茶碗をひとつ
兵庫県北部の山陰に近い地域は、朝6時ごろくもり、気温は23度前後。湿度は91%前後で、日の出は5時38分ごろ。朝6時にはもう明るいけれど、空は厚く、光は弱い朝。
台所の白い茶碗だけが、先に目を覚ましていた。
尚子は食器棚の前で手を止めた。
外はまだ静かだった。雨は降っていない。山の上には低い雲がかかり、庭の草も、物干し竿も、少し湿った色をしている。
窓を細く開けると、稲の匂いが入ってきた。土と、刈った草と、どこかで誰かが焚いた煙の匂いも混じっている。
尚子は湯を沸かしながら、茶碗を二つ出した。
出してから、ひとつ戻した。
底が棚板にこつんと当たる。小さな音なのに、台所でははっきり響いた。
母が町の施設に入って、三週間になる。大きな病気ではない。ただ、一人で風呂に入るのが危なくなった。夜に何度も起きて、廊下の電気をつけっぱなしにするようになった。火の元を忘れる日も増えた。
仕方がない、と何人にも言われた。
尚子も、そう思っている。
思っているけれど、食器をひとつ戻すたび、その言葉はずいぶん固い箱だと感じる。中に入れるには、母の箸も、湯呑みも、座布団のへこみも、まだ形がありすぎる。
湯が沸いた。
急須に茶葉を入れる。母は熱い茶が好きだった。湯呑みを両手で包み、まず匂いをかぐ。それから、ほんの少しだけ口をつける。
「朝のお茶は、急がんほうがええ」
よくそう言っていた。
なのに母自身は、いつも急いでいた。畑を見に行く。漬物の樽をのぞく。近所の人に昨日の煮物を分ける。郵便受けを見に行くだけでも、ついでに庭の草を三本抜いて帰ってくる。
尚子は湯呑みに茶を注いだ。
一人分だけだと、急須の中に少し残る。時間がたつと濃くなるそれを、母は「二煎目の顔」と呼んでいた。初めて聞いたときは笑ったが、今は少しわかる気がする。同じものでも、時間が置かれると別の表情になる。
母も、そうなのだろうか。
会いに行くたび、家にいた頃とは少し違って見える。にこにこしている日もある。怒っている日もある。帰ると言い張る日もある。尚子の名前をすぐ呼べる日と、しばらく考えてから口にする日がある。
昨日は、尚子の手を見て言った。
「あんた、よう働く手になったな」
何度も見てきたはずの手を、初めて見るみたいに撫でた。尚子はうまく返事ができなかった。
昔はその手で、母のエプロンをつかんでいた。スーパーの駐車場で迷子にならないように。祭りの夜、人の流れに押されないように。
今は、母の荷物に名前を書く。薬の袋を確認する。着替えをたたむ。施設の職員に頭を下げる。
軽トラックの音が、家の前を通った。
隣の正男さんが畑へ行くのだろう。日が強いと体にこたえる。雨だと仕事が止まる。こんな日は手を動かすにはちょうどいい、と前に言っていた。
尚子は湯呑みを持って縁側に出た。
集落は、控えめに動き出していた。犬を連れて歩く人。畑の網を直す人。玄関先の新聞を拾う人。誰も大きな声は出さない。まだ一日が始まったばかりで、音も少し遠慮している。
山の緑は濃く見えた。強い光がないぶん、葉の一枚一枚が落ち着いている。
茶は少し渋かった。苦い、というほどではない。舌の奥に残る味だった。
今日は、母のところへ行こう。
そう決めると、胸のあたりが少し片づいた。
持っていくものを考える。薄手のカーディガン。爪切り。母が好きな梅干し。庭に咲いていた小さな花を、一本だけ。
花の名前は知らない。聞けば、たぶん教えてくれる。もし忘れていても、それはそれでいい。
尚子は台所に戻り、棚から茶碗をもう一度ひとつ出した。
食べる人はいない。
それでも、朝ごはんの支度をしているあいだだけ、そこに置いておくことにした。母のためというより、自分が慌てて忘れてしまわないために。
誰かがいない暮らしは、すぐに形を変えてしまう。
だから尚子は、茶碗を置いた。
窓の外は、まだ薄い灰色をしていた。けれど、部屋の中では湯気が上がり、米の匂いがしていた。
一日は、もう始まっていた。
