない。しかし、栄養はとりたい。そこで手軽に食べられて栄養がとれる、納豆や豆腐に白羽の矢を立てる。それだけでは栄養バランスが悪いのでトマトやレタスも食べておこう。納豆、豆腐、納豆、たまにサラダチキン、納豆、豆腐…。スマホでSNSを流し見しながらそれらを淡々と口に運ぶ日々。

食べることは、もはやただの作業になった。休日のたまにの旅行や外食で美味しいものは口にしている。平日、最低限の栄養は摂れているのだ。特に疑問を持つこともなかった。

そんな食生活がしばらく続いた頃だった、ふいに口がキンピラゴボウを欲したのは。困ったことに一度食べたいなあ、と思えばなかなか頭からこびりついて離れない。キンピラゴボウ!キンピラゴボウ!と光るネオンのようにチカチカと頭を支配する。

帰省した際、何気なく母に、
「いつものキンピラゴボウってどうやって作るん?」
と尋ねるも、
「キンピラゴボウも作られへんの」
とあきれ気味に返ってきた。ほら、あんたにはまだ一人暮らしは早かったんじゃないの、と言外に滲み出ており、もやりと黒い雲がうずまく。

あんな単純な料理、作ろうと思えばいつだって作れる。そんな小さな意地が、早速翌日スーパーへ足を運ばせた。
にんじん、ごぼう、ごま油、ごま。ぽんぽんと軽快に食材をかごに放り込んでゆく。すでにささがきにされた「お手軽ゴボウ」も視界の隅に入ったが、ちゃんと一から作ってやるという強い気持ちで前を通り過ぎた。お会計を終えて袋詰めしながら、まだ作り始めてもいないのに、ほら、やればできる!とどこか得意げな気持ちになった。

さあ、作るぞ!と意気込んだものの、すぐに手は止まる。
どうしよう。ごぼうって思ったより土だらけ。これ、手でこすって落ちる?

順調だったのは、買い出しのみ。いきなり途方に暮れた。恥ずかしながら、ごぼうを買い、調理するのはこのときが初めてだった。
ーー「ごぼう むき方」ろくに家の手伝いをしてこなかった自分を恨みつつ、そんな情けないワードで検索する。

アルミホイルが必要だと知って戸棚を開けたが、常備しているはずもない。「なんでわざわざ、キンピラゴボウのために」とばかばかしく思いながらも、近くの100均へ走った。
その一方、作って食べる、ただその目的のためにこうやって動いている自分も悪くはないな、と少しだけ感じていたのも事実。

程よく力を入れてくるくる磨くようにこする。徐々にごぼうの褐色の肌が姿をあらわした。ごぼうがきれいになってゆくのと比例して、指とシンクは土まみれに。こうやって、下準備するのか。なんだか、一つ生きる知恵を得れた気がして誇らしくなる。

ななめに輪切りしてから、千切りにしてゆく。まな板上のあちこちにあるごぼうを揃える、切る。横によける、また揃える、切る…。
なかなか進まない千切りが、もどかしい。けれど、黙々と手を動かすうちにいつの間にかそんな気持ちもごぼうと一緒にばらばらと散ってゆく。
包丁を握る手のひらに伝わる柔らかな振動。刃がまな板にぶつかるとんとんと小気味良い音。大量のごぼうと対峙する時間が、なんだか心地よくなってきて、いくらでも切っていられる気さえする。

そして、できたごぼうの山を水をはったボウルに、どばどばと入れた。切ったら、変色を防いでアクを抜くために水にさらす。ちなみにそれもこの日、初めて覚えたことだ。

熱したフライパンにごま油を垂らすと、食欲にダイレクトに働きかける香りが漂った。そこに、先ほどのごぼうと同じように千切りにしたにんじんを炒めた。

レシピには火が通ってしんなりしたら、調味料を回しいれる、と書いてある。しかし、そのしんなり具合がつかめず、菜箸で何度もつまみながらしかるべきタイミングをはかる。酒、醤油、砂糖、みりん。レシピ通りに調味料を入れると、じゅわあと蒸気にのって香ばしい香りが立ち上った。母のはもう少し甘かったような…?と記憶を頼りに味を微調整。理想のキンピラゴボウを求めて、味の答え合わせをする作業は、なかなかに愉しい。

