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誕生日にとんでもないものをもらったかと思った話。

……一体なんだこれは。
きらきらの星が散りばめられた折り紙で作った封筒からそれが出てきた瞬間、ぎょっとする。ありえない。彼女が「あれ」を作るなんて絶対にありえない。

20代後半に差し掛かったあたりから、年を重ねる喜びや感慨はすっかり消え失せてしまった。しかし、いくつになっても「おめでとう」と祝われること自体はうれしいものだ。

というわけで、小学校で働いているわたしは、子どもたちには積極的に自分の誕生日を伝えている。
より多くの子どもたちに祝ってもらえる伝え方はこうだ。誕生日月に入ったらしれっと「今日から〇月かあ。先生、今月誕生日やねんなあ」なんて独り言っぽく言う。
律儀な子は大体ここで「えっ何日?」と尋ね、覚えてくれる。(前のめりで誰かの誕生日を憶えようとするこの姿勢、わたしがどこかに忘れてきた大切なものである)

そして何人かの子どもたちが、ご丁寧に数日前になると、「先生の誕生日、〇日であってるよね!」と確認の意を込めてクラスへリマインドしてくれる。ここぞとばかり、「そうそう〇日!」と心ばかり声のボリュームを上げて再度周知しておく。

そして最後のゴリ押し、誕生日の前日、帰りの会でさりげなく明日誕生日であること伝える。名付けて三段階作戦。これで、よりたくさんの子どもたちに、当日「おめでとう」と言ってもらえるようになるのだ。
「小賢しや…」と言う声が聞こえてきそうだが、決して楽とは言えないこのお仕事、このくらいのご褒美は積極的に求めにいってよかろう。

そんな涙ぐましい周知が功を成し、ある年のわたしの誕生日当日の休み時間も
「ねえ、次これあけてよ」
とおのおの作ってきたプレゼントを片手に子どもたちにわいわいと取り囲まれた。
さながらその様は小学生時代、自宅に仲の良い友だちを呼んで開催される「おたんじょうび会」の主役になったようだった。

あの頃と唯一違うのは、わたしという真ん中に座るただ一人がこの場の平均年齢をぶち上げていることのみである。

ーわたしが以前好きだといったイルカを描いたプラ板キーホルダー。
ー色鉛筆で丁寧に塗り込まれたしおり。
ー折り紙で作った消しゴム入れ。
ー手作り絵本。
ーにっこり笑うわたしとその子が描かれたバースデーカード。
子どもたちが、思い思いに一生懸命に作ったであろう品々は、見ていて微笑ましい。その思いに応えるべく、もらった一つ一つに
「うわあ、可愛い!」「綺麗だねえ」「お洒落!」「素敵!」
等、あらゆる賛辞を贈る。

そして最後の一人、ゆいちゃん(仮)が差し出したものは、きらきらの柄つきの折り紙でできた封筒だった。何やら大きくもっこりと膨らんでいる。

「開けてみて。びっくりするから」
彼女は、照れくささと喜びがないまぜになった表情で促す。
何が入っているんだろう、と首を傾げながら、袋の上部に厳重に貼られたマスキングテープを剥がしてゆく。

出てきたのは、10センチほどの「うすだいだい」ーー今は時代の変化であまり使われなくなった、かつての「はだいろ」の折り紙で作った棒状の何か。しかも、中に綿でもみちみちに詰めてあるのか、むにむにと独特の手触りだ。そして冒頭の場面に戻る。

……一体、なんだこれは。
一瞬、あるものがよぎった。いやいや、そんなわけがないと心の中でぶんぶん首を振り、その卑猥な連想を遠くへ追いやった。
これを作ってくれたゆいちゃんは、ディズニープリンセスやすみっこぐらしのような可愛いらしいものを好み、好きな色は薄紫とピンク、週末はお母さんとお菓子づくりにいそしむ、そんなキュートを具現化したような女の子である。その名を口にするだけで、しばらくうしゃうしゃにやにやと笑うお調子者のけんくん(仮)やかいとくん(仮)とはまた別の人種なのだ。

「ねえ、これはなに?」
そう、彼女に問うことは簡単ではある。けれど、きっと一生懸命作ったであろうプレゼントに、それを聞くのはなんだか大層失礼な気がした。

「ありがとう!中に入っているのは綿?むにむに触り心地がいいね!すごい!」
当たり障りのない声をかけつつ、手の中でその棒状の何かをコロコロと転がしながら、何かヒントが隠されていないだろうかとわたしは必死に目を凝らした。

