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冷たい写真

なかなか暖かくならず、花撮り主体で動いている自分は桜が咲くのは当分先かな。と思っていたのですが、いつの間にか桜が咲く季節になっていました。
ですが、自分の中では寒い時期にどれだけ満足いく写真が撮れるか。というのが一つのテーマでありました。


良いカメラマンは良い冷たい写真が撮れる

言葉通りの、寒色系の色調。あるいは冷たい空気を感じる情景の写真はどうしても地味な印象になり、カルラフルで温かみのある写真より目立たなくなっしまいます。ゆえに冷たい写真で目を引くためには、印象的な写真にするにはどんな撮り方にすべきか、創意工夫が必要不可欠になります。

自分がポートレートなどをあまり撮らず、風景やモノの写真を撮ることが多いからかもしれませんが、彩度を抑えた色調でワンポイントで人物などが入っている。それも出来るだけ表情の見えない写り方だと、却って色々な想像力が働いて印象的になるように思います。

主役がモノである場合でも人が「脇役」として入ると印象はかなり変わります。そして人物を脇役にするのならば人物の描写を抑えめにして主役より目立たないようにバランスをとる必要が出てくるわけです。

顔が撮れなくても、腕一本で写真に動きが出るので人物の威力は尋常ではありません。

写真の本質

全ての写真は遺影だという人がいます。どんな写真であっても未来を写したものではなく、その意味でこの世の全ての写真は過去の出来事を写したもので、「かつての姿」を思い起こさせるものである点で本質的な意味での写真は遺影であるというのです。

シャッターを切る瞬間。「自分は遺影を撮っている」という意識を持っていれば自然と撮り方もそれを意識した撮り方になるのではないでしょうか。

遺影だからネガティブな存在だというのは短絡的に過ぎるでしょうが、少なくとも被写体に対してふざけた態度や浮ついた態度は取れないだろうと思うのです。

確か地元の中学生によって偶然発見された石塔だそうです。ことによったら未来永劫発見されることなく歴史の闇に消えていたかも知れない存在です。

ダイレクトに表現するには感情を揺さぶりすぎるから・・・

ただ、冷たい写真と言っても、人間の撮る冷たい写真は顔認証システムなどの機械が撮る「無機質な写真」とは違います。

敢えて直視したくはないモノ。確実に存在しているのに向き合う事を避けてきたもの。情感を煽り立てるような撮り方では見る者の気持ちが耐えられなくなるから敢えて感情を抑えて静かに、真摯に語り掛ける姿が「冷たい写真」だと思っています。

厳しい現実を突きつけるなら、あえて感情を凍らせた「冷たい写真」の方が過剰に感情を刺激せずに済むのではないかと思います。

手前の木は神社が出来る以前からここにいたようです。

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