傘を返す
山口県西部の海峡に近い町は、朝6時ごろ雨、気温は24.2度前後。湿度は97%前後で、日の出は5時58分ごろ。朝6時には夜の名残がほどけているものの、海の向こう岸が白くにじむ朝。
バス停のベンチには、紺色の傘が一本、畳まれたまま立てかけてあった。
美和は最初、それを誰かの忘れ物だと思った。けれど、持ち手に巻かれた細い輪ゴムを見て、昨夜、自分が貸したものだと分かった。輪ゴムは傘の骨が広がらないように、いつも父が勝手に付けていたものだった。
父は几帳面な人ではなかった。食卓に新聞を広げたまま寝てしまうし、茶封筒に入れた通帳をどこかへ置き忘れて家中を探すこともあった。ただ、傘だけはきちんと畳んだ。濡れた布を手のひらで何度も押さえ、最後に輪ゴムで留める。その姿を、美和は子どもの頃から何度も見ていた。
ベンチの隅には、紙袋も置かれていた。上の方が浅く折り返されている。中をのぞくと、小さな青い柑橘が三つ入っていた。皮の表面に、雨粒なのか露なのか分からない水が付いている。袋の折り返しの内側に、鉛筆で小さく「助かりました」と書かれていた。
名前はなかった。
昨日の夕方、美和はこの停留所で、濡れた肩を抱えて立っている年配の女性に傘を差し出した。バスは遅れていて、海からの風が、雨を斜めに運んでいた。女性は遠慮したが、美和が「家、すぐそこなので」と言うと、申し訳なさそうに受け取った。
本当は、すぐそこではなかった。坂を上がり、古い団地の三階まで歩く必要があった。それでも、傘を持って帰るより、貸してしまうほうが楽な気がした。父のものだったからかもしれない。
父が亡くなってから、美和は物を捨てるのが下手になった。使わない湯呑み、古い爪切り、袖口の伸びた作業着。残しておいても父が戻るわけではないと分かっている。分かっているのに、手放すたびに、家の中から少しずつ声が抜けていくような気がした。
傘もその一つだった。
貸したあと、部屋に戻ってから少し後悔した。返ってこなくても仕方がない。そう思う一方で、返ってこなかったら寂しい、とも思った。どちらに転んでも、自分の弱さが見えるようで嫌だった。
美和は紙袋を膝に置き、傘を手に取った。布はまだ湿っている。けれど、骨は歪んでいなかった。父の巻いた輪ゴムもそのままだった。
向こう岸は雨で輪郭を失っていた。海峡を渡る船の音だけが、低く伸びてくる。バス停の屋根から水滴が落ち、足元の水たまりに小さな円を作った。
助かりました。
声に出すと、その言葉は思ったより静かだった。大げさなお礼ではなく、きれいに整えた手紙でもない。鉛筆で小さく書かれたその字には、余計な気遣いよりも、昨日の雨をほんの少し覚えている人の体温が残っていた。
紙袋の柑橘を一つ取り出す。まだ硬く、指先に青い香りが移った。父はこういうものを、焼き魚にかける前に必ず少し舐めた。酸っぱいかどうか確かめるのだと言っていたが、母はいつも「確かめんでも酸っぱい」と笑った。
美和は笑いそうになって、口を閉じた。雨の中で笑うと、泣いているように見える気がした。
バスが来る時間まで、まだ数分あった。傘を開く必要はない。屋根の下にいれば濡れずに済む。それでも美和は、持ち手を握ったまま立っていた。返ってきたものを、すぐ自分の物に戻せないでいた。
傘は、父のものだった。昨日は、知らない誰かのものだった。そして今朝、もう一度、美和の手元にある。
物は、持ち主が変わらなくても、誰かに使われるだけで少し違う顔をするのかもしれない。父の気配だけを閉じ込めておくより、雨の日に誰かの肩を守ったという事実のほうが、ずっとやわらかかった。
バスが近づいてきた。水を跳ねる音がして、停留所の前で静かに止まる。
美和は紙袋を抱え、傘を持って乗り込んだ。運転手が「足元、気をつけて」と言った。彼女は小さくうなずき、空いている席に腰を下ろした。
窓の外で、バス停が少しずつ遠ざかる。ベンチにはもう何も残っていない。雨だけが、さっきまで傘のあった場所を、同じ強さで濡らしていた。
美和は青い柑橘を一つ、手の中で転がした。昼になったら魚を買おうと思った。父のためではなく、自分の夕飯のために。
そう考えたとき、傘の持ち手が、少しだけ手になじんだ。