歯応えがあって甘辛い味が染みていて、香ばしい香り。何度も味見して出来上がったのは母の味そのものではなかったが、確かにそれは求めていたキンピラゴボウだった。
折角だからお米も炊いて、お味噌汁も作ろう。ついでに冷凍庫のお肉も茹でよう。どのお皿に盛り付けようか。あれだけ面倒だった自炊に、気づけばうきうきと向き合っている自分に驚く。

出来上がった、わたしによるわたしのための晩御飯。箸を進めるにつれ、お腹が満たされるとともに心もじんわり満たされていく。

ー食べることは、生きること。
よく耳にするフレーズが、実感を持ってすとんと胃と心に落ちる。

食べるってその過程も全部含めて「食べる」なのか。
「忙しいから」「しんどいから」そして当時一人暮らしだったわたしは、「どうせ一人分だから」作ることがおざなりになってしまう理由はいくつもあった。
食べることやその過程にちゃんと心が動く、わたしでいたい。ひと手間かけた小鉢を噛み締めながら、そう強く思った。


初めて作って七年経った今でも、キンピラゴボウはたまに我が家の食卓に登場している。
あれから自炊において一つ大きく変わったことは、自分のためだけではなく、夫と娘のためにも作るようになったこと。

スーパーへ行く頻度が増え、ごぼうはあの土まみれのものだけでなく、あらかじめ土が落とされている「洗いごぼう」もあると気づいた。便利でありがたく、最近はもっぱらそちらを使っている。

ごぼうを見かけるたびに、あの日のことがちらりとよぎる。アルミホイルでごしごし土を落とし、にんじんとともに千切りにして、炒めて。地味に行程が多いのに、食卓のメインを張れるわけでもないキンピラゴボウを一生懸命作って食べたあの瞬間。「食べる」過程に意味を見出した、自炊の原点だったのかもしれない。


先日、久しぶりに実家へ帰って母の手料理を食べる機会があった。ほうれん草のおひたしが盛られた器を見て、あ、と懐かしさがよぎる。かつてこの小花柄の器によく入っていたのは、例の一品。
「この器にさあ、よくキンピラゴボウ入っていたよね。お母さんさ、昔よく作ってなかった?」
と思わず尋ねた。
「だって、そんなにおかずを食べないあんたもキンピラ作るとこれでもかってくらいよく食べたからねえ。野菜をたくさん食べてもらおうと思って」
昔よりも随分、目尻の皺を深くして母は笑った。

そうか、わたしはキンピラゴボウそのものではなく、あの小鉢にこれでもかと詰め込まれていた、母の静かな愛情を身体の奥で求めていたのだ。一人暮らしの部屋でチカチカと灯ったあの強烈な欲望は、ただ栄養を詰め込むだけの、無機質な食事に対する、心が出した限界のサインだったように思う。

まだ小さな歯が二本しか生えてない娘は、一昨日は卵白、今日は桃、と日々「はじめて」の食材に挑戦中だ。わたしがそれらをほんの少し盛ったスプーンを目の前に差し出すと、あーんと小さな口を開ける。その姿は親鳥を信頼するひな鳥のようで、本当に愛おしい。

母の時代のように、土まみれのごぼうと毎回一から格闘する余裕は、今のわたしにはない。便利で真っ白な「洗いごぼう」やすでに千切りにされた「パックごぼう」を使いながら、そこに込める愛の温度だけは、あの日の母と同じでありたい。

娘が大きくなったとき、ふいに思い出してもらえる「母の味」はなんだろう。わたしがそうであったように、いつか「あれが食べたい」と心に強くまたたく一品ができてくれたらうれしい。

いつも忘れずにいたい、作ることで上がる心の温度と、食べてもらう大切な人たちへの愛。
今日もそしてこれからも、「美味しく食べたい」と「美味しく食べてもらいたい」を重ね合わせながら、わたしはキッチンに立とう。



#フード部門 #フードエッセイ #母の味






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