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移住日記/Week24_冷静と情熱のあいだに「水」もありました。

MoonCastleのアイスニットポロ/9800円

相方の仕事仲間の家にお招きいただいた。いわゆるホームパーティーというやつである。

日本で服を買っていると、店員さんから時々「こちらでしたら、ちょっとしたパーティーにもお使いいただけますよ」などと言われることがある。あの「ちょっとしたパーティー」というのが昔から謎だった。一体、普通に生活していて、いつ、どこで、どのような経緯で「ちょっとしたパーティー」に参加することになるのだろう。結婚式ほどではない。かといって居酒屋で飲むわけでもない。そんな絶妙な催しが、自分の人生に訪れる気配はこれまで一度もなかった。

ところが、アメリカでは友人や仕事仲間を家に招いたり、逆に招かれたりする機会が結構あるらしい。ついに来たのである。ちょっとしたパーティーが。

とはいえ、現在滞在しているマサチューセッツでは、特に華やかな場所へ出かける予定もなかったので、持ってきた服といえばジムウェアか、寝間着にも転用できそうな半袖のTシャツばかりである。襟付きのシャツなどほとんど持ってきていなかったのだが、奇跡的に日本で買ったポロシャツが一枚だけ荷物に紛れ込んでいた。

そういえば、このポロシャツを買ったときも店員さんから「こういうお色味でしたら、お仕事だけでなく、ちょっとしたパーティーにも」みたいなことを言われたような気がする。

店員さん、聞いてください。ついにその日が来ました。

何年越しかは忘れたが、あなたの見立ては正しかった。できることなら日本のお店まで出向いて、「あのときのポロシャツ、本当にちょっとしたパーティーで着ました」と報告したいくらいである。向こうは完全に忘れているだろうが。

かくして参加したホームパーティーは大変楽しかった。韓国のポッサムを振る舞ってくださったのだが、これがまた美味しく、特にニンニクの効いたタレが格別で、「これは我が家でも真似してみたい」と思うほどだった。

料理は美味しい。皆さん楽しそうに話している。私も楽しい。

ただし、会話の内容は七割くらいしかわからない。

ホームパーティーというものは、話の流れが早い。誰かが何かを言い、それに別の人が反応し、笑いが起きる。こちらも「何か面白いことが起きた」というところまではわかるので一緒に笑うのだが、肝心の何が面白かったのかはよくわかっていないことがある。こうして私は、異国で「理由はわからないが、とりあえず笑っている人」という新たなポジションを獲得しつつある。

そんな楽しい時間を過ごして帰宅したところで、妙なことが起きた。

家の水が臭うのである。
「なんか、家の水道水、臭くない?」
そう相方に聞いたところ、怪訝な顔をされた。
「だから言ったじゃん。私、この家に来た初日にカルキ臭いって言ったよ」

全然気づかなかった。

というか、私は日本でも東京の水道水を普通にごくごく飲んでいた人間なので、水に対する感覚が相当鈍いのだと思う。Geminiに聞いてみると、マサチューセッツのこの辺りの水とテキサスの水では硬度などにもかなり違いがあるらしい。

というか、テキサスの水ってそんなに硬かったのか。
それも今、この原稿を書きながら初めて知った。

水といえば、先週に引き続き『冷静と情熱のあいだ』を読んでいる。
最初は辻仁成さんの『Blu』を読んでいたのだが、亀のような私の読書ペースに、『Rosso』を読んでいた相方があっという間に追いつき、いつの間にか本を交換することになった。駅伝でいえば、まだこちらが二区あたりを走っているのに、向こうが折り返して戻ってきたようなものである。

というわけで現在は江國香織さんの『Rosso』を読んでいるのだが、久しぶりに彼女の文章を読んで、今までとは違った感想が浮かんできた。
やたら水を使う。

こんな感想を抱いていたのは、自分自身が異国暮らしを始めてしまったせいなのかもしれない。

主人公のあおいは入浴が好きで、作中でもよくお風呂に入っている。しかし調べてみると、舞台となるミラノもかなりの硬水らしい。
大丈夫なのだろうか。

ダラスの家では、石鹸を使っていても「なんか泡立ちが悪いな」と感じることがあるし、洗顔したあとも妙に肌がパリッとする。あおいはそんなことを気にしなかったのだろうか。あれだけ頻繁に入浴して、肌は乾燥しなかったのだろうか。「日本の名湯」みたいな入浴剤を入れたりしたのだろうか。

そして、もっと気になるのがバスタブである。
毎日のようにお風呂に入っていたら、掃除も大変なのではないか。硬水なら蛇口の周りに白いカリカリしたものがついてこないのだろうか。あれは石灰なのか水垢なのかよくわからないが、放っておくと結構頑固である。あおいはあれをどうしていたのだろう。クエン酸とか使っていたのだろうか。イタリアだったらレモン汁とかなんだろうか。

気がつけば、恋愛小説を読みながら主人公の風呂掃除を心配している。

二十年前に江國香織さんを読んでいた自分は、もう少し恋愛や人生について考えていたような気がする。それが二十年たった今では、「蛇口の白いカリカリ、どうしてる?」である。恋愛観より生活感満載である。

最近よく見ているお掃除職人YouTuberの影響もあるのだろうが、どうやら私は小説を読むとき、作品に書かれていることより、書かれていない生活上の細かいことを勝手に心配する癖がついてしまったらしい。

とはいえ、こちらに滞在する期間も残り少なくなってきた。『冷静と情熱のあいだ』も、いい加減読み終わらなくてはならない。

あおいの肌の乾燥も、ミラノの蛇口の水垢も、ひとまず本人に任せることにする。
私は私で、物語の続きを読まなくてはならないのである。


大学併設の美術館。
残り僅かの滞在期間中に、こちらもいかなきゃ。

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