何で撮ったんだっけ?
シャッターを切った時、これはいい写真が撮れたに違いない。と思っていたのに、後で見返してみたら思っていたほどの出来栄えではなかったという事はありませんでしょうか?
自分の場合、そういう領域を通り越して、何を撮ろうとしてシャッターを切ったのか分からないというものを撮ってしまう事があります。
その場に強制的にシャッターを切らせてしまうような見えない力でも働いてるのでしょうか?もしかしてこういう現象自分だけ?
定期的に現れる。
後で見返してみた時に、「これ何で撮ったんだっけ?」と首をひねってしまう写真が少なくないのです。それも一度や二度ではなく、ある程度の頻度で繰り返しそういった写真を撮ってしまいます。
多分シャッターを切ったその時、その場では、何か「これはシャッターを切っておくべきだ」と思ったからシャッターを切ったはずなのですが、出来上がった写真を見返した時にシャッターを切るほどの印象深いものが写っているように見えないものを撮っているときがあるのです。

SONY SLT-A55V Tamron 28-200mm 28-200mm 3.8-5.6 (371D) 200mm SS=1/320 F=8.0 ISO=200
もしかしたらその場では印象深いものが存在していたのかも知れないのですが、そんな印象深さが自分の撮った写真では反映されなかった - つまり、ウデの問題なのか・・・と、少々へこんでみたりする訳ですが。
レンズの画角の話をしたときに、主役と脇役(又は背景)を考えて撮る。という話をしました。
この主役と脇役の関係を撮り手である自分がちゃんと把握しているならいいのですが、実は自分が把握していない「脇役」が主役を際立出せているのにそこに気づかずにフレーム外に飛ばしてしまったり、ピントを外して「視界外」とした結果、その場で見た時より印象が薄くなってしまったのかも知れません。

PENTAX Q 01 STANDARD PRIME 9mm SS=1/500 F=3.2 ISO=125
何で撮ったんだっけ。の前に
自分の場合、写真を撮りに出かけて帰ってきたときに、撮ってきた写真全てを保存しておく保存しておくわけではありません。失敗写真 - ピントを外している。ブレている。など。狙い通りに撮れていない写真というのは必ず出てくるので、そういったものは「没」にしていき、最終的に全体の1/4か1/5くらいを保存しています。
しかし中には取り立てて失敗したところがない写真があったりして、これが「これ何で撮ったんだっけ?」と思う写真になったりする訳です。

SONY SLT-A55V Minolta AF 24mm F2.8 24mm SS=1/250 F=5.6 ISO=200
写真を見れば何を撮ったのかは分かる。狙ったものはちゃんと撮れている。でもなぜこれを撮ろうと思ったのかが思い出せない。場合によっては写っているものが「これ。何だっけ?」と思うようなものだったりするのです。
それは、それがどんな役割を持っていてどのように働くのかが分からない。というものもありますし、なぜここにそんなものがあるのか分からない。という場合もあるしという場合もあるしで、それぞれ個別に違ったりするのですが、そこまで考えて、やっと思い出すわけです。「これ。何だっけ?」と思ってシャッターを切ったんだ。と。

NIKON D50 AF-S DX Zoom-Nikkor 18-55mm f/3.5-5.6G ED 35mm SS=1/200 F=8.0 ISO=200
自分がこの世で見たもの。全て
写真とは極論すれば、カメラマンの見た視界一部です。視界の一部の中でシャッターを切るほど印象に残ったものが写真として結晶化した訳で、何に対して、どのようにシャッターを切るかは撮り手であるカメラマンが自由に決めていいと思っています。

PENTAX Q 02 STANDARD ZOOM(フィッシュアイコンバータ装備) 5mm SS=1/500 F=3.5 ISO=125
写真を見る人の側から見れば、本来ならば他人であるカメラマンの見たものを寸分たがわず共有できるのが写真の利点となるでしょう。
他者が同じものを見てもカメラマン自身と同じ感想を持つとは限らず、何なら写真を見ないという権利も他者には存在する訳ですが、事によったらカメラマン自身が「これ。何だっけ?」以上の感想を持ちえなかったとしても、これを見た他の人は違う感想を持ってくれるかもしれません。

Canon EOS Kiss Digital EF-S 18-55mm F3.5-5.6 USM 55mm SS=1/30 F=5.5 ISO=200