筒状の形からして、望遠鏡や万華鏡か。
いや、中にぎっしり綿が詰められている。その線は薄い。仮に真ん中が開く仕様になっていればペンケースや眼鏡入れか。だが、どこにも切れ目はなく、残念ながらそちらの線も薄そう。形からのヒントは難しい。

ならば、色が大きなヒントになるはずだ。
だって、あえての「うすだいだい」。こう言っちゃ、うすだいだいくんの自尊心を削るようで恐縮だが、この色は子どもが好まない色ワースト3に入る。教室の自由に使える折り紙ボックスで、最後まで売れ残るのは、大抵、グレー、黄土色、そしてこのうすだいだいの「三大地味カラー」なのだ。

彼女の好む薄紫でもピンクでもない。わたしが好きであるとクラスの公式情報にしているネイビーでもない。
あえてこの色をチョイスした意味とは。

棒状かつうすだいだいの何か……。

猫のしっぽ?フランクフルト?それともエリンギ?いや、彼女がそれらが特別好きだとも聞いていない。
わざわざ折り紙で、それらの偏愛を表現する小学生がいるだろうか。

周りの子どもたちは、「わたしにも触らせて!」と綿が詰まった不思議な感触に夢中だ。
そもそもこれが一体何なのか、哲学的な問いに囚われているのは、この場でわたし一人だけだった。
子どもの作るものに意味を求めるのは大人のエゴかもしれない。たまたまそこにあった色と、たまたまそこにあった綿が奇跡のフュージョンを果たしただけかもしれない。

そうこう考えを巡らせているうちに、もう一人輪に加わった。
「俺もな、先生に〇〇サウルス書いてきたで!」
かいとくん(仮)は、今1番熱烈に推している恐竜の絵をひらひらさせる。

そして、わたしの左手にあるうすだいだいの棒にちらりと視線を寄せた。

きらり、彼の瞳が輝いた気がした。

ーやめてくれ。お願いだから今、その名を口にするでない……!

必死に送った念も虚しく、彼は無情にも高らかに言い放った。

「チ◯チ◯みたいやな!」

その瞳には、1ミリの悪意もなかった。いやむしろ、純粋な発見の喜びに溢れていた。

慌てて、作り手であるゆいちゃんに視線を向けると、わかりやすく顔が曇り、口をきゅっと「一」に結んでいる。

ああ……。なんてことを言ってくれたんだ、まだこんなご立派なものを持っていないくせに。

「もう何言ってんの、そんなわけないやんか~!」
非難の意味も込めて少し声を大きくしてそう言ったわたしに、張本人はド直球に尋ねた。
「じゃあ、それはなに?」
ナイス質問!そろそろ明確な答えが欲しかった。心の中で拍手を送る。さっきの不用意な発言はこれでチャラにしないこともない。

「クッキーだよ!」
心なしか語気強めに返ってきたゆいちゃんの言葉。
周りの子どもたちの頭上に、「?」がふよふよと漂う中、わたしの脳内には特大の「!」が弾けた。

ーーーアイスボックスクッキーか!

切る前の、あの生のクッキー生地の色。
だから彼女は、あえて「うすだいだい」を指名したのだ。
ようやく彼女のアイデンティティーの一つであるお菓子作りと結びついた。

なぜわたしの脳内にすぐそれが浮かんだかと言うと、高校の文化祭の記憶があったからだ。当時所属していたクラブでクッキーを販売した際、効率よく大量のクッキーを作るために棒状、すなわち丸めて細長くした生地を大量生産した。アイスボックスクッキーは、生地をほどよく凍らして輪切りすると、型抜きをせずとも一気に丸いクッキーがたくさん出来上がるのだ。
きっと週末、彼女のお母さんとアイスボックスクッキーにチャレンジし、さぞや楽しかったのだろう。わたしが甘いもの、その中でもとりわけクッキーが好きだと話したことがあるので、再現してくれたに違いない。

良かった、この子たちよりもほんの少し人生経験を多く積んでいて。

「ふうん」
かいとくんは興味を失ったのか、その場を離れて友だちのところへ去っていく。
「わあ、これを切ったら、たくさんのクッキーが焼けるねえ」
そう言ったわたしに、ゆいちゃんは大正解と言わんばかりに向日葵のような笑顔を咲かせた。

ああ、なぜ最初から思いつかなかったのだろう。


#エッセイ部門  


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他にも、子どもたちとのくすっと笑えるやりとり、はたまた考えさせられたやりとりなど、小学校の先生としての濃い濃い日々のエッセイ、マガジンにまとめてます!

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